婚姻自体が罰なのでは?
「ところで旦那様、王太子殿下とどのようなお話を?」
「…………」
エールを飲む気にもなれず、仕方なく冷えた水を口にしていたアントンはローレンスの問いかけに一瞬言葉を失った。やがてグラスをテーブルに置くと、重々しい口調で呟く。
「俺のやったことは……王命に背く行為だと……叱責を受けた」
ひどく苦しげに語るアントンとは対照的にローレンスは表情一つ変えなかった。
ただ、「はあ、さようでございますか」とだけ淡々と返す。
「えらくあっさりとしているな……。王命違反だと、王族から叱責されたのだぞ? もう少し驚いてもいいんじゃないか?」
「何をおっしゃっているのやら……。今更驚きませんよ。離縁は王命に背く行為だと、私は旦那様に忠告いたしましたよ? 元奥様だってそうおっしゃっていたではありませんか。気づくのが遅すぎますよ」
ローレンスの蔑む視線に耐え切れずアントンは目を逸らした。
確かにクレアもローレンスもきちんと忠告はしてくれていた。アントンがそれを聞き流していただけだ。
「それで……新たな妻を迎えろとのご命令があった。領地立て直しはその妻に一任せよ、と……」
「え? また王命による婚姻を?」
ローレンスは耳を疑った。王命によって娶った妻を追い出した男に、なお新たな花嫁を用意するとは随分と寛大な配慮だ。そこまで王家がアントンを厚遇する意味が分からない。
(まさか、その婚姻自体が『罰』なのでは……?)
どう考えても処罰が甘い。新たな花嫁を用意してくれるなど、罰ではなく褒美ではないか。
そこまで考えたローレンスは、もしやその花嫁はとんでもない人物なのではないかと思いつく。
「その、新たな奥方とは……どこのお嬢様なのでしょうか?」
「それは教えてくれなかったが……頭がよく、家も裕福らしい」
それを聞いてローレンスはますます怪訝な表情を浮かべた。
裕福な家の頭のいい令嬢など引く手あまたなはず。それがこんな王命で娶った妻を追い出した、頭花畑の中年男に嫁いでくるなんてどう考えてもおかしい。
とはいえ──
「さようでございますか。その方がこのフォード家に嫁がれたなら、現状の財政難から脱却できるかもしれませんね」
「ああ……。これで、仕事も楽になる……」
ローレンスは安堵の表情を浮かべるアントンに余計なことを言うのは止めた。
嫁いでくる令嬢はほぼ間違いなく問題がある人物なのだろう。そうでなければ、罰にはならない。
王命違反という屈辱を受けた王家がまともな令嬢を嫁がせるとは思えない。なにせ、アントンは優秀だったクレアを身勝手に追い出すような男なのだから。
しかし、たとえそうだとしてもローレンスはどうでもよかった。
アントンが辛い目に遭ったとしても、それは自業自得だ。そんなことより領の財政を建て直してもらえる方がよほど大切だった。
「ところで旦那様、マリーネ様はどうするおつもりで?」
ローレンスはあえて「マリーネと結婚するんじゃなかったのか」とは聞かなかった。
最初からそんなのは不可能だと分かっていたからだ。
それに、最近のアントンの様子からしてもうマリーネに興味を失っていることは明らかだった。
「……マリーネは愛人として囲う。怒るだろうが、陛下が婚姻を許可してくださらない以上どうしようもない」
「愛人ですか? それは……新しい奥様が嫌がるのでは?」
「そうか? クレアはマリーネが愛人でも構わないと言っていたぞ?」
「……元奥様がそうでも、新しい奥様もそうだとは限りません。手切れ金を払って生家に帰した方がよいのでは?」
嫁ぎ先に愛人がいたら普通は嫌です。
元奥様はそこまで寛大だったのにそれでも追い出したのかよ、最低だな。
言いたいことは山ほどあったが、話が進まないのであえてローレンスは口にしなかった。
「そうだな……そうした方がいいかもしれない」
窓の外に視線を向け、ローレンスの提案に同意するアントンにマリーネへの愛情は欠片も残っていなかった。




