愚かだった
翌日、アントンは眠い目をこすりながら椅子に深く腰を下ろしていた。
机の上には領収書が束になって置いてある。それをアントンは苦虫を噛み潰したような顔でめくり始めた。
「これは……ドレスか。こっちは宝石……。そしてこれは……香水」
領収書を一枚ずつめくりながら、そこに記された品名を一つひとつ確認していく。
それらはすべて、ここに来てからマリーネが購入したものだ。家令から資金が底をつきかけていると告げられ、彼女が何にいくら使ったのかを確かめるべく、こうして領収書を一枚ずつ改めている。
「またドレスか……。いったい、何枚買ったんだ? しかも高い……」
静かな執務室に紙をめくる音が響く。時折、それにアントンの溜め息をつく音が混ざった。
高額な支払いが記載された領収書を確認するたびに彼の顔から生気が失われていく。
「これでは資金が底をつくのも当たり前だ……。まさかここまで金遣いが荒いとは……」
あれほどあったはずの私財がこうもあっさりと使い果たされていたことに、アントンは愕然とする。
確かにマリーネに好きな物を買っていいとは言った。だが、こうも遠慮がないとは思ってもいなかったのである。
愛しい恋人に贅沢を味合わせたい。美しく着飾らせたい。
そう願ったことは確かだ。だが、遠慮なく金を貪る図々しさに、あったはずの愛情が減っていったのも確かだ。
(クレアは無駄に浪費するような真似はしていなかったな……。服装も地味で……慎ましかった)
自分で追い出した元妻を頭に浮かべ、何度目か分からない溜め息をつく。
必要最低限しか着飾らなかった元妻の姿に女を感じず、派手な装いのマリーネに魅力を感じていた過去の自分に嫌気が差した。家のことを考えている堅実な妻を捨て、金を浪費するだけで家の役に立ちそうもない恋人を取ったことを、アントンは今更ながらひどく後悔していた。
あの頃の自分がどれだけ愚かだったか、今なら分かる。家令があれだけ止めたというのに、聞く耳すら持たず、危機意識すら持たず、ただ私欲に走った結果がこれだ。家庭より愛を選んだと言えば聞こえがいい。だが、実際は好きな女と一緒にいたいという、子供じみた欲を満たしたかっただけだ。
「……俺が愚かだった。……許されるなら、クレアに会いたい……」
この頃、アントンが頭に思い浮かべるのは愛しいはずの恋人マリーネではなく、自分が追い出した元妻クレアの姿だった。初日から「愛することはない」と拒絶し、必要最低限しか関わらなかった年下の元妻。今になって彼女への愛しさが込み上げ、もう一度その姿を一目見たくて仕方なくなった。
クレアからすれば迷惑でしかない思いをアントンが抱き始めたその時、正門がにわかに騒がしくなった。
「……なんだ? 騒がしいな……」
椅子から立ち上がったアントンが何があったのかを確認しようと窓辺に近づくと、慌ただしい足音が廊下の向こうから近づいてきた。
「旦那様! 大変でございます……!」
ローレンスがノックもせず扉を開け、慌てた様子で部屋へ飛び込んできた。
いつもは落ち着きを見せる彼の顔から余裕が完全に消え失せている。
「どうした? 何があった?」
「お……王太子殿下が、お見えになりました……」
「……何?」
一瞬、アントンはローレンスの言っている意味が理解できなかった。
「は……? 王太子……殿下だと?」
「はい! すでに屋敷の中へ……」
「な、なぜだ!?」
王太子がこの屋敷を訪れる理由など、思い当たらない。
事前の知らせもなく王族が屋敷を訪れる──悪い予感しかしなかった。




