↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/64

第61話 森に響く剣

白き守護と過ごした日から、さらに日々は穏やかに流れていった。

朝になれば精霊たちが姿を見せる。

里を歩けば子どもたちが駆け寄り、エルフたちは自然と笑顔で声を掛けてくる。

気付けば、カゲツは旅人というより、一人の客人としてユグレシアへ溶け込んでいた。

季節もゆっくりと歩みを進めている。

森を吹き抜ける風は少しだけ柔らかさを増し、枝葉の色も僅かに変わり始めていた。

ユグレシアへ滞在してから、一か月半ほどが過ぎていた。

その日の朝。

カゲツは一人、森の中を歩いていた。目的はない。

静かな空気を感じながら歩くだけでも、この森では不思議と心が落ち着く。

やがて開けた場所へ辿り着く。柔らかな草原。周囲を囲む巨木。鍛錬をするには十分な広さだった。

「少し身体を動かすか……。」

腰に差した木刀を静かに抜く。深く息を吸う。風が頬を撫でた。ゆっくりと構える。

次の瞬間。

木刀が風を切る。鋭い一太刀。続けて二太刀、三太刀。無駄な力は入っていない。速さを見せるための剣でもない。

一振り、一振りを確かめるような剣だった。

静かな森に、木刀が風を切る音だけが響く。

カゲツは止まらない。踏み込み。斬り上げ。

身体を返し、再び振る。百年積み重ねてきた型。

今では身体に染み付き、意識せずとも自然に動いていた。

しばらくして、木刀をゆっくりと下ろす。

息は乱れていない。額に薄く汗が浮かぶ程度だった。

「相変わらず……。」

小さく呟く。

「一人で振るのも悪くない。」

その時だった。

ぱちっ。

小さな音が聞こえる。

振り向くと、数人のエルフが少し離れた場所に立っていた。拍手をしていたのは、その中でも年配の男性だった。

「見事でした。」

「いつからいた。」

「途中からです。」

男性は苦笑する。

「邪魔をするつもりはありませんでした。」

「つい見入ってしまいまして。」

その後ろには、若いエルフたちも立っている。皆、どこか感心した表情を浮かべていた。

「剣術、ですよね。」

一人の青年が尋ねる。

「ああ。」

「木刀だがな。」

青年は目を輝かせる。

「初めて見ました。」

「人族の剣は、もっと力任せに振るものだと思っていました。」

カゲツは首を横に振る。

「力だけじゃ振れない。」

「振れるなら、誰でも強くなれる。」

「……なるほど。」

青年は真剣な表情で頷いた。その様子を見ていた年配の男性が口を開く。

「もし、ご迷惑でなければ。」

「私たちにも少しだけ、その剣を見せていただけませんか。」

カゲツは木刀へ視線を落とす。少しだけ考え、小さく息を吐いた。

「見るだけなら構わない。」

その返事に、若いエルフたちの表情が明るくなる。ほどなくして、その話は里中へ広がった。

午後になる頃には、小さな広場へ多くのエルフたちが集まっていた。子どもたちも、長老たちも。

セレスも少し困ったように笑っている。

「こんなことになるとは思いませんでした。」

「俺もだ。」

カゲツは苦笑する。

「ただ木刀を振っていただけなんだが。」

「皆さん、興味があるのでしょう。」

「弓とは違う戦い方ですから。」

広場へ穏やかな風が吹き抜ける。精霊たちも何体か姿を見せ、楽しそうに空を舞っていた。

カゲツは木刀を静かに握る。大勢へ見せるためではない。

いつも通りに振るだけ。それだけで十分だった。

広場には、いつの間にか多くのエルフたちが集まっていた。

子どもたちは最前列へ座り、大人たちはその後ろで静かに見守っている。

誰一人大きな声は出さない。森の静けさを崩さないように。

それがユグレシアの空気だった。カゲツは広場の中央へ立つ。

木刀を静かに握り、目を閉じる。

深く息を吸い込む。吐く。

その動きに合わせるように、森を吹き抜ける風が枝葉を揺らした。

静寂が訪れる。

次の瞬間だった。

ヒュン――。

木刀が風を裂く。

無駄のない一太刀。

続けて身体を返し、二太刀、三太刀と繋げる。力強さを見せる剣ではない。

一振りごとに力みがなく、流れるように次の動きへ移っていく。

「……綺麗。」

誰かが小さく呟いた。それは技の派手さではない。積み重ねてきた年月が、そのまま剣へ表れていた。

踏み込みは静か。足音はほとんどしない。

木刀が止まるたび、空気まで静まり返るような感覚があった。

やがて最後の一太刀を振り終える。カゲツは静かに木刀を下ろした。

辺りは静まり返っている。

誰もすぐには声を出せなかった。

やがて、一人の子どもが小さく拍手をする。

その音をきっかけに、広場中へ穏やかな拍手が広がっていった。

「すごかった……。」

「初めて見た。」

若いエルフたちは興奮を隠せない。長老たちも穏やかな笑みを浮かべていた。

「これが百年積み重ねた剣……。」

一人の長老が小さく呟く。カゲツは苦笑する。

「百年も振れば、誰でもこうなる。」

その言葉に、広場から小さな笑いが漏れた。

「そんなことはありません。」

年配のエルフが首を振る。

「百年続けることが、まず難しいのです。」

「……そうか。」

カゲツはそれ以上何も言わなかった。前世では、それが当たり前だった。毎日振る。

ただ、それだけだった。

その積み重ねが、今の自分を作っている。

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」

若いエルフの一人が前へ出る。

「どうした。」

「どうすれば、そのような剣になれるのでしょう。」

カゲツは少し考える。答えは簡単だった。

「近道はない。」

広場が静かになる。

「毎日振る。」

「昨日より今日。」

「今日より明日。」

「それを繰り返すだけだ。」

飾り気のない言葉だった。

しかし、その一言一言には重みがあった。

青年は深く頭を下げる。

「ありがとうございます。」

その時だった。

ふわり、と優しい風が吹く。

小さな精霊たちが姿を現し、カゲツの周りをゆっくりと舞い始めた。

「あっ……。」

子どもたちが空を見上げる。もちろん、その姿は見えていない。ただ風だけを感じていた。だがカゲツには見える。

何体もの精霊たちが楽しそうに飛び回り、その中の一体は木刀の先へちょこんと腰を下ろした。

「お前たちも来たのか。」

小さく呟く。精霊は羽を震わせる。

それだけで嬉しそうなのが伝わってきた。

セレスは不思議そうにカゲツを見つめる。

「精霊ですか。」

「ああ。」

「今日は随分と多い。」

「やはり……。」

セレスは空を見上げる。姿は見えない。

それでも森の空気が、どこかいつもより穏やかなことだけは感じ取れていた。

その時だった。

広場の入口にいたエルフたちが、一斉に道を開ける。

誰かが来た。静かな足音。白銀の毛並み。

朝日に照らされた大きな角。白き守護だった。

誰も声を上げない。ただ静かに頭を下げる。

白き守護は真っ直ぐカゲツの元まで歩いてくる。

そして、その隣へ静かに立った。

まるで、それが当たり前であるかのように。広場は静まり返る。

長老たちでさえ、その光景を言葉なく見つめていた。白き守護はカゲツを一度見上げると、小さく目を細める。

カゲツもまた、その視線を受け止め、穏やかに微笑んだ。

言葉は交わさない。

それでも二人の間には、不思議な信頼が生まれ始めていた。

その光景は、後にユグレシアの長老たちの間で、静かに語り継がれることになる。

――白き守護が、自ら一人の旅人の隣へ立った日として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。