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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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6話 歴史の向こう側

 訓練場は静まり返っていた。 誰も言葉を発しない。

 ただ、風だけが静かに吹いている。 その中心に立つのは、銀髪の青年。

 カゲツ。

 支部長は静かにその姿を見つめていた。 長く冒険者をやってきた。 魔物も見た。 竜種も見た。 災厄級指定の怪物とも戦った。

 だが。 目の前の存在は、それらとは別種だった。

 もっと静かで。 もっと深い。

 まるで、長い時間そのものを纏っているような感覚。

「……精霊族、か」

 支部長が低く呟く。 カゲツは静かに頷いた。

「恐らくな」

「恐らくって……」

 クルトが頭を抱える。 支部長は苦笑した。

「まぁいい。お前が普通じゃないのは分かった」

 そう言いながら、支部長は腕を組む。

「俺はこの街の冒険者ギルド支部長、ヴァルドだ」

「カゲツだ」

「姓は?」

「今は無い」

「……変わった奴だな」

「よく言われる」

 周囲の冒険者たちは、まだざわついていた。 精霊族。

 それだけでも伝説級だ。

 しかも目の前の青年は、どう考えても普通の精霊族ではない。

 先ほど“無拍子”を見抜いた壮年冒険者が、小さく呟く。

「支部長……あれ、本当に精霊族だけですか?」

 ヴァルドは数秒だけ黙る。 そして静かに答えた。

「……分からん」

 それが本音だった。 底が見えない。 気配が異質すぎる。

 若い見た目なのに、時折老人のような目をする。

 しかも剣が異常だ。 訓練用木剣であの領域。

 本物の剣ならどうなるのか、想像もしたくなかった。

「カゲツ」

「なんだ」

「お前、何を目的に旅してる」

 その問いに、カゲツは少しだけ空を見る。 青空だった。

「世界を観るためだ」

 静かな声。 だが、不思議とその場の全員が耳を傾けていた。

「……観る?」

「人を。街を。国を。時代を」

 カゲツはゆっくりと言葉を続ける。

「人は面白い。愚かで、醜く、だが懸命に生きている」

 その声には実感があった。 百年。

 長い人生で見てきたもの。 戦争。 裏切り。 愛情。 別れ。 全てを知っている声だった。

「だから観たいと思った」

 静寂。 誰も口を挟めなかった。 若い見た目のはずなのに。

 その言葉は、妙に重かった。 ヴァルドが目を細める。

「……お前、本当に百年以上生きてるんだな」

「前の人生ではな」

 カゲツは否定しない。 隠す意味も無かった。

 クルトとフィナも静かにカゲツを見ていた。

 最近忘れそうになる。

 この穏やかな青年が、本当は百年近くを生きた存在だということを。

「まぁいい」

 ヴァルドが息を吐く。

「実力は十分だ。登録は問題ない」

 その言葉に、受付嬢が慌てて書類を抱える。

「で、ではギルドカードを発行します!」

 カゲツは静かに頷いた。 するとヴァルドが続ける。

「ただし」

「?」

「目立つぞ、お前」

「もう十分目立ってると思うが」

「これからもっとだ」

 ヴァルドは苦笑する。

「精霊族なんざ、国が動くレベルだ」

 周囲の冒険者たちも頷いていた。 それほど希少なのだ。

 ましてや、カゲツほどの存在となれば尚更。

 だが当の本人は、あまり気にしていない様子だった。

「別に構わん」

「……大物だな」

「そういう問題か?」

 ヴァルドは思わず笑った。

 この男は変わっている。 強さにも。 名誉にも。 権力にも。 ほとんど興味が無い。

 ただ静かに旅をしたいだけ。 それだけなのだろう。

 だが。 ヴァルドは確信していた。

 目の前の青年は、必ず世界へ影響を与える。

 本人が望まなくとも。 その存在そのものが、既に異常なのだから。 風が吹く。 銀髪が揺れる。

 その姿を見ながら、ヴァルドは小さく呟いた。

「……時代が動くかもしれんな」

 だがカゲツ本人は。

 そんなことなど知らぬまま、静かに空を眺めていた。

 冒険者登録を終えた頃には、昼を過ぎていた。

 ギルド内の空気は相変わらず騒がしい。

 だが、その視線の一部は今もカゲツへ向いていた。

「……見られてるな」

 カゲツが静かに呟く。 隣でクルトが苦笑した。

「そりゃそうだろ。精霊族だぞ?」

「そんなに珍しいのか」

「だから、伝説級だって」

 フィナも小さく頷く。

「普通、一生会えないと思います」

 カゲツにはいまいち実感が無かった。

 精霊族と言われても、自分では比較対象が存在しない。

 ただ、身体が長命で、自然と共鳴しやすい。 それくらいの認識だった。

 その時。 受付嬢が慌てた様子で近付いてきた。

「あ、あのカゲツさん」

「なんだ」

「こちら、初心者向け依頼になります」

 差し出された紙を見る。 薬草採取。 荷物運搬。 森周辺の見回り。

 そんな依頼が並んでいた。 カゲツは少し考える。

「……簡単なものばかりだな」

「最初は皆そうですよ」

 クルトが笑う。

「いきなり危険依頼は受けられねぇ」

 カゲツは静かに掲示板を見る。 様々な依頼が貼られていた。

 魔物討伐。 盗賊討伐。 護衛。 探索。

 人はどの世界でも、生きるために争うらしい。

 その時だった。 不意に、ギルド奥が騒がしくなる。

「どうした?」

「怪我人だ!」

 数人の冒険者が、血を流した男を運び込んできた。

 周囲がざわめく。 男の腕は深く裂け、血が止まっていない。

「森熊だ……!」

「くそ、回復術師は!?」

「今別依頼中だ!」

 空気が緊張する。 傷が深い。

 このままでは危険だった。 カゲツは静かに立ち上がる。

「カゲツ?」

 クルトが振り返る。 カゲツは怪我人の前へ歩み寄った。

 冒険者たちが警戒する。

「おい坊主、近付くな!」

「治療する」

「は?」

 カゲツは膝をつき、傷へ手をかざす。 瞬間。 淡い光が溢れた。 風が揺れる。

 森の魔力が集まり、傷口を包み込んでいく。

「……っ!?」

 周囲が息を呑む。 裂けた肉が、ゆっくり閉じていく。

 血が止まる。 青ざめていた男の呼吸も、徐々に安定していった。 静寂。

「す、すげぇ……」

「回復術師か……?」

「いや、なんだ今の魔力……」

 冒険者たちが呆然としている。 カゲツは静かに手を離した。

「これで死にはしない」

 穏やかな声だった。

 するとヴァルド支部長が、腕を組みながら近付いてくる。

「……自然治癒を無理やり加速させたのか」

「そんなところだ」

 カゲツは静かに頷く。 ヴァルドは小さく息を吐いた。

「規格外だな、本当に」

 カゲツ本人には自覚が無い。 前世に魔法は存在しなかった。 だから比較もできない。

 ただ、“できた”からやっただけだった。

 その時。 治療された冒険者が、ゆっくり目を開く。

「……あれ、俺……」

「助かったみたいですね!」

 フィナが笑う。 男は状況を理解し、慌てて頭を下げた。

「あ、ありがてぇ……!」

「気にするな」

 カゲツは静かに答える。 その姿を見ながら、ギルド内の空気が少し変わっていた。

 恐れだけではない。 敬意。 あるいは畏怖。

 そんな感情が混じり始めている。 だがカゲツ本人は気にしていなかった。 ただ静かに掲示板を見る。

「……それで」

 受付嬢がびくりと肩を震わせる。

「は、はい!」

「初心者向け依頼とは、どれを受ければいい」

 一瞬。 ギルド内が静まり返った。

 そして次の瞬間。 誰かが吹き出した。

「ははっ!」

「お前が初心者依頼受けるのかよ!」

「森熊倒せるだろ絶対!」

 冒険者たちが笑い始める。 カゲツは少し不思議そうに首を傾げた。

「……何かおかしいことを言ったか?」

 その真顔が余計に可笑しくて。

 ギルド内には、久しぶりに明るい笑い声が広がっていた。

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