表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/55

第53話 世界樹の里

「……ありがとうございます。」

カゲツが静かに頭を下げる。三人の長老も穏やかに頷き返した。

「では、ご案内いたしましょう。」

中央の長老がゆっくりと踵を返す。


斥候の女性も道を譲るように一歩下がり、森の奥へ向かって歩き始めた。

カゲツはその後ろへ続く。足元では野兎も当然のように付いて来ていた。

「その子も一緒なのですね。」

斥候の女性が小さく口を開く。

「ああ。」

「旅の途中で付いて来るようになった。」

「森へ入ってからも離れませんでした。」

女性は野兎を見つめ、優しく微笑む。

「珍しいことです。」

「この森の獣は、警戒心が強いですから。」

「そうなのか。」

「ええ。」

「特に境界付近の獣は、外から来た者へ近付こうとはしません。」

そう言ってから、女性は少しだけ考えるように視線を落とした。

「ですが……」

「その子だけではありません。」

「白き守護も、あなたを拒みませんでした。」

その言葉に、長老たちも静かに頷く。

「私どもも、その報告を受け驚きました。」

中央の長老が穏やかに話し始める。

「白き守護は、この森の意思とも呼ばれる存在。」

「我らでさえ、姿を見る機会は決して多くありません。」

「それほどなのか。」

「はい。」

「だからこそ、あなたと会ったことには意味があるのでしょう。」

カゲツは森を見回す。歩いているだけなのに、不思議と心が落ち着く。王都近くの森とも違う。山村で見た森とも違う。

ここには長い年月が積み重なった静けさがあった。歩き始めてしばらくすると、景色が少しずつ変わり始める。


木々はさらに大きくなり、幹の太さは人が何人いても抱えきれないほどだった。

枝葉は空を覆い隠し、それでも木漏れ日は柔らかく地面を照らしている。

小川の水は驚くほど澄み、小魚がゆったりと泳いでいた。

「……綺麗だ。」

思わず漏れた一言だった。長老は嬉しそうに笑う。

「この森をそう言ってくださる方は少ないのです。」

「外の方は恐れる方がほとんどですから。」

「恐れる理由も分かる。」

カゲツは空を見上げる。

「普通の森ではない。」

「ええ。」

「長命種が代々守り続けてきた森です。」

「人が自然を支配するのではなく、自然と共に生きる。」

「それがユグレシアです。」

その言葉を聞き、カゲツはどこか納得したように頷いた。前世では戦乱の中を生きた。人は土地を奪い、城を築き、争いを繰り返した。

だが、この森は違う。誰かが森を変えたのではない。森がそこにあり、その中で暮らしている。

そんな印象を受けた。さらに歩みを進める。

すると、不意に視界が開けた。

「……これは。」

カゲツは思わず足を止める。目の前には、巨大な一本の樹がそびえ立っていた。空を突くほど高く。

枝は雲へ届くように広がり。その幹は、一つの山にも見えるほど巨大だった。風が吹くたび、無数の葉が優しく揺れる。

その姿は、ただ大きいだけではない。圧倒的な生命力を感じさせる存在だった。

「これが……。」

中央の長老が穏やかに微笑む。

「ようこそ、カゲツ殿。」

「ここが我らの故郷――ユグレシア。」

「そして。」

長老は巨大な樹を見上げる。

世界樹ユグレシアです。」

カゲツは言葉を失った。

遠い昔、前世でも神話としてしか聞いたことのなかった存在。

それが今、目の前にある。静かな感動だけが胸の中へ広がっていくのだった。

カゲツは、ただ世界樹を見上げていた。

言葉が出ない。これまで巨大な樹は何度も見てきた。旅の途中でも、何百年と生きた大樹は珍しくなかった。

だが。

目の前にそびえ立つ世界樹は、それらとは根本から違っていた。一本の樹でありながら、一つの世界のようにも見える。

枝は幾重にも広がり、小さな森を幾つも抱えているようだった。


太い幹には長い年月が刻まれ、その表面には淡く輝く苔や蔦が静かに根付いている。


見上げても見上げても頂は見えない。雲の向こうまで続いているようだった。

「……これほどとは。」

思わず漏れた言葉に、長老は穏やかに微笑む。

「初めて見る方は、皆そのような顔をされます。」

「私も幼い頃、祖父に連れられて初めて見た時は、しばらく動けませんでした。」

隣の長老も静かに笑う。

「数百年ここで暮らしておりますが、それでも毎日姿が違って見えるのです。」

カゲツはゆっくり頷いた。確かにそうだった。

風が吹くたびに葉が揺れ、光の差し方が変わるだけで表情が変わる。まるで生きて呼吸しているようだった。

「実際、生きております。」

中央の長老が静かに言う。カゲツは視線を向けた。

「……生きている?」

「ええ。」

「世界樹は森そのもの。」

「我らは昔から、そのように教えられてきました。」

「世界樹が育めば森も育ち、森が穏やかなら世界樹もまた穏やかです。」

「逆もまた然り。」

カゲツはもう一度世界樹を見上げる。不思議と納得できた。この森へ入ってから感じていた空気。

静けさ。落ち着き。あれは世界樹から流れていたものなのかもしれない。

「だからこそ。」

長老は続ける。

「白き守護も、この世界樹の意思に従っています。」

その言葉に、カゲツは白い精霊獣を思い出した。

静かな瞳。威圧することもなく、自分を見つめていた姿。

「あれは……。」

「守護獣です。」

「森を守り、世界樹を守る存在。」

「我らが命じられる相手ではありません。」

「姿を現すかどうかも、あの方の意思です。」

斥候の女性も静かに頷く。

「私は何度も巡回しておりますが、あれほど近くで見たのは初めてでした。」

「まして、外から来た方の前へ現れるなど……。」

言葉はそこで止まった。誰も、その理由を知らない。

分からないからこそ、長老たちもカゲツを迎えに来たのだ。

しばらく歩く。

世界樹へ近付くにつれ、人の姿が少しずつ増えてきた。木々の間に建てられた住居。大木を傷付けることなく組まれた渡り橋。透き通る水路。どれも自然を壊すことなく造られている。

カゲツは辺りをゆっくり見回した。

「……街というより。」

「森そのものですね。」

中央の長老は嬉しそうに笑う。

「その言葉は、我らにとって何よりの誉め言葉です。」

「里を造ったのではありません。」

「森の中で暮らしているだけですから。」

その時だった。

一人の幼いエルフが木陰から顔を覗かせた。銀髪の青年を見るなり目を丸くする。

「あ……。」

小さな声だった。

すぐに後ろから母親らしき女性が現れ、慌てて子どもの肩へ手を添える。

「見てはいけません。」

「ご、ごめんなさい。」

子どもは頭を下げる。しかし興味を隠しきれず、もう一度だけカゲツを見た。カゲツは小さく笑い、軽く手を振る。子どもも恐る恐る手を振り返した。

その様子を見ていた長老たちが穏やかに微笑む。

「珍しいものです。」

「里の子どもたちは、外の方を見る機会がほとんどありません。」

「だから驚いているのでしょう。」

「そういうものか。」

「ええ。」

長老は静かに頷いた。

「ですが、今日から少し変わるかもしれません。」

カゲツは首を傾げる。

「あなたが来られたことで、この里にも新しい風が吹くでしょう。」

その言葉を聞き、カゲツは少しだけ困ったように笑った。

「俺は、そんな大した者じゃありません。」

すると三人の長老は顔を見合わせ、小さく笑う。

「その言葉を聞いて安心しました。」

「え?」

「もし、自らを特別だと思う方でしたら、お迎えすることは難しかったでしょう。」

「ですが。」

中央の長老は穏やかな眼差しを向ける。

「あなたは違う。」

「だからこそ、世界樹も拒まなかったのかもしれません。」

カゲツは返す言葉が見つからなかった。ただ静かに世界樹を見上げる。

その巨大な枝葉が、優しく風に揺れていた。

その光景は、これから始まる新たな出会いを歓迎しているようにも見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ