50話 森の番人
白い存在が消えた後も。 森は静まり返っていた。 風すら弱い。 葉の擦れる音だけが、小さく響いている。
一方。 カゲツは、白鹿が消えた森奥を静かに見ていた。
「……精霊獣、か」
ぽつりと呟く。 普通の獣ではない。 あれほどの存在感を持つ生き物は、前世でも見た事が無かった。
一方。 野兎は、まだ耳を立てている。 警戒していた。 その時だった。
――ヒュン。
一瞬。 風を裂く音。 次の瞬間。 一本の矢が、カゲツの足元へ突き刺さった。 ドス、と乾いた音。
警告射撃。 カゲツの目が僅かに細くなる。
「……」
「動くな」
静かな声だった。 だが。 森そのものへ溶け込むような気配。 一方。 カゲツはゆっくり視線を上げる。 木の上。 そこに、一人の女性が立っていた。 長い金髪。 尖った耳。 深緑の外套。 弓を構えたまま、こちらを見下ろしている。 エルフ。
しかも。 ただの森人ではない。 空気が違う。 森へ完全に溶け込んでいた。
「……人間ではないな」
女性が低く呟く。 一瞬。 空気が張り詰める。 弓はまだ下ろされない。
だが。 彼女の目には、明確な困惑もあった。
「何者だ」
短い問い。 一方。 カゲツは静かに答える。
「旅人だ」
「……ふざけているのか?」
「事実だ」
静かな返答だった。 一瞬。 エルフの女性は眉を寄せる。 銀髪。 精霊族の気配。
だが。 知らない。 少なくとも、自分は見た事が無い。 そして何より。 森が、この存在を拒絶していなかった。
一方。 野兎は、カゲツの後ろへ隠れたままだ。
すると。 女性の視線が、その奥を見る。 白鹿が消えた方向。 一瞬。 彼女の表情が変わった。
「……まさか」
小さな呟き。 森に残る、微かな気配。 間違いない。 あれは、“森の守護”の気配だった。
だが。 何故。 何故、この銀髪の旅人の前へ現れた。
一方。 カゲツは静かに女性を見る。
「……お前こそ、何者だ」
その言葉に。 エルフの女性は、ゆっくり弓を下ろした。
だが。 警戒は消えていない。
「私は森の番人だ」
「そして――」
一瞬。 彼女の目が、真っ直ぐカゲツを見る。
「ここから先は、人が軽々しく入って良い場所ではない」
森の空気が、更に静まった。




