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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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48話 古い街道

 宿場村を出てから、更に数日。 空気は少しずつ冷たくなっていた。 朝方には白い息が混じる。 季節が進み始めているのだろう。 

 一方。 カゲツは静かに街道を歩いていた。 道はまだ続いている。

 だが。 以前より、人の姿は減っていた。 すれ違うのは、数日に一度の商隊か旅人くらい。

 草も深い。 街道脇には、崩れた古い石標まで見える。

「……昔は、もっと使われていたか」

 ぽつりと呟く。 道幅だけは広い。 つまり。 かつては人の流れが多かったのだろう。

 一方。 野兎は相変わらず隣を跳ねていた。 最近では、夜になると当然のように焚き火の近くへ来る。

「完全に住み着いたな」

 耳がぴくりと動く。 返事らしい。 その時だった。 前方に、小さな石橋が見えてきた。

 古い橋だ。 川幅は広くない。 だが。 橋自体は立派だった。

「……随分古いな」

 カゲツが橋へ手を触れる。 石は削れている。 長い年月、ここへ人が居た証だ。 その時。

「旅人さんかい?」

 不意に声が掛かった。

 振り向くと、橋近くで薪を割っていた老人が立っている。

「ああ」

 カゲツが短く返す。 老人は銀髪を見て、少し目を丸くした。

「ほぉ……珍しいな」

「北の方の人か?」

「そんなところだ」

 曖昧に返す。 すると。 老人は小さく笑った。

「まぁ、この辺りじゃ旅人自体珍しい」

「昔は違ったんだがなぁ」

 一瞬。 カゲツは周囲を見る。 確かに。 橋は立派だ。 街道も広い。 昔は主要街道だったのだろう。

「今は通らんのか?」

「帝国側の道が栄えちまってな」

 老人が肩を竦める。

「こっちはもう辺境さ」

 静かな声だった。 一方。 カゲツは橋の先を見る。 道はまだ続いている。 遠く。 薄く山影も見え始めていた。 まだ先は長い。 ユグレシアなど、遥か遠くだ。

 だが。 それでいい、とも思っていた。 急ぐ旅ではない。 歩き。 見て。 知っていく。 それが今の旅だ。

「……悪くない」

 ぽつりと呟く。 老人が不思議そうな顔をした。

「ん?」

「いや」

 カゲツは静かに空を見る。 広い空。 続いていく古い街道。 そして。 まだ見ぬ世界。

 銀髪の精霊族は、静かな旅路を歩き続けていく。

 その日の夜。 カゲツは街道脇で焚き火を起こしていた。 古い街道沿い。 近くに村は無い。 聞こえるのは、風と火の音だけだった。 パチ、と火が鳴る。

 一方。 野兎は、いつものように火の近くで丸くなっていた。

「……完全に慣れたな」

 耳だけがぴくりと動く。 返事らしい。 一方。 カゲツは木刀を横へ置き、小鍋を火へ掛ける。 腰にあるのは木刀だけ。 《夜凪》は亜空間へ納めている。

 あれは常に抜く刀ではない。 本当に必要な時だけ。 それでいいと思っていた。 その時だった。

 ――ガサ。

 一瞬。 カゲツの視線が暗い森側へ向く。 気配。 しかも一つではない。

「……出たか」

 静かな声。 すると。 茂み奥で低い唸り声が響いた。

「グルルル……」

 狼型魔物。 四体。 通常種だ。 だが。 旅人を襲うには十分危険だった。

 一方。 野兎がぴたりと固まる。 だが。 カゲツは慌てない。 静かに立ち上がるだけ。

「腹でも減っているのか」

 魔物たちは低く唸る。 じりじり距離を詰めてくる。 普通の旅人なら終わっていた。

 だが。 カゲツの空気は変わらない。 静かなまま。 ただ、少しだけ目が細くなる。

「……まぁいい」

 ぽつりと呟く。 そして。 木刀を握った。 一瞬。 魔物たちが飛び出す。 速い。 連携も取れている。

 だが。 次の瞬間。 カゲツの姿が消えた。

 ――ゴッ。

 鈍い音。 一頭目が地面へ転がる。 ほぼ同時。 木刀が流れるように動いた。

 ゴッ、ゴッ――。

 二頭。 三頭。 まるで力みが無い。 自然に打ち込まれている。 最後の一頭だけが、本能的な恐怖を察した。 逃げようとする。 だが。

「遅い」

 静かな声。 木刀が、一閃。 魔物はそのまま崩れ落ちた。 一瞬。 街道へ静寂が戻る。 パチ、と火が鳴った。

 一方。 カゲツは静かに木刀を見る。

「……まだこっちで十分か」

 ぽつりと呟く。 夜凪を抜く必要すら無かった。

 一方。 野兎が、おそるおそる火の近くへ戻って来る。

「心配するな」

 カゲツが静かに座り直す。

「まだ静かな旅だ」

 その言葉と共に。 夜の街道へ、再び静かな火の音だけが響いていた。

 翌朝。 空は快晴だった。 昨夜の冷え込みが残っているのか、草には薄く霜が降りている。 火は既に消えていた。

 一方。 カゲツは静かに木刀を腰へ差す。 その動きは自然だった。 まるで長年、身体へ染み付いているように。 実際、そうなのだろう。 百年。 剣を握り続けた男だ。 ただ歩くだけでも、どこか隙が無い。

「……行くか」

 ぽつりと呟く。 すると。 野兎も当然のように立ち上がった。

「お前、本当に付いて来るな」

 耳がぴくりと動く。 最近では、完全に旅の同行者だった。 街道を歩く。 風は冷たい。 だが。 空気は澄んでいた。 遠くには山脈も見える。

 まだかなり遠いが、少しずつ景色が変わり始めているのだろう。

 一方。 街道沿いには、古い見張り塔まで残っていた。 半分崩れている。 使われなくなって長いのだろう。

「……辺境、か」

 王都から遠ざかっている実感があった。 人の数は減った。 巡回騎士も少ない。

 だが。 その分だけ、空は広く感じる。 その時だった。

 前方から、複数の人影が近付いてくる。

 旅人――ではない。

 武装している。 冒険者だった。 三人組。 剣士。 弓使い。 そして軽装の魔術師らしき女性。

「あ?」

 先頭の剣士がカゲツを見る。

「銀髪……?」

 一瞬。 三人とも少し驚いた顔をした。 珍しいのだろう。 しかも。 カゲツは若く見える。

 だが。 空気だけが妙に静かだった。

「兄ちゃん、一人旅か?」

「ああ」

「この先行くのか?」

 剣士が少し真面目な顔になる。

「最近、街道荒れてんぞ」

「荒れている?」

「ああ」

 弓使いが頷く。

「魔物が増えてる」

「しかも、妙に南側へ流れて来てるんだ」

 一瞬。 カゲツは少しだけ目を細めた。 昨夜の狼型魔物を思い出す。 確かに、数が多かった。

「群れが移動してるって噂もある」

 魔術師の女性が続ける。

「古道側で大型種が出たとか」

「大型種?」

「あくまで噂だけどね」

 女性が肩を竦める。

「でも、最近この辺り空気悪いのよ」

 一瞬。 風が吹く。 冷たい風だった。 一方。 カゲツは静かに空を見る。 広い街道。 古い道。 減っていく人の気配。

 そして、増え始めた魔物。 旅路は、少しずつ変わり始めていた。

「……そうか」

 短く返す。 すると。 剣士が苦笑した。

「兄ちゃん、反応薄いな」

「まぁ気を付けろよ」

「若いからって死ぬなよ?」

 一瞬。 カゲツは少しだけ目を細める。

「努力しよう」

 その返答に。 三人は何故か少し笑った。 冒険者たちは、そのまま王都方面へ去っていく。

 一方。 カゲツは静かに前を見る。 まだ旅は続く。 街道の先へ。 更に遠くへ。 銀髪の精霊族は、静かな足取りで歩き続けていった。

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