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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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46話 街街の先

 王都アルヴェリアを出て、三日。 カゲツは静かに街道を歩いていた。 空は高い。 冷たい風が、草原を揺らしている。 背後には、もう王都は見えない。 あるのは広い空と、果てなく続く道だけだった。

 だが。 不思議と嫌な静けさではない。

「……広いな」

 ぽつりと呟く。 王都に居た時間が長かったせいか、余計にそう感じた。

 一方。 腰の《夜凪》は静かなままだ。 時折、手を添える。 それだけで、妙に落ち着いた。 王都で鍛えた刃。

 火。 鉄。 騒がしい工房街。 ドグランの怒鳴り声。

 エルミナ。 リュシエル。 思い返せば、不思議と色々なものが増えていた。

「……人の時間、か」

 静かな声だった。 前世では、もっと短く感じていた。 戦場では、人の時間はすぐ消える。 だが今は違う。 穏やかな時間を、ちゃんと覚えている。

 その時だった。 前方から、馬車の音が近付いてくる。 数台。 商隊らしい。

「おーい!」

 御者の男が声を上げた。

「兄ちゃん、一人旅か!」

「ああ」

 カゲツが短く返す。 商人たちが、少し驚いた顔をする。 銀髪。 美しい顔立ち。 そして腰の長刀。 旅人にしては、妙に空気が違った。

「そっちは北街道だぞ?」

「森側へ行くなら危ねぇぞー」

「魔物か?」

「最近増えてる」

 御者の男が苦笑する。

「帝国側が騒がしいって話もあるしなぁ」

 一瞬。 カゲツは少しだけ目を細めた。

「帝国?」

「ああ」

 商人が頷く。

「東側のデカい国だよ」

「軍の動きが増えてるとか何とか」

「まぁ、俺らにゃ関係ねぇ話だが」

 笑いながら話している。 だが。 街道を旅する商人たちは、意外と世界の空気に敏感だ。

 一方。 カゲツは静かに空を見る。 帝国。 まだ見ぬ国。 この巨大な大陸には、知らない土地がいくらでもある。 ユグレシアも、その一つだ。

「兄ちゃん、どこまで行くんだ?」

 御者が気軽に聞く。 カゲツは少しだけ考え――。

「森を見に行く」

 静かに答えた。 一瞬。 商人たちはきょとんとした顔をし――やがて笑った。

「ははっ!」

「変わった旅人だなぁ!」

「まぁ、嫌いじゃねぇけど!」

 笑い声が街道へ響く。 一方。 カゲツは少しだけ空を見上げた。 果てなく広がる空。 続いていく旅路。

 そして。 まだ見ぬ世界。 銀髪の精霊族は、静かに歩き続ける。 悠久にも似た時間の中を。

 街道を進み、更に数日。 周囲の景色は、少しずつ変わり始めていた。 人の気配が減っている。

 街道自体は残っているものの、使う者は少ないのだろう。 道端の草も伸びていた。 空は既に暗い。 夜が近い。

「……ここでいいか」

 カゲツは小さく呟く。 街道から少し外れた場所。 開けた草地。 近くには小川も流れている。 野営には丁度良かった。

 一方。 カゲツは慣れた動きで火を起こす。 乾いた枝。 火打石。 静かな火。 パチ、と小さな音が鳴る。 前世では、こういう時間は少なかった。 戦場では、火は敵を呼ぶ。 だが今は違う。 急ぐ必要も無い。

 誰かと競う必要も無い。 ただ、旅をしている。

「……悪くない」

 ぽつりと呟く。 火を見ながら、小鍋を置く。 簡単な干し肉のスープ。 旅の食事としては十分だった。

 その時。 ガサ、と森奥で音がした。 一瞬。 カゲツの視線が向く。

 だが。 すぐに小さな影が飛び出してきた。

「……兎か」

 灰色の野兎だった。 警戒している。 だが。 逃げない。 むしろ少し不思議そうに、カゲツを見ていた。

 一方。 カゲツは静かに火を見ている。 何もしない。 追い払わない。 すると。 野兎は少しだけ近付き――火の近くで丸くなった。

「……おいおい」

 カゲツが小さく笑う。

「そこは俺の場所だぞ」

 当然、返事は無い。 だが。 兎は気にした様子も無かった。 静かな時間だった。 パチ、と火が鳴る。 遠くでは夜鳥の声。 風は弱い。 森そのものが、静かに眠り始めているようだった。

 一方。 カゲツは夜凪へ視線を向ける。 黒鞘。 火を反射する銀の鍔。 王都を出てからも、不思議と存在感が薄れない。

「……お前も見るか?」

 ぽつりと呟き、スープを少し分ける。 兎は匂いを嗅ぎ――やがて、小さく口を付けた。 一瞬。 カゲツは少しだけ目を細める。 前世では考えられなかった時間だ。

 戦場を生きた男が。 今は森で、兎と火を囲んでいる。

「……変なものだな」

 その呟きは、静かな夜へ溶けていった。

 焚き火の火が、小さく揺れている。 空には月。 雲も少ない。 森を照らす淡い光が、どこか幻想的だった。

 一方。 カゲツは木へ背を預け、静かに空を見ていた。 隣では、野兎が丸くなって眠っている。

「……警戒心が無いな」

 ぽつりと呟く。 だが。 追い払う気にはならなかった。 不思議と、この静けさが心地良い。 前世では、こんな夜は無かった。 眠る時でさえ、剣を抱いていた。

 いつ敵が来るか分からない。 いつ死ぬか分からない。 そんな人生だった。 だが今は違う。

 火の音を聞きながら、ただ空を見ていられる。 それだけで、十分穏やかだった。

「……自由に生きよ、か」

 ふと、神の言葉を思い出す。 死の後。 静かな場所で聞いた声。

 ――ならば、自由に生きよ。

 一瞬。 カゲツは小さく目を閉じた。 自由。 前世では、あまり縁の無い言葉だった。 剣を振るい続けた人生。 戦場を生き抜くためだけの日々。

 だが今は。 誰に命じられる訳でもなく、旅をしている。 見たいものを見て。 行きたい場所へ行く。

「……悪くない」

 静かな声だった。

 その時。 夜凪が、僅かに月光を反射する。 黒鞘の中。 静かなまま。

 だが。 そこに確かな存在感があった。 王都で鍛えた刀。 人の時間を宿した刃。 前世の剣とは違う。 もっと穏やかで。 もっと静かだ。 一方。 森もまた静かだった。 獣の気配はある。

 だが。 近寄って来ない。 まるで、この場所だけ空気が違うようだった。 カゲツはゆっくり立ち上がる。

 そして。 夜空を見上げた。 広い世界。 まだ知らない場所。 長命種の里。 帝国。 未踏領域。 海の向こう。

 この世界には、まだ知らないものがいくらでもある。

「……さて」

 ぽつりと呟く。 その声は、どこか穏やかだった。

 銀髪の精霊族は、静かな月夜の中で、ゆっくりと目を閉じる。 旅は、まだ始まったばかりだった。

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