45話 旅立ちの朝
「なら、その刀は丁度いい」
ドグラスの言葉に、カゲツは僅かに目を細めた。
「?」
「王都での時間も、ちゃんと持って行け」
一瞬。 カゲツは何も言わなかった。 だが。 否定する気にはならなかった。 夜凪を見ていると分かる。 この刀には、確かに王都アルヴェリアで過ごした時間が宿っている。
工房街。 火。 鉄。 騒がしい職人たち。 長命種街区。 王城。 そして。 ここで出会った人々。 それら全てが、この刃へ残っていた。
中庭には、まだ静かな空気が残っている。 騎士たちは誰もすぐには口を開かなかった。
ただ。 黒鞘へ納められた《夜凪》を、無意識に見ていた。 その時だった。
「……見事な刀だ」
不意に、落ち着いた声が響く。 一瞬。 騎士たちが姿勢を正した。 中庭奥。 そこには、一人の男が立っていた。
王――レオンハルト・アルヴェリア。
年老いてはいる。 だが。 静かな威厳を纏った男だった。
「陛下」
ドグラスが頭を下げる。 エルミナも静かに礼を取った。
一方。 カゲツは静かに王を見る。 王もまた、静かに夜凪を見ていた。
「……ありがとうございます」
カゲツが短く返す。 すると。 王は小さく笑った。
「いや」
「礼を言うのは、王都の方だろう」
一瞬。 中庭が静まる。
「この街を救い」
「災害指定候補を討ち」
「そして、この王都で刃を鍛えた」
王の視線が、静かにカゲツへ向く。
「お前は、十分この王都の客人だった」
穏やかな声だった。 だが。 その言葉には確かな重みがある。 一方。 カゲツは少しだけ目を細める。客人。 不思議と、悪い響きではなかった。
「……本当に行くのだな」
王が静かに聞く。
「ああ」
「ユグレシアか」
カゲツは静かに頷く。 一瞬。 王は何も言わなかった。 引き止めない。 それが、逆に王らしかった。
「そうか」
ただ、それだけを返す。 そして。
「ならば、良い旅を」
静かな声だった。
「王都アルヴェリアは、いつでもお前を歓迎する」
一瞬。エルミナが少し嬉しそうに笑う。 ドグラスも、小さく鼻を鳴らした。
一方。 カゲツは静かに王都を見る。 前世では、ただ通り過ぎるだけだった時間。
だが。 ここで過ごした日々は、確かに自分の中へ残っている。
「……世話になった」
短い言葉。 だが。 そこには確かな実感があった。 夕暮れの光が、静かに中庭へ差し込んでいた。
翌朝。 王都アルヴェリアは、静かな朝日へ包まれていた。 空気は冷たい。 冬が近い。 だが。 空は澄み渡っていた。
一方。 王都西門の前には、一人の銀髪の精霊族が立っている。 腰には《夜凪》。 黒い外套。 いつも通りの姿だった。
「……本当に行くんですね」
聞き慣れた声。 振り向くと、リュシエルが立っていた。 その後ろには、エルミナとドグラスの姿もある。
「来たのか」
「来ますよ普通」
リュシエルが呆れたように言う。
「何も言わず居なくなりそうだったので」
「否定できねぇな」
ドグラスが笑う。 一方。 エルミナは少しだけ寂しそうに笑った。
「……静かですね」
「何がだ?」
「旅立ちです」
一瞬。 カゲツは王都を見る。 高い城壁。 白い街並み。 工房街の煙。 一年以上過ごした場所。 長かったような。 短かったような。 不思議な時間だった。
「……そうかもしれんな」
ぽつりと呟く。 すると。 リュシエルが小さく息を吐いた。
「ユグレシアなんて、普通の人は行きませんからね」
「普通ではないだろう」
「貴方が一番言っちゃ駄目です」
即答だった。 一瞬。 周囲へ小さな笑いが広がる。 穏やかな空気だった。
「坊主」
ドグラスが腕を組む。
「次戻ってくる時は、もっとマシな剣筋見せろ」
「お前もな」
「まだ言うか銀髪!」
騎士たちまで吹き出す。 その時だった。 エルミナが、静かに一歩前へ出る。
「……カゲツ殿」
小さな声。
「お気を付けて」
カゲツは静かに彼女を見る。 そして。
「ああ」
短く頷いた。 それだけだった。 だが。 十分だった。 一瞬。 門前へ静かな空気が流れる。 誰も引き止めない。 誰も騒がない。
ただ。 旅立ちを見送っていた。
一方。 カゲツは静かに空を見る。 遠く。 森の方角。
ユグレシア。 世界樹の里。 まだ見ぬ、精霊族たちの地。
「……さて」
ぽつりと呟く。 そして。 銀髪の精霊族は歩き出した。 王都アルヴェリアを背に。 一人、静かに。
森奥の里――ユグレシアへ向けて。




