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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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39/52

39話 半年の時

 長命種街区を出る頃には、空が赤く染まり始めていた。

 夕暮れ。 暖かな風が、王都アルヴェリアを静かに流れていく。

「……今日は色々ありましたね」

 エルミナが苦笑する。

「そうか?」

「そうです」

 即答だった。 リュシエルまで頷いている。 精霊族。 王城。 長命種街区。 精霊王の伝承。 普通なら、一日で聞く話ではない。

 一方。 カゲツ本人は、どこか穏やかだった。 不思議と心が静かだった。

「カゲツ殿」

 長老が歩み寄る。

「また長命種街区へ来られると良い」

「歓迎しよう」

 その言葉に。 周囲のハイエルフたちが少し驚いた顔をする。 長老が、ここまで明確に誰かを歓迎するのは珍しい。

「……そうか」

 カゲツは静かに頷いた。 すると。 ふわり、と風が吹く。 暖かな風だった。 長老が小さく笑う。

「やはり、世界も喜んでおりますな」

「便利だな」

「そういうものではありません」

 リュシエルが呆れた顔をする。 エルミナが吹き出した。

 張り詰めていた空気が、少し和らぐ。 王城前でエルミナたちと別れた後。 カゲツは、工房街へ戻っていた。

 夕暮れの工房街。 赤い火。 鉄を打つ音。 怒鳴り声。 昼とは違う熱気がある。

「おう、帰ったか坊主!」

 ドグランだった。 いつもの煤だらけの姿。 だが。 周囲の職人たちの空気が、少し違う。

「……聞いたぞ」

「王城へ行ったんだってな」

「長命種街区まで」

 ざわざわしている。 噂が広がるのが早い。

「騒がしいな」

 カゲツがぽつりと呟く。

「お前が原因だ馬鹿野郎」

 ドグランが笑う。

「で?」

「どうだった」

 カゲツは少しだけ空を見る。 夕暮れの空。 流れる風

 そして。 工房の熱。

「……悪くなかった」

 静かな返答。 ドグランが少しだけ目を細める。

「顔が変わったな」

「そうか?」

「ああ」

 槌を肩へ担ぐ。

「前より、少し“馴染んだ”」

 一瞬。 カゲツは何も言わなかった。 だが。 否定する気にはならない。 最近、確かに変わってきている。

 精霊族として。 この世界へ。 少しずつ馴染み始めている。

「坊主」

 ドグランが不意に言う。

「火、見るか」

 短い言葉。 だが。 カゲツは静かに頷いた。

「ああ」

 工房の奥。 赤く燃える炉。 熱。 鉄。 火花。 その前へ座る。

 すると。 ふわり、と風が吹いた。 炉の火が、小さく揺れる。 職人たちが目を見開いた。

「……おい」

「火が……」

 炎が、静かに安定していく。 まるで。 風と火が、自然に馴染んでいるようだった。

 一方。 カゲツは静かに火を見ていた。 森。 風。 自然。 そして。 火と鉄。

 全てが、この世界の一部だ。

「……まだ先だな」

 ぽつりと呟く。 刀は、まだ完成しない。

 だが。 急ぐ気も無かった。 今はまだ。 火を見ていたかった。

 王都アルヴェリアへ来てから、半年近くが過ぎていた。

 季節も少し変わる。 街へ吹く風は涼しくなり、工房街の熱が心地良く感じる頃だった。

「おい銀髪! 火が弱ぇ!」

「炭足せ坊主!」

「勝手に鉄触るな!」

 今日も工房街は騒がしい。

 一方。 カゲツは静かに炉の前へ座っていた。 火を見る。 鉄を見る。 そして時折、自分でも打つ。 最初の頃より、明らかに手数が増えていた。

「……形になってきたな」

 ドグランが低く言う。 カゲツの手元には、細長い鋼。 まだ刀ではない。

 だが。 以前より遥かに“近い”。

「まだだ」

 カゲツが静かに返す。

「分かってるよ」

 ドグランが笑った。

「だから面白ぇんだろうが」

 火花が散る。 その瞬間。 ふわり、と風が吹く。 炉の火が揺れる。 だが消えない。 むしろ、静かに整う。

 周囲の職人たちが、もう驚かなくなっていた。

「まただ」

「銀髪の周りだけ火が安定すんだよな……」

「慣れたくねぇなこの光景」

 そんな声すら普通になっている。 王都は、少しずつ“カゲツ”へ慣れ始めていた。 冒険者ギルドでも同じだった。

「カゲツさん」

 受付に立つリュシエルが、小さく息を吐く。

「また指名依頼です」

「多いな」

「貴方が原因です」

 即答だった。 周囲の冒険者たちが苦笑する。 今では、王都で知らぬ者はいない。

 銀髪の精霊族。 黒鞘の剣鬼。 木刀で災害指定候補を討った旅人。 噂は、半年で完全に王都へ定着していた。

「今回は?」

「変異種討伐です」

「そうか」

「普通、もう少し緊張しません?」

「そういうものか?」

「そういうものです」

 リュシエルが深いため息を吐く。 だが。 その表情は、以前より柔らかかった。 最初の頃の距離感は、もう無い。

 自然に会話している。 それが当たり前になっていた。

 そして。 王城でも。

「カゲツ殿!」

 明るい声。 エルミナだった。 以前より、工房街へ来る頻度が増えている。 最初は王女扱いしていた職人たちも、今では半分慣れていた。

「また来たのか嬢ちゃん!」

「今日は汚れるぞ!」

「慣れてます!」

 そんなやり取りまである。 一方。 カゲツは静かに鉄を見ていた。

「……来ていたのか」

「来ますよ」

 エルミナが少し頬を膨らませる。

「今日は何を作ってるんですか?」

「まだ決まっていない」

「半年も見ててですか?」

「半年程度だ」

 一瞬。 周囲の職人たちが笑う。

「出たよ長命種感覚!」

「半年が一瞬なんだろ銀髪!」

「いや、カゲツさん百年くらいしか生きてませんよね!?」

 リュシエルのツッコミまで飛ぶ。 騒がしい。 だが。 嫌な空気ではない。 カゲツは静かに火を見る。

 王都へ来た頃とは違う。 この場所へ、少しずつ馴染んでいる。 精霊族として。

 そして。 カゲツとして。 その時だった。

 工房街の入口側が、少し騒がしくなる。

「……なんだ?」

 職人の一人が顔を上げる。

 すると。 遠くから、数人の長耳族が歩いてくるのが見えた。 深い緑色の外套。 自然色の装束。 王都のハイエルフたちとは、空気が違う。 もっと静かで。 もっと深い。

「……森の民?」

 長命種街区のハイエルフが、驚いたように呟く。

 一瞬。 工房街の空気が変わる。

 そして。 先頭を歩く女性が、静かに銀髪の旅人を見る。

 その瞬間。 ふわり、と暖かな風が吹いた。 女性の目が、大きく見開かれる。

「――見つけた」

 小さな呟きだった。

 だが。 その声には、確かな震えが混ざっていた。

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