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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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38話 古い伝承

 長命種街区には、まだ静かな風が流れていた。 木々が揺れる。 葉が舞う。

 その中心へ立つ銀髪の精霊族を、誰もが見ていた。

 一方。 カゲツは少しだけ首を傾げる。

「精霊王とは、なんだ」

 静かな問い。 その瞬間。 周囲のハイエルフたちが顔を見合わせた。 長老だけが、ゆっくり息を吐く。

「……古い伝承です」

 低い声だった。

「我ら長命種ですら、真偽を知らぬほど古い」

 風が吹く。 長老は静かに空を見上げた。

「遥か昔」

「世界が今より荒れていた時代」

「自然を鎮め、精霊たちを導いた存在がいたと言われています」

 周囲が静まり返る。エルミナも真剣な顔で聞いていた。

「それが、“精霊王”」

 静かな言葉。

「王……か」

 カゲツがぽつりと呟く。 だが。 どこか実感は無い。 長老はゆっくり首を振る。

「本当に王だったのか」

「そもそも存在したのか」

「それすら分かっておりません」

「伝承だけが残っている」

 風が木々を揺らす。

「ただ、一つだけ共通している」

 長老の視線が、カゲツへ向く。

「“世界に愛された存在”だったと」

 一瞬。 周囲が静まり返る。 誰もが、先程から吹き続ける風を感じていた。 暖かい。 穏やかだ。 そして不思議と、心が落ち着く。

 まるで。 世界そのものが、この銀髪の旅人を歓迎しているようだった。

「……似ている、と?」

 エルミナが小さく聞く。

 長老は数秒黙り――やがて静かに頷いた。

「少なくとも、私は初めて見た」

 震えるような声。

「ここまで“世界へ溶け込んだ存在”を」

 若いハイエルフたちが息を呑む。 長命種ほど理解してしまう。 目の前の存在が、異質であることを。

 一方。 カゲツは静かに風を見ていた。 前世では無かった感覚。 風が寄る。 森が応える。 空気が穏やかになる。

 だが。 嫌ではない。 むしろ自然だった。

「……俺は俺だ」

 ぽつりと呟く。 その瞬間。 ふわり、と風が吹く。 暖かな風だった。 長老が目を細める。

「ええ」

 静かな返答。

「だからこそ、近いのかもしれません」

「?」

「精霊王とは、“王”ではなく」

 長老がカゲツを見る。

「世界と共に在る者だったのかもしれません」

 一瞬。 誰も言葉を返せなかった。 重い言葉ではない。

 だが、不思議と胸へ残る。 その時だった。 ふいに。 カゲツの腰の木刀が、小さく震える。

「……?」

 カゲツが目を向ける。 すると。 木刀へ巻き付くように、淡い風が流れていた。 周囲が息を呑む。

「まさか……」

「木刀が……」

 ただの木刀ではない。 長い時間。 魔力。 精霊族の気配。 それらが、少しずつ馴染み始めている。

 一方。 カゲツは静かに木刀へ触れた。

 すると。 風が、安心したように静まる。

「……まだ先だな」

 ぽつりと呟く。 その言葉に。 長老が静かに目を細めた。 まだ未完成。 だが確実に。 この精霊族は、何かへ近付き始めていた。

 長命種街区の空気は、まだ静かに揺れていた。 誰もが、カゲツの木刀を見ている。 淡い風。 自然に寄り添う気配。 それは、普通の武器ではあり得ない現象だった。

「……信じられん」

 若いハイエルフが呟く。

「木刀ですよね……?」

「見れば分かる」

 別のハイエルフが真顔で返す。

「だが分からん」

 周囲も頷いていた。 一方。 カゲツ本人は、静かに木刀を見ていた。 最近、少し変わってきている。

 長く握り続けたからか。 精霊族としての気配が馴染み始めたからか。

 以前より、“近い”。 そんな感覚があった。

「……長老様」

 その時。 一人のハイエルフが、少し迷うように口を開く。

「街区の奥へ、お連れしては……」

 一瞬。 周囲が静まる。 長老は静かに目を細めた。

「奥?」

 エルミナが小さく呟く。 すると長老が頷く。

「長命種街区でも、最奥部です」

 静かな声。

「自然魔力が濃く、古い樹々が残っている場所があります」

「立ち入りを制限している区域です」

 その言葉に、周囲のハイエルフたちも真剣な顔になる。 長命種街区の奥。 そこは、王都の中でも特別な場所だった。 都市でありながら、自然の気配が強く残っている。

 長命種たちが静かに守ってきた場所。

「……本来の里とは違いますが」

 長老が小さく言う。

「それでも、多少は分かるかもしれません」

「本来の里?」

 カゲツが聞く。 すると。 長老が少しだけ遠くを見る。

「森奥には、今も古いエルフやハイエルフの里があります」

「我らのように都市へ出ぬ者たちです」

 その声音には、僅かな敬意が混ざっていた。

「彼らは、もっと自然に近い」

 風が吹く。 木々が揺れる。

「……お主なら、いずれ縁があるかもしれませんな」

 カゲツは静かに空を見る。 不思議と、その言葉は自然に聞こえた。

「見に行くか?」

 ぽつりとカゲツが言う。 一瞬。 周囲が固まる。

「軽いな!?」

 若いハイエルフが思わず叫んだ。 エルミナが吹き出しそうになる。 リュシエルは深いため息を吐いた。

「……カゲツさんらしいですね」

「そうか?」

「そうです」

 即答だった。 一方。 長老は数秒黙り――やがて小さく笑う。

「ふふ……」

 周囲のハイエルフたちが驚いた顔をする。 長老が笑った。 かなり珍しい。

「ええ」

 長老が静かに頷く。

「案内しましょう」

 その瞬間。 また暖かな風が吹いた。 葉が揺れる。 木々がざわめく。 まるで。 長命種街区そのものが、銀髪の旅人を奥へ導こうとしているようだった。

 長命種街区の奥。 そこは、空気が違った。 静かだった。 風の音。 葉の擦れる音。 水の流れる音。 自然だけがある場所。

「……王都の中とは思えんな」

 カゲツが静かに呟く。

「街区の外とは切り分けていますので」

 長老が答える。

「長命種は、こういう空気を好みます」

 そこには、古い樹々が並んでいた。 どれも大きい。 数百年を越えていそうな樹もある。

 だが。 森奥の神秘というほどではない。 あくまで、“王都の中で守られた自然”。 そんな空気だった。

 その時。 ふわり、と風が吹く。 暖かな風だった。 木々が一斉に揺れる。

「……っ」

 周囲のハイエルフたちが息を呑む。 カゲツが歩くたび、 空気が澄んでいく。 葉が舞う。 水面が揺れる。

 まるで自然そのものが、銀髪の精霊族へ応えているようだった。

「やはり……」

 長老が震える声で呟く。

「世界が、お主を歓迎しておる」

 一方。 カゲツは静かに風を見上げていた。 最近。 本当に世界が近い。 そんな感覚が、少しずつ強くなっていた。

 長命種街区の最奥部。 そこには、静かな時間が流れていた。 葉の擦れる音。 水の流れる音。 風の音。 人の声すら、どこか遠い。

 一方。 カゲツは静かに周囲を見ていた。

「……落ち着くな」

 ぽつりと呟く。 その瞬間。 ふわり、と風が吹く。 まるで返事をするようだった。

「やはり……」

 長老が小さく息を呑む。 周囲のハイエルフたちも、緊張した顔で見ている。 普通ではない。 目の前の精霊族が歩くたび、自然の空気そのものが変わっていく。 それを、長命種ほど強く感じていた。

「……カゲツ殿」

 エルミナが静かに声を掛ける。

「貴方には、何が見えているのですか?」

 一瞬。 周囲が静まる。 カゲツは少しだけ考えた。

「見えている、というより」

 静かな声。

「感じている、だな」

「感じる?」

「ああ」

 カゲツはゆっくり空を見上げる。

「風が流れる」

「木々が揺れる」

「空気が動く」

「それが、前よりよく分かる」

 葉が舞う。 暖かな風が流れる。

「……嫌ではない」

 穏やかな声だった。 以前なら戸惑っていた。 だが今は違う。 精霊族としての感覚を、少しずつ受け入れている。

「世界の音を聞いているようですな」

 長老が静かに言う。 カゲツは少しだけ目を細めた。

「音……か」

「はい」

 長老が頷く。

「長命種の中には、自然を感じる者もおります」

「ですが」

 視線がカゲツへ向く。

「ここまで自然と近い者は、見たことがありません」

 一瞬。 風が止む。 そして。 次の瞬間。 さらり、と優しい風が吹き抜けた。 木々が揺れる。 葉が舞う。 水面が静かに波紋を広げる。

 まるで。 自然そのものが、会話へ加わっているようだった。

「……凄い」

 エルミナが小さく呟く。 王女である前に、一人の少女として見入っていた。 その時だった。 カゲツの腰の木刀が、微かに震える。

「……?」

 リュシエルが目を細める。 淡い風が、木刀へ絡みついていた。 以前よりも、はっきりと。 周囲のハイエルフたちが息を呑む。

「木刀が……」

「自然魔力へ反応している……?」

 一方。 カゲツは静かに木刀へ触れる。 すると。 風が、安心したように静まった。

「……まだ馴染みきっていないな」

 ぽつりと呟く。

「馴染む、のですか?」

 エルミナが聞く。 カゲツは少しだけ考える。

「分からん」

「だが」

 静かな声。

「長く持っていると、変わるものもある」

その言葉に。 長老が深く目を細めた。

「……まるで、長命種の考え方ですな」

「そうか?」

「ええ」

 長老が小さく笑う。

「短命種は、すぐ答えを求める」

「ですが我らは違う」

「時を掛け、少しずつ馴染ませる」

 風が吹く。 暖かな風だった。

「お主は、もう十分“こちら側”です」

 その言葉に。 カゲツは静かに空を見上げた。 青い空。 流れる雲。 穏やかな風。 前世では、ただ通り過ぎていた景色。

 だが今は。 少しだけ、違って見えていた。

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