35話 王城
王城へ向かう馬車の中。
窓の外には、王都アルヴェリアの街並みが流れていた。
石畳。 白い建物。 賑わう市場。 その奥に見える巨大な王城。 アルヴェリア王国の中心。
「……随分大きいな」
カゲツが静かに呟く。 向かいへ座る騎士が、少し誇らしげに頷いた。
「アルヴェリア王城は、大陸でも有数の規模を誇ります」
「そうか」
短い返答。 騎士は少し困った顔になる。 やはり調子が狂う。 王城へ招かれて、ここまで自然体の者は珍しい。
一方。 カゲツ本人は、静かに外を眺めていた。 視線の先には、人々の暮らしがある。
笑い声。 店の呼び込み。 走り回る子供。 平和な光景だった。
「……悪くない街だ」
ぽつりと漏れる。 その言葉に、騎士は少し目を見開いた。
「王都を気に入って頂けましたか」
「ああ」
穏やかな返答。
「騒がしいが、嫌いではない」
騎士は少しだけ表情を和らげた。
“黒鞘の剣鬼”。
“銀髪の精霊族”。
そんな噂ばかり聞いていた。
だが。 実際に会ってみると、思っていたより穏やかな人物だった。
やがて。 馬車は王城へ到着する。
巨大な白亜の門。 高い城壁。 整えられた庭園。
そして。 無数の騎士たち。
だが。 カゲツが門を潜った瞬間。 空気が僅かに変わった。
「……」
「本当に銀髪だ」
「まさか、あれが……」
騎士たちが小さくざわつく。 無理もない。
王都中へ噂は広がっている。 木刀で《蝕森獣グラヴォル》を討った精霊族。
しかも。 長命種街区では、“本物の精霊族”だと既に知られている。
「こちらへ」
案内騎士が歩き出す。 王城内部は静かだった。
赤い絨毯。 巨大な柱。 壁へ飾られた歴代王の肖像。
豪華だが、どこか落ち着いている。
「……長いな」
カゲツがぽつりと呟く。
「王城ですので」
「迷いそうだ」
「はは……」
騎士が苦笑する。
そして。 大きな扉の前で止まった。
「この先に、陛下と王女殿下がお待ちです」
空気が張る。 周囲の騎士たちも、僅かに緊張していた。
一方。 カゲツは変わらない。
「そうか」
静かな返答。 騎士が深呼吸する。
そして。 重厚な扉が、ゆっくり開かれた。 広い謁見の間。 赤い絨毯が真っ直ぐ伸びている。
その先。 玉座。 そして。 王の隣には、エルミナの姿があった。 一瞬。 エルミナの目が少しだけ柔らかくなる。
だが。 すぐに王族としての表情へ戻った。
「――銀髪の精霊族、カゲツ殿」
静かな声が響く。 王が、真っ直ぐカゲツを見ていた。
その瞳には。 警戒。 威圧。 そして、強い興味が混ざっていた。
王都アルヴェリア。 その中心で。 精霊族と王家の対面が、静かに始まろうとしていた。
謁見の間は静かだった。 赤い絨毯。 高い天井。 左右へ並ぶ騎士たち。 その中央を、カゲツは静かに歩いていく。 銀髪が揺れる。 腰には木刀。 本来なら、王の前へ武器を持ち込むなど許されない。
だが。 誰も止めなかった。 いや。 止められなかった。 王座へ近付くほど、空気が張り詰めていく。
騎士たちの視線。 重臣たちの緊張。
そして。 王の鋭い眼差し。
一方。 カゲツだけは変わらない。 静かだった。
やがて。 王座の前で立ち止まる。
「よく来てくれた、カゲツ殿」
王が低く言う。 五十を越えた男だった。 鋭い目。 重い威圧感。 王として長く立ってきた者の空気がある。
だが。 カゲツは自然に視線を返した。
「招待を受けたのでな」
静かな返答。 一瞬。 周囲の騎士たちが空気を変える。 あまりにも自然だった。 普通なら、王の前でここまで平然とは出来ない。
だが。 目の前の精霊族には、不思議と無礼さを感じない。 むしろ。
“長く生きた者同士”のような空気すらあった。
「まずは礼を言おう」
王が真っ直ぐカゲツを見る。
「《蝕森獣グラヴォル》の討伐、見事だった」
「大したことではない」
普通に返された。 騎士たちの眉が動く。 災害指定候補。 王都近郊へ現れれば、大騒動だった存在。
それを“大したことではない”と言った。
「……木刀で討ったそうだな」
「ああ」
「本当に木刀なのか?」
王の問い。 カゲツは静かに木刀へ触れる。
「木だ」
一瞬。 謁見の間が静まり返る。 エルミナが少しだけ俯いた。 笑いを堪えている。 王も、一瞬だけ困ったような顔をする。
だが。 次の瞬間、小さく笑った。
「はは……なるほど」
空気が少し緩む。
「噂通り、変わった御仁だ」
「そうか?」
「そうだとも」
王は目を細める。 そして。 その視線が、少しだけ鋭くなった。
「では、次の質問だ」
空気が変わる。 騎士たちの緊張も増した。
「貴殿は――本当に精霊族なのか?」
静かな問いだった。 だが。 その重みは大きい。 王都では既に噂になっている。
だが、それは確定情報ではない。 王として。 国として。 確認しなければならない。 謁見の間が静まり返る。
エルミナも静かにカゲツを見ていた。
一方。 カゲツは少しだけ考える。 隠す理由は、もうあまり無い。 王都では既に長命種たちへ知られている。
工房街でも。 ギルドでも。 噂は広がっていた。
「……そう呼ばれているな」
静かな返答。 その瞬間だった。
ふわり、と。 暖かな風が、謁見の間を通り抜ける。
「……っ?」
騎士の一人が目を見開く。 閉ざされた空間。 風など吹くはずがない。 だが確かに。 優しい風が流れた。
重苦しかった空気が、ほんの少しだけ和らぐ。 張り詰めていた緊張が、静かにほどけていく。 誰もが、無意識に息を吐いていた。
「これは……」
重臣の一人が呟く。 窓際の白い花が、小さく揺れていた。
一方。 カゲツ自身も、少しだけ目を細める。 分かっていた。 風が、自分へ寄ってきたのだと。 以前なら違和感があった。
だが今は。 不思議と自然だった。 王が静かにカゲツを見る。 その目には、先程までの警戒だけではない感情があった。
畏れ。 そして、確信。
「……なるほど」
王が静かに息を吐く。
「長命種街区の報告も、本当だったか」
騎士たちも動揺を隠せない。 魔術ではない。 威圧でもない。 ただ。 そこにいるだけで、空気が変わった。 それが、逆に恐ろしかった。
一方。 カゲツは静かに謁見の間を見渡していた。
緊張。 警戒。 畏れ。 色々な感情が混ざっている。
だが。 嫌ではなかった。 不思議と。
“精霊族として見られること”へ、以前ほど違和感が無い。
その時。
「ですが」
エルミナが静かに口を開く。 王族としての顔。 だが瞳だけは、少し柔らかかった。
「カゲツ殿は、王都を救ってくださいました」
静かな声が響く。
「アルヴェリア王家として、正式に感謝を伝えます」
その瞬間。 また、柔らかな風が吹く。 今度は、どこか穏やかな温かさを持っていた。 エルミナが少しだけ目を細める。
そして。 ほんの少しだけ微笑んだ。 それは。 工房街で見せる、あの表情に近かった。




