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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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3/50

3話 街へ

 森を抜ける頃には、空は赤く染まり始めていた。

 荷馬車の車輪が土を踏み、ゆっくりと街道を進んでいく。

 御者台に座るクルトは、ちらちらと隣を歩くカゲツを見ていた。

 銀色の長髪、 透き通るような白い肌。 整いすぎた顔立ち。 どう見ても普通ではない。

 しかも、その細い身体で巨大な魔物を木の枝一本で斬った。 未だに信じられなかった。

「……なぁ」

 クルトが口を開く。

「なんだ」

「本当に精霊族なのか?」

 カゲツは少し考えた。

「恐らくな」

「恐らくって……自分のことだろ?」

「まだ分からんことも多い」

 それは本音だった。 この身体について理解していることは多い。 だが、それでも知らないことの方が多い。

 精霊族。 長寿種。 自然との共鳴。

 知識として理解できても、実感はまだ薄かった。 クルトは苦笑する。

「なんか変わってるな、あんた」

「よく言われる」

 カゲツは静かに答えた。 すると、荷台に座っていたフィナが顔を出す。

「でも、優しいですよね」

「優しい?」

「だって普通、あんな魔物と戦ってる人なんて助けませんよ」

 カゲツは少しだけ空を見る。 夕焼けが綺麗だった。

「……どうだろうな」

 助けた理由は単純だ。 見捨てる理由が無かった。 それだけだった。 昔なら違ったかもしれない。

 戦場では、助ける命と切り捨てる命を選ばなければならなかった。

 全てを救えるほど、人は万能ではない。 だから景継は多くを斬った。 多くを見捨てた。 だが今は違う。

 急ぐ理由もない。 背負うものもない。 だから手を貸した。 それだけのことだった。

「……?」

 フィナが不思議そうな顔をする。

 カゲツは小さく笑った。

「気にするな」

 風が吹く。 銀髪が揺れた。 その瞬間、街道脇の草花が一斉に揺れる。 まるで頭を垂れるように。

 クルトが引き攣った顔になる。

「やっぱ精霊族って怖ぇ……」

「怖いか?」

「いや、だって森が反応してるぞ……?」

 カゲツは周囲を見る。

 言われてみれば、風の流れが妙に自分へ寄っている気がした。

「……無意識だ」

「余計怖ぇよ」

 クルトは肩を落とした。 だが、その表情に怯えは薄い。 代わりに浮かんでいるのは好奇心だった。

 伝承の存在。 滅多に会えない長命種。 しかも、異常に強い。 普通なら関わることすら恐れる相手だ。

 だがカゲツは妙に自然だった。

 静かで、穏やかで、どこか老人のような落ち着きがある。

 見た目だけなら、自分より年下にしか見えないというのに。

「……あんた、何歳なんだ?」

 不意にクルトが尋ねる。

 フィナも興味津々な顔をした。 カゲツは少しだけ考える。

「前の人生も含めれば、百は越えている」

 沈黙。 荷馬車の音だけが響く。

「……は?」

 クルトの口が半開きになる。

「え、えっと……精霊族ってそんなに生きるんですか?」

「いや。この身体はまだ生まれたばかりだ」

「じゃあ前の人生って?」

「人だった」

 さらに沈黙。 クルトとフィナは顔を見合わせた。

「……転生者?」

「そうなるな」

 カゲツは特に隠すつもりもなく答えた。 するとクルトが頭を抱える。

「精霊族で転生者とか、情報量多すぎるだろ……」

 カゲツにはよく分からなかった。 だが、珍しい存在であることは理解できる。

 それでも今更どうこう言うつもりはなかった。

 百年も生きれば、自分が他人と違うことくらい何度も経験している。

「まぁいいじゃないですか」

 フィナが笑う。

「カゲツさん、悪い人じゃないですし」

「そりゃそうだけどよ……」

「それに、綺麗ですし」

「おい」

 クルトが呆れた声を出す。 カゲツは少し目を細めた。

「綺麗と言われるのは慣れんな」

「言われたことないんですか?」

「無いな」

 前世では百歳を超えた老人だった。

 剣鬼だの師範だのとは呼ばれたが、美しいなどと言われたことは一度もない。

 フィナはくすくす笑う。

「今はすごいですよ。街に入ったら絶対目立ちます」

「それは困るな」

「もう遅いと思うぞ」

 クルトが苦笑した。 実際、今のカゲツは異様に目立つ。

 ただ歩いているだけで空気が変わる。

 しかも精霊族。 隠しようがなかった。

 そんな話をしているうちに、やがて前方に灯りが見えてくる。

 石壁。 門。 そして、人々の気配。

「見えてきました!」

 フィナが嬉しそうに声を上げた。 街だった。 この世界へ来て初めて見る、人の営み。

 カゲツは静かに目を細める。 人は変わらない。 どんな世界でも。

 灯りを作り、集まり、笑い、争い、生きていく。

 その光景を見て、カゲツは小さく笑った。

「……悪くない」

 その呟きは、夕暮れの風の中へ静かに溶けていった。

 街の門前は賑わっていた。 荷馬車を引く商人。 槍を持った衛兵。

 旅人や冒険者らしき者たちが行き交い、夕暮れの空気の中には人の熱気が満ちている。

 カゲツは静かにその光景を見上げていた。

 石造りの壁。 木製の大門。 前世の日本とは全く違う景色。

 だが、人の営みというものは不思議と変わらない。 人は集まり、暮らし、笑い、争う。

 それがどの世界でも同じなのだと、カゲツはどこか懐かしく感じていた。

「ようやく着いたぁ……」

 クルトが大きく息を吐く。

 フィナも安心したように胸を撫で下ろしていた。

 だが、次の瞬間。 門前にいた衛兵たちの視線が、一斉にカゲツへ向いた。

「……なんだ?」

「銀髪?」

「いや、あれ……」

 ざわめきが広がる。 カゲツは少しだけ眉を下げた。

「目立つな」

「そりゃ目立つだろ……」

 クルトが苦笑する。

 精霊族など、普通の人間は一生に一度見られるかどうかの存在だ。

 しかもカゲツは異様に整った容姿をしている。

 注目されない方が無理だった。 やがて、一人の衛兵が近付いてくる。 四十代ほどの男だった。

 腰には剣。 歴戦の雰囲気がある。

 男はカゲツを見るなり、一瞬だけ表情を変えた。

 恐らく、分かったのだ。 この少年が“ただ者ではない”と。

「……旅人か?」

「そうだ」

 カゲツは穏やかに答える。 衛兵は数秒だけ沈黙した後、小さく息を吐いた。

「身分証は?」

「無い」

「……だろうな」

 衛兵は頭を掻く。 その視線が、再びカゲツの腰元へ向いた。

 剣は無い。 だが妙だった。

 武器を持っていないはずなのに、妙な威圧感がある。

 まるで猛獣を前にしているような感覚。

 長年衛兵をしてきた経験が警鐘を鳴らしていた。

 ――この少年は危険だ。

 だが同時に理解する。 もし敵対したとして、自分では絶対に勝てない。 カゲツはそんな衛兵の視線に気付いていた。

 だからこそ、小さく笑う。

「安心しろ。暴れる気はない」

「……ならいい」

 衛兵は肩の力を抜いた。 不思議な声だった。 静かなのに、妙な説得力がある。

 クルトが慌てて口を挟む。

「この人、俺たちを助けてくれたんだ! 森狼を一瞬で……」

「クルト」

「お、おう?」

「余計なことは言わなくていい」

 カゲツの言葉に、クルトは口を閉じる。 衛兵は目を細めた。 森狼。

 この辺りでは熟練冒険者でも苦戦する魔物だ。

 それを一瞬。 なるほど、と衛兵は納得した。 やはり普通ではない。

「……まぁいい。問題を起こさないなら通っていい」

「......ローヴェンにようこそ」

「感謝する」

 カゲツは軽く頭を下げる。 その動作が妙に自然で、衛兵は少し驚いた。

 もっと傲慢な存在を想像していたのだ。

 精霊族など、人の上位存在のようなものだと聞いていたから。

 だが目の前の少年は静かだった。 まるで長い年月を生きた老人のように。 そのままカゲツたちは門を抜ける。

 瞬間。 街の喧騒が耳へ流れ込んできた。

「おお……」

 フィナが目を輝かせる。 露店。 酒場。 行き交う人々。 夕暮れの街は活気に満ちていた。

 肉の焼ける匂いが漂い、酔っ払いの笑い声が響く。

 カゲツは静かに周囲を見渡す。 面白い。

 人というものは、どんな世界でも変わらない。

 欲を抱え、懸命に生きている。 それが少しだけ懐かしかった。

「カゲツさん!」

 フィナが振り返る。

「宿、どうします?」

「宿?」

「旅人なら必要でしょう?」

 言われてみればそうだった。 前世では家があった。

 だが今のカゲツには、帰る場所が無い。 それを不快とは思わなかった。 むしろ自由だった。

「おすすめあるか?」

「だったら“月兎亭”かな」

 クルトが答える。

「飯も美味いし、店主も悪い人じゃない」

「ならそこにしよう」

 三人は街の中を歩き出す。 人々の視線は相変わらずカゲツへ向いていた。 美しい銀髪の少年。

 しかもどこか人ではない空気を纏っている。 目立たないはずがない。

 だがカゲツ本人は気にしていなかった。

 むしろ、人々を眺めていた。 笑う者。 怒鳴る者。

 酔い潰れる者。 恋人と歩く者。 その全てが、どこか愛おしく見えた。

「……やはり人は面白い」

「え?」

 フィナが首を傾げる。 カゲツは少しだけ笑った。

「いや、なんでもない」

 夕暮れの空には、既に星が浮かび始めていた。

 長い旅の始まりとしては、悪くない夜だった。

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