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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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2話 森の剣士


 森の中は静かだった。 風が吹くたび、木々がざわめく。

 葉の擦れる音。

 遠くで鳴く鳥の声。 そして、大地を流れる魔力の気配。

 カゲツはゆっくりと森を歩いていた。

 精霊族となったこの身体は、世界との距離が妙に近い。

 風の流れが分かる。 水の気配が分かる。 木々の呼吸すら感じられる。

 百年生きた景継の感覚ですら、これは初めての経験だった。

「不思議なものだな」

 小さく呟く。 前世では、剣だけを見て生きてきた。

 戦場を越え、人を斬り、ただ生き延びるために剣を振るった。

 だが今は違う。 空気が穏やかだった。

 世界そのものが、静かに息をしているように感じる。

 悪くない。

 そんなことを思いながら歩いていると、不意にカゲツは足を止めた。

 血の臭い。 それに、殺気。

「……魔物か」

 耳を澄ませる。 遠くから怒号が聞こえた。 若い男の声。それに怯えた少女の悲鳴。

 カゲツは静かに森の奥へ視線を向ける。 数秒だけ考え、ゆっくり歩き出した。

 別に正義感が強いわけではない。 だが、見捨てる理由もなかった。

「くそっ……!」

 青年が剣を振るう。 だが浅い。 刃は黒い毛皮を僅かに裂いただけだった。 狼型の魔物が低く唸る。

 普通の狼ではない。 牛ほどもある巨体。 赤黒い眼。 牙には血が付着していた。

「兄さん!」

 荷馬車の陰から少女が叫ぶ。 まだ十代半ばほどだろう。 怯えきった顔で青年を見ている。

「下がってろ!」

 青年は叫ぶが、その呼吸は既に乱れていた。 腕からは血が流れている。 長くは持たない。

 狼型の魔物はそれを理解しているのか、じりじりと距離を詰めていた。

 そして。 地面を蹴る。 速い。 青年の目が見開かれた。避けられない。

 そう理解した瞬間だった。 風が吹いた。 それだけだった。

「……え?」

 少女が目を瞬かせる。 いつの間にか、一人の少年が立っていた。

 銀色の長髪。 白い肌。 夜色の衣。 美しい、という言葉が自然と浮かぶ。

 だが、それ以上に妙だった。 森の空気が、その少年を中心に静まっている。 そんな錯覚を覚える。

 カゲツは足元に落ちていた木の枝を拾った。

 ただの枝。 武器ですらない。 青年が叫ぶ。

「あぶねぇ!」

 狼型の魔物が飛び掛かる。 巨大な牙が迫る。 だが、カゲツは動かなかった。

 正確には、“動いたように見えなかった”。

 一瞬。 本当に一瞬だった。 カゲツの腕が僅かに揺れる。

 次の瞬間。 狼型の魔物が地面へ着地した。 数歩、歩く。

 そして。 首が落ちた。 鮮血が舞う。 青年は固まった。

「…………は?」

 理解できない。 剣筋が見えなかった。

 いや、そもそも振ったのかすら分からない。

 魔物は絶命していた。 カゲツは静かに木の枝を捨てる。 それから青年へ視線を向けた。

「怪我をしているな」

「あ、あんた……何者だ?」

「旅人だ」

 穏やかな声だった。 まるで今の一撃が特別ではないかのように。 青年は息を呑む。

 この森には時折、熟練の冒険者も訪れる。

 だが、こんな剣は見たことがなかった。 少女が恐る恐る口を開く。

「あ、あなた……エルフ、ですか?」

 カゲツは少し考えた。

「……違うな」

 その瞬間。 風がざわりと揺れた。 木々がざわめく。 草花が静かに頭を垂れる。

 まるで森そのものが応えているようだった。

 青年の顔色が変わる。

「ま、まさか……精霊族……?」

 その言葉に、カゲツは目を細めた。

 どうやら、この世界において精霊族という存在は、相当に珍しいらしい。

 少女は呆然とカゲツを見上げていた。

「本当に……いたんだ……」

「珍しいのか?」

 カゲツの問いに、青年は慌てて頷く。

「そ、そりゃそうだ! 精霊族なんて伝承にしか出てこねぇぞ!?」

「そうか」

 カゲツは静かに空を見上げた。

 自分が想像していた以上に、この身体は特別な存在らしい。

 だが、だからどうしたという話でもある。 今更、特別扱いには慣れていない。

 百年も生きれば、人間など皆それぞれ違うと知っている。

「それより」

 カゲツは青年の腕を見る。 傷は深い。

「治療した方がいい」

「あ、ああ……」

 カゲツは傷口へ手をかざした。

 すると、淡い光が溢れる。

 森の魔力が自然と集まり、傷を包み込んでいく。

 青年が目を見開いた。

「すげぇ……」

 傷が、塞がっていく。 完全ではない。

 だが、十分動ける程度には回復していた。 カゲツは小さく息を吐く。

「便利なものだな」

 前世には無かった力。 魔法というものは、想像以上に扱いやすいらしい。

 青年はしばらく呆然としていたが、やがて深く頭を下げた。

「……助かった。本当に」

「気にするな」

 カゲツは静かに答える。 それから、荷馬車へ視線を向けた。

「お前たちは、どこへ向かっていた」

「近くの街だ。ここから半日くらいの」

「街か……」

 カゲツは小さく呟く。 この世界の人々。 国。 文化。 街並み。 まだ何も知らない。

 ならば、まずは見てみるのも悪くないだろう。

 カゲツは青年へ視線を戻した。

「なら、途中まで同行しよう」

 青年は目を丸くする。

「え?」

「街に興味がある」

 その言葉に、青年と少女は顔を見合わせた。 そして少女が、小さく笑う。

「……変わった人ですね」

 カゲツは少しだけ目を細めた。

「よく言われる」

 風が吹く。 木々が静かに揺れた。

 こうしてカゲツは、異世界で初めて人と共に歩き始めるのだった。

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