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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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29話 静かな昼食

 店の中は落ち着いた空気だった。 木の香り。 静かな音楽、 長命種街区らしく、騒がしさが少ない。

「珍しい店だな」

 カゲツが周囲を見る。

「長命種向けですので」

 リュシエルが席へ腰を下ろす。

「静かな場所を好む方が多いんです」

 カゲツも向かいへ座った。 店員が軽く頭を下げ、水を置いていく。

 その時。 ちらり、と視線が向けられた。 銀髪。 長耳ではない。 だが、妙に“古い”空気。

 店員は少し不思議そうにしながらも、何も言わなかった。

「おすすめは?」

 カゲツが聞く。

 リュシエルは少し考える。

「煮込み料理ですね」

「ならそれでいい」

「またそれですか」

「困るか?」

「困ります」

 即答だった。 カゲツは少しだけ困った顔になる。 その表情を見て、リュシエルが小さく笑った。

「……意外です」

「何がだ」

「もっと無口な方かと思っていました」

「喋っているだろう」

「はい。思ったよりは」

 穏やかな会話。 その空気は、不思議と自然だった。 やがて料理が運ばれてくる。 温かな湯気。 香草の匂い。

 柔らかく煮込まれた肉。

「……良いな」

 カゲツが静かに呟く。リュシエルが少し目を細めた。

「気に入りましたか?」

「ああ」

 短い返答。 だが、それだけで十分伝わる。 二人は静かに食事を始めた。 騒がしくはない。

 だが沈黙も苦ではない。 不思議な空気だった。

「カゲツさん」

「なんだ」

「貴方は、少し不思議です」

 リュシエルが静かに言う。

「そうか?」

「はい」

 スープへ視線を落としながら続ける。

「長命種は、人族と距離を置く者が多いんです」

「寿命の違いか」

「ええ」

 リュシエルは頷く。

「ですが貴方は、人族へ近い」

 その言葉に、カゲツは少しだけ目を細めた。

「……そう見えるか」

「見えます」

 静かな返答。

「考え方も、話し方も」

 そこで少し迷う。 だが。 リュシエルは続けた。

「どこか、“人として生きてきた”空気があります」

 一瞬。 カゲツの手が止まる。 だが。 すぐに静かに茶へ口を付けた。

「……昔は、人として生きていた」

 穏やかな返答。

 リュシエルが目を見開く。 だが。 それ以上は聞かなかった。 何となく分かったのだ。 そこは、簡単に踏み込む話ではない。

「剣は、その頃から?」

「ああ」

 カゲツは静かに頷く。

「長く振っている」

 短い言葉。 だが。 その一言だけで、百年という時間の重みが伝わる。 リュシエルは静かにカゲツを見る。

 戦を知る目。 達観した空気。 それなのに。 時折、妙に穏やかで優しい。 不思議な存在だった。

「……だからでしょうか」

 ぽつりと漏れる。

「何がだ」

「貴方が、少し人らしく見えるのは」

 一瞬。 カゲツが黙る。 そして。

「人だからな」

 静かな返答。 その言葉に、リュシエルは少しだけ目を見開いた。 精霊族。 伝説種。 長命種。 それでも。

 この青年は、自分を“人”として見ている。

 だからこそ。 あんな風に、自然に他人と接するのだろう。 窓の外では、水路が静かに流れていた。

 王都アルヴェリア。 その穏やかな昼下がりは、ゆっくりと過ぎていく。

 昼食を終え、店を出る頃には。 王都の陽射しも、少し傾き始めていた。 長命種街区は相変わらず静かだ。

 水路の音。 木々の揺れる音。 人の声すら、どこか穏やかだった。

「気に入りましたか?」

 リュシエルが歩きながら聞く。

「ああ」

 カゲツは静かに頷く。

「落ち着く場所だ」

「長命種街区ですから」

 少しだけ笑う。

「人族には、静かすぎると言われることもあります」

「悪くない」

 短い返答。 その言葉に、リュシエルは少し嬉しそうだった。

 その時だった。 遠くから、聞き慣れた声が響く。

「おーい!」

 クルトだった。 商業区側から、手を振りながら走ってくる。 後ろにはフィナとルーク、バルクの姿もあった。

「見つけた!」

「騒がしいな」

 カゲツが静かに言う。

「いや探したんだって!」

 クルトが肩で息をする。

「明日の朝出発になった!」

「早いですね」

 リュシエルが少し驚く。 ルークが肩を竦めた。

「急ぎの護衛依頼だったらしくてな」

「まぁ報酬は良かった」

 バルクが低く言う。 フィナは少しだけ寂しそうに笑った。

「だから、その……」

「挨拶しようと思って」

 短い沈黙。 王都へ来てから、まだそこまで時間は経っていない。

 だが。 一緒に旅をした時間は、確かにあった。

「そうか」

 カゲツは静かに頷く。 クルトが少しだけ笑う。

「なんか、お前そういう時ほんと変わんねぇよな」

「何がだ」

「いや、もっとこう……寂しそうにしろよ!」

「寂しいぞ」

 普通に返された。 一瞬。

 クルトたちが固まる。

「……え?」

 フィナが目を瞬かせる。 カゲツは少しだけ空を見る。

「お前たちとの旅は、悪くなかった」

 穏やかな声だった。 その言葉に、クルトが照れ臭そうに頭を掻く。

「な、なんだよ急に……」

 ルークも苦笑した。

「珍しく素直だな」

「事実を言っただけだ」

 短い返答。 だが。 その言葉には、不思議な温かさがあった。 フィナが小さく笑う。

「またローヴェンへ来てくださいね」

「ああ」

 カゲツは静かに頷いた。

「そのつもりだ」

 バルクが腕を組む。

「まぁ、お前ならそのうちふらっと戻ってくるだろ」

「多分な」

「変わんねぇんだろうな、その時も」

 不意の言葉だった。 その瞬間。 少しだけ空気が静かになる。 長命種。 精霊族。 百年以上を生きる存在。

 その時間の違いを、皆少しずつ理解し始めていた。

 だが。 カゲツは穏やかに目を細める。

「お前たちは変わる」

 静かな声。

「それも悪くない」

 夕暮れの風が吹く。 クルトは少しだけ黙っていたが――やがて笑った。

「……じゃあ、次会う時もっと強くなってるわ」

「ああ」

「驚くなよ?」

「楽しみにしている」

 短い言葉。 だが。 それは確かな約束のようにも聞こえた。

 王都アルヴェリア。 その静かな夕暮れの中。

 旅人たちは、ゆっくり別れの時間を迎えようとしていた。

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