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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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28/51

28話 長い時間

 長命種街区の空気が、完全に変わっていた。

 ざわめき。 困惑。 そして畏れ。

 周囲の長命種たちは、皆カゲツを見ている。

「精霊族……」

「本当に存在したのか……」

「いや、だが……」

 誰も信じ切れていない。 だが同時に。 否定もできなかった。 目の前の銀髪から漂う気配は、あまりにも“古い”。

 一方。 カゲツ本人は、静かに水路を眺めていた。

 風が吹く。 水面が揺れる。 それだけだった。

「……貴方は」

 アルフェインが乾いた声を出す。

「一体、どれほど生きているのですか」

 その問いに、周囲が静まり返る。 長命種ほど気になる。

 時間。 寿命。 積み重ねた年月。 リュシエルも静かにカゲツを見ていた。 カゲツは少しだけ考える。

 正確に数えたことは無い。 だが。 前世も含めれば、百年は越えている。

「……百は越えている」

 静かな返答。 一瞬。 周囲の空気が止まった。

「百……?」

 アルフェインが目を見開く。 人族なら、とっくに寿命を迎えている年齢だ。

 だが同時に。 ハイエルフ基準では、異様に長い訳でもない。 だからこそ、逆に混乱する。

「ですが……」

 アルフェインが眉を寄せる。

「その気配は……」

 違和感。 そう。 問題なのは年齢ではない。

 カゲツから感じる“古さ”だった。 百年程度の長命種ではない。

 もっと深い。 もっと静かな何か。 リュシエルも同じことを感じていた。

 それは年月ではない。 生き方。 積み重ね。 まるで、幾つもの時代を見てきたような瞳。

「……戦を知っている目ですね」

 不意にリュシエルが呟く。 カゲツの目が少しだけ動いた。 リュシエルは静かに続ける。

「長命種でも、ああいう目になる者は少ない」

 穏やかだ。 だが。 その奥に、消えない何かがある。 カゲツは少しだけ空を見る。

 遠い記憶。 血。 剣。 失われた命。 前世の戦場。

「……昔の話だ」

 静かな返答。 アルフェインが息を飲む。 その一言だけで、妙な重みがあった。

 まるで。 百年という時間が、本当に“昔”であるかのように。

「精霊族とは……皆、貴方のような存在なのですか」

 アルフェインの声には、もう嫌味が無かった。 純粋な困惑。 そして、少しの畏れ。 カゲツは少しだけ考える。

「分からん」

「分からない?」

「他の精霊族を知らん」

 一瞬。 空気が止まる。 リュシエルが目を見開いた。

「……知らない?」

「ああ」

 カゲツは静かに頷く。

「会ったことがない」

 その言葉は、妙に静かだった。 精霊族。 伝説級種族。

 だが、その本人ですら同族を知らない。 どれほど希少なのか。 その事実が、逆に現実味を帯びさせる。 アルフェインが小さく息を呑む。

「では、貴方は……」

「ずっと一人だったのですか?」

 リュシエルが静かに聞いた。 カゲツは少しだけ考える。

 前世。 転生。 旅。 出会い。 別れ。 長い時間。

「……どうだろうな」

 静かな返答。

「昔は、そう思ったこともある」

 風が吹く。 古木が揺れる。 水面が静かに波打った。

「だが」

 カゲツは穏やかに続ける。

「今は、悪くない」

 その声には、不思議な温かさがあった。

 ローヴェン。 クルト。 フィナ。 バルク。 ルーク。

 そして、王都での出会い。

 長い時の中でも。 確かに残るものはある。

 リュシエルは、その横顔を静かに見つめていた。

 百年。 それ自体は、長命種としては異常ではない。

 だが。 この精霊族は、普通の百年を生きていない。

 そんな確信だけが、静かに胸へ残っていた。

 長命種街区を出た後も。 リュシエルは、どこか静かだった。隣を歩くカゲツを見る。 銀髪。 穏やかな横顔。

 だがその内側には、自分の知らない長い時間がある。

「……信じられません」

 ぽつりと漏れる。

「何がだ」

「精霊族が、本当に存在していたことです」

 静かな返答。 カゲツは少しだけ空を見る。

「そういうものか」

「そういうものです」

 リュシエルは小さく息を吐いた。

「私たち長命種にとっても、精霊族は神話に近い存在ですから」

 昔話。 古文書。 伝承。 その程度の存在。 だからこそ、未だに現実感が無い。

「ですが……」

 リュシエルの目が細められる。

「納得もしています」

「?」

「貴方を見ていると、“普通の長命種ではない”と分かりますから」

 カゲツは少しだけ考える。

「自覚は無い」

「でしょうね」

 即答だった。 少しだけ笑う。 その時。 前方から鐘の音が響いた。 昼を告げる鐘。 長命種街区の静かな空へ、ゆっくり広がっていく。

「昼か」

「ええ」

 リュシエルが頷く。

「何か食べますか?」

「好きにしろ」

「それ、毎回困るんですが……」

 少し呆れた声。 だが。 そのやり取りが妙に自然だった。 気付けば、リュシエルは肩の力を抜いて話している。

 長命種は距離を取る。 時間感覚が違うからだ。 別れにも慣れている。 だから深く関わり過ぎない者も多い。

 だが。 目の前の精霊族は違った。 静かに人と関わる。

 離れる。 それでも、ちゃんと縁を残していく。 不思議な存在だった。

「こちらに、美味しい店があります」

 リュシエルが少し前を歩き出す。

 その途中。 すれ違ったエルフたちが、再びカゲツへ視線を向けた。

 そして。 自然と道を開ける。 無意識だった。 誰も理由を説明できない。

 だが。 長命種ほど、本能的に分かる。 目の前の存在は、自分たちより“古い”。 それだけで十分だった。

「……慣れているのですか?」

 リュシエルが小さく聞く。

「何にだ」

「そうやって見られることに」

 カゲツは少しだけ考える。 そして。

「昔からだ」

 静かな返答。 前世でも。 転生後でも。 剣を握れば、人は距離を取った。 強さは、時に孤独を生む。

 それを知っている。

「嫌ではないのですか」

「どうだろうな」

 少しだけ目を細める。

「昔は、少し面倒だった」

 リュシエルが小さく笑った。

「今は?」

「慣れた」

 穏やかな返答。 その言葉に、百年という時間の重みが滲んでいた。

 やがて。 二人は、小さな店の前で立ち止まる。 木造の落ち着いた店。 周囲の喧騒から少し離れた場所。

「ここです」

 リュシエルが静かに言う。 カゲツは店を見上げる。

 そして。

「……良い匂いだな」

 ぽつりと呟いた。 その瞬間。 リュシエルは少しだけ目を見開き――小さく笑った。

「気に入って頂けそうで安心しました」

 王都アルヴェリア。 その静かな昼下がり。

 精霊族とハイエルフは、ゆっくりと距離を縮め始めていた。

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