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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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27話 長命種街区

 朝食後。 クルトたちは帰還準備のため、商業区へ向かった。

「俺ら、明後日には出るからさ」

 宿を出る前、クルトがそう言った。

「王都楽しめよ」

「ああ」

 カゲツは静かに頷く。フィナも小さく笑った。

「またローヴェンへ来た時は、顔出してくださいね」

「そのつもりだ」

 短いやり取り。 だが、不思議と嫌な別れではなかった。

 旅とは、こういうものだ。 出会い。 別れ。 そして、またどこかで交わる。 カゲツはそれを知っている。

 一方。 リュシエルは、その様子を静かに見ていた。

「……寂しくはないのですか?」

 不意の問い。 カゲツは少しだけ考える。

「ある」

 静かな返答。

「だが、別れは終わりではない」

 その声は穏やかだった。

 リュシエルは数秒黙る。 そして、小さく頷いた。

「……長命種らしい考え方ですね」

「そうか?」

「はい」

 少しだけ笑う。 その笑みは柔らかかった。 王都アルヴェリア。 長命種街区。

 そこは、王都の中でも独特な空気を持つ場所だった。

「……静かだな」

 カゲツが周囲を見る。 石畳。 白い建物。 緑。 流れる水路。 喧騒が薄い。 中央区とも商業区とも違う空気だった。

「長命種は、騒がしい場所を好まない者が多いので」

 リュシエルが静かに説明する。

 道行く者も、人族より落ち着いている。 エルフ。ハイエルフ。 魔術師。 どこか静かな者が多い。

 だが。 カゲツが通る度。 時折、視線が止まった。

「……?」

 若いエルフの男が振り返る。 別のハイエルフも、僅かに眉を寄せる。 違和感。 説明できない何か。 長命種ほど、それを感じていた。 リュシエルも気付いている。 だが何も言わない。

「こちらです」

 案内された先には、大きな水路があった。 透明な水。 石橋。 その周囲には、古木が並んでいる。

「綺麗ですね……」

 フィナなら喜びそうだ、とカゲツは思った。 その時だった。

「……リュシエル?」

 声。 振り返ると、一人の男が立っていた。 銀に近い金髪。 長い耳。 整った顔立ち。 そして、どこか鼻につく笑み。 ハイエルフだった。

「知り合いか」

 カゲツが聞く。 リュシエルの顔が少しだけ曇る。

「……ギルド関係者です」

 男はゆっくり近付いてくる。

「珍しいですね」

 その視線が、カゲツへ向いた。

「人族と一緒とは」

 言葉は丁寧。 だが、どこか見下した響きがある。 リュシエルの眉が僅かに動いた。

「カゲツさんは――」

「旅人だ」

 カゲツが普通に答える。 男は少し笑った。

「旅人、ですか」

 明らかに信じていない顔。 そして。

「ですが、妙ですね」

 その目が細められる。

「貴方からは、人族とは思えない気配を感じる」

 空気が少し張る。 周囲の長命種たちも、僅かに視線を向け始めていた。

 だが。 カゲツ本人は普通だった。

「そうか」

 短い返答。 男の笑みが少し崩れる。 調子が狂うのだろう。

「……失礼ですが、お名前を?」

「カゲツ」

「姓は」

「橘景継」

 一瞬。 男の表情が止まった。

「……古い名だ」

 小さな呟き。長命種街区 そして。 そのハイエルフは、初めて真剣な目でカゲツを見た。

 まるで。 “何か”を探るように。

 長命種街区の空気が、僅かに張る。 水路の流れる音だけが静かに響いていた。 ハイエルフの男は、じっとカゲツを見ている。

「……橘景継」

 低い声で繰り返す。

「古い東方系統の名ですね」

「ああ」

 カゲツは普通に頷いた。 男の目が細められる。

「ですが妙だ」

「何がだ」

「貴方は、人族に見えない」

 その言葉に、周囲の長命種たちも視線を向ける。 リュシエルが静かに口を開いた。

「アルフェイン」

 少し冷えた声。

「失礼ですよ」

 アルフェインと呼ばれた男は、小さく肩を竦める。

「これは失礼」

 口ではそう言う。 だが視線は鋭いままだ。

「ただ、気になるのですよ」

 カゲツを見る。

「長命種ほど、“違和感”に敏感ですから」

 静かな言葉だった。 その瞬間。 周囲のエルフたちが、小さく空気を変えた。

 否定できないのだ。 目の前の銀髪から感じる気配は、普通ではない。 古い。 深い。 そして静かすぎる。

 だが。 カゲツ本人は、あまり気にしていなかった。

「そういうものか」

 穏やかな返答。 アルフェインの眉が少し動く。

 調子が狂う。 普通なら動揺する。 あるいは隠そうとする。

 だが、この銀髪の青年は違う。 自然体だ。 まるで、“長く生きていること”が当たり前のように。

「……貴方は」

 アルフェインが静かに言う。

「精霊族ですか?」

 一瞬。 空気が止まった。 水路の音だけが響く。 リュシエルの目が僅かに揺れる。

 周囲の長命種たちも、息を呑んでいた。 精霊族。 伝説。 神話。 今や実在すら疑われる種族。

 それを、口にした。 だが。 カゲツは少しだけ考え――。

「……そう呼ばれているな」

 静かに答えた。 一瞬。 全員が固まった。

「……は?」

 アルフェインの笑みが消える。 リュシエルも、目を見開いていた。 否定されると思っていた。 誤魔化されると思っていた。

 だが。 普通に認めた。

「ま、待ってください」

 リュシエルが珍しく動揺する。

「本当に……?」

「本当だ」

 カゲツは自然に頷いた。 あまりにも普通だった。 だからこそ、逆に現実感が無い。 アルフェインが僅かに後退る。

「あり得ない……」

 その顔から余裕が消えていた。

「精霊族は……千年以上前に姿を消したはずだ……」

「そうなのか?」

「そうなのか、では……!」

 思わず声が荒くなる。 周囲の長命種たちもざわつき始めていた。

「本物……?」

「いや、そんな……」

「ですが、あの気配は……」

 空気が変わる。 先程までの“違和感”ではない。 畏れに近い何かだった。

 一方。 カゲツだけは変わらない。 静かに水路を見ていた。

「カゲツさん……」

 リュシエルが小さく呟く。 その青い瞳には、驚きと困惑が混ざっていた。

 だが同時に。 どこか納得している自分もいる。

 あの古さ。 あの静けさ。 あれは確かに、“普通の長命種”ではなかった。 風が吹く。 水面が揺れる。

 その中で。 銀髪の旅人は、まるで昔からそこにいたかのように静かに立っていた。


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