25話 王女エルミナ
工房街の空気が止まる。 王家の馬車。 白鎧の騎士たち。
そして。 その前で、銀髪の青年が自然に口を開いた。
「また会ったな」
一瞬。 騎士たちの目が険しくなる。
「無礼だぞ!」
若い騎士が一歩前へ出た。
「どなたへ向かって口を――」
「下がりなさい」
静かな声だった。 馬車の扉が開く。 現れたのは、金髪の少女。 透き通るような青い瞳。
王女エルミナだった。
「ですが殿下!」
「良いと言っています」
騎士が黙る。 工房街の職人たちも、思わず息を呑んでいた。
そんな中。 カゲツだけは普通だった。
「騒がしいな」
「お前が原因だろうが」
ルークが小声で突っ込む。 クルトは既に青ざめている。
「お、おい……王女だぞ……?」
「知っている」
「なんでそんな普通なんだよ……!」
エルミナは、そのやり取りを見て小さく目を瞬かせた。
変わった人だ。 本当に。
王族を前にして、ここまで自然な者は初めて見る。 だが不思議と、不快ではなかった。
「先日は、城門前で」
エルミナが静かに言う。
「ええ」
カゲツは頷く。
「お前だったか」
一瞬。 騎士たちの空気がまた張る。
「お前!?」
「口を慎め!」
クルトが頭を抱えた。
「終わった……」
フィナも困った顔をしている。
だが。 エルミナ本人は、むしろ少し笑っていた。
「構いません」
静かな声。
「私も、ただの挨拶ですから」
その返答に、騎士たちが戸惑う。
一方。 ドグランは後ろで豪快に笑っていた。
「がっはっは! 面白ぇ坊主だ!」
「笑い事じゃねぇ!」
ルークが即座に突っ込む。 エルミナは、改めてカゲツを見る。
銀髪。 静かな瞳。 不思議な空気。
そして。 王族へ向けるには、あまりにも自然な態度。
恐れていない。 媚びてもいない。 まるで、一人の人間として見ている。 それが妙に新鮮だった。
「お名前を伺っても?」
「カゲツ」
「カゲツ様、ですね」
「様はいらん」
即答だった。
騎士たちがまた固まる。 だがエルミナは、小さく笑った。
「では、カゲツさん」
「ああ」
自然な会話だった。 その様子を見て、クルトが小声で呟く。
「なんか普通に話してる……」
「怖ぇよ逆に……」
ルークまで引いている。
その時。 エルミナの視線が、ふとカゲツの木刀へ向いた。
「その木刀……」
「ん?」
「工房街へ来られたということは、武器を?」
カゲツは少しだけ木刀を見る。
「鉄を見に来た」
「鉄?」
「ああ」
短い返答。 エルミナは少し不思議そうに目を細めた。
「剣士なのですね」
「まぁな」
「ですが、剣を持っていない」
「必要なら持つ」
静かな声だった。 だが。 その一言に、妙な重みがある。 エルミナは数秒だけ黙る。 そして。
「……貴方は、不思議な方ですね」
ぽつりと呟いた。 カゲツは少しだけ考える。
「そうか?」
「はい」
エルミナは微笑む。 その笑みは、王女としてではなく。
年相応の少女のようだった。 だが次の瞬間。
「殿下、お時間が」
護衛騎士が低く告げる。 エルミナは小さく息を吐いた。
「もうそんな時間ですか……」
少し残念そうだった。 その表情を見て、カゲツは静かに言う。
「忙しいな」
「王族ですので」
「大変だ」
自然な返答。
だが。 その言葉には、妙な優しさがあった。 エルミナは少しだけ目を見開く。 そして。
「……はい」
小さく笑った。 工房街へ夕暮れの風が吹く。
その中で。 王女エルミナは、銀髪の旅人を静かに見つめていた。
王女エルミナの馬車が去った後も、 工房街には、妙な静けさが残っていた。
「……いや待て待て待て」
最初に口を開いたのはクルトだった。
「なんで普通に話してんだよお前!?」
「普通だったか?」
「普通じゃねぇよ!」
即答だった。 ルークまで頭を抱えている。
「王女相手に“お前”は初めて見たぞ……」
「失礼だったか?」
「失礼とかいう次元じゃねぇ!」
周囲の職人たちも、まだざわついていた。
「誰だあの銀髪……」
「殿下と普通に話してたぞ……」
「護衛騎士が止めなかった……?」
そんな声が聞こえる。
一方。 ドグランだけは豪快に笑っていた。
「がっはっは! 面白ぇ坊主だ!」
「笑い事じゃないですって!」
フィナが困った顔をする。
だが。 カゲツ本人には、本当に自覚が無かった。
「王族も人だろう」
静かな返答。 一瞬。 全員黙る。 その言葉は、あまりにも自然だった。
貴族。 王族。 権力。
そういうものを、カゲツはあまり気にしていない。 もっと長い時間の中で、人を見ている。 そんな感覚があった。
ドグランが鼻を鳴らす。
「坊主らしいな」
「そうか?」
「普通の奴は、王族相手にあんな目せん」
「どんな目だ」
「ただの人間を見る目だ」
カゲツは少しだけ考える。 そして。
「実際、人間だろう」
また周囲が黙った。 ルークが遠い目をする。
「こいつ、時々すげぇこと平然と言うよな……」
その時だった。 工房街奥から、別のドワーフ職人が駆けてくる。
「親方!」
「なんだ」
「例の注文、炉が保ちません!」
ドグランの眉が寄る。
「……ちっ」
面倒そうに舌打ちした。 だがすぐ、カゲツを見る。
「坊主」
「なんだ」
「今日はここまでだ」
「ああ」
「また来い」
短い言葉。 だがそこには、明確な興味があった。
ドグランほどの職人が、他人へそう言うのは珍しいのだろう。
周囲の職人たちが、未だに信じられない顔をしている。
「灰髭が二回も誘った……」
「あり得ねぇ……」
カゲツは静かに頷いた。
「行こう」
クルトたちへ向き直る。
「お、おう……」
まだ少し混乱しているらしい。 一行は、そのまま工房街を後にした。
夕暮れの王都。 石畳が赤く染まっている。
人の流れはまだ多い。 だが昼よりは少し落ち着いていた。
「……なんか疲れた」
クルトがぼやく。
「情報量が多すぎる」
「分かる」
ルークも頷く。 王女。 ドグラン。 工房街。 今日は色々ありすぎた。
一方。 カゲツは静かに空を見ていた。
夕焼け。 風。 遠く聞こえる鐘の音。 王都にも、こういう静かな瞬間はあるらしい。
「カゲツさん」
フィナが少し隣へ寄る。
「なんだ」
「エルミナ様、なんだか楽しそうでしたね」
カゲツは少しだけ考える。 青い瞳。 窮屈そうな空気。 だが最後に見せた、小さな笑み。
「……そうかもしれんな」
静かな返答。 フィナは少し笑った。
「カゲツさん、ああいう人放っておけないですもんね」
「?」
「困ってる人見ると、結局助けますし」
「そんなことはない」
「あります」
即答だった。 クルトまで頷く。
「めちゃくちゃある」
「自覚無いの怖ぇよ」
カゲツは少しだけ困ったように黙る。
その時。 遠くで鐘が鳴った。 夕刻を知らせる鐘。 王都の空へ、静かに響いていく。 カゲツはその音を聞きながら、ふと目を細めた。
王都アルヴェリア。 まだ来たばかりだ。
だが。 この街で、自分はしばらく過ごすことになる。 そんな予感が、静かに胸の奥へ落ちていた。




