24話 古い鉄
工房街の熱気が揺れる。
火花。 鉄の匂い。 重い槌音。
その中心で、ドグランは腕を組んだままカゲツを見ていた。
「……昔は、か」
低い声。 カゲツは静かだった。 木刀へ添えた手も、そのまま動かない。
「今は使わんのか?」
「必要が無い」
短い返答。 周囲の職人たちが顔を見合わせる。
「必要が無いって……」
「刀だぞ?」
だが。 ドグランだけは笑った。
「くく……」
低い笑い。
「気に入った」
その瞬間、周囲がざわつく。
「はぁ!?」
「灰髭が!?」
「初対面だぞ!?」
ドグランはそんな声を無視した。 代わりに、じっとカゲツを見る。
「坊主」
「なんだ」
「お前、刀を打つ気はあるか?」
クルトが目を丸くする。
「え?」
フィナも驚いていた。 一方。 カゲツは少しだけ考える。
刀。 前世で握っていた長刀。 最後まで傍にあった剣。 転生してからも、時折夢に見る。 静かな鋼の感触。
「……いずれは」
穏やかな返答。
その瞬間。 ドグランの片目が細められた。
「その目だ」
「?」
「“いつか打つ”目をしとる」
カゲツは黙っていた。 ドグランは鼻を鳴らす。
「だが坊主」
低い声。
「良い刀は、良い鉄だけじゃ出来ん」
「ああ」
「振るう者の時間が要る」
その言葉に、カゲツの目がほんの少しだけ動いた。 時間。 積み重ね。 百年。
それ以上。 剣を振り続けた人生。
「……知っている」
静かな返答。 ドグランは数秒黙る。 そして。
「やっぱり若造じゃねぇな」
ぼそりと呟いた。 クルトが苦笑する。
「最近そればっかだな」
「お前、本当に何歳なんだよ……」
カゲツは普通に答える。
「長い」
「答えになってねぇ!」
笑いが起こる。 その空気を見ながら、ドグランはふと視線を細めた。
銀髪。 静かな瞳。 異様なまでに自然な立ち姿。
そして、“古い”。
ドワーフは長命種だ。 だからこそ分かる。
目の前の青年は、ただ強いだけではない。 長い時間を生きた者の空気を纏っている。
「……坊主」
「なんだ」
「また来い」
突然だった。 周囲の職人たちが固まる。
「えっ」
「灰髭が誘った!?」
「嘘だろ……」
ドグランは無視する。
「茶くらいは出してやる」
ぶっきらぼうな声。 だが。 それは明らかに好意だった。 カゲツは少しだけ目を細める。
「そうか」
「来るのか来ねぇのか」
「行く」
即答だった。 ドグランが低く笑う。
「いい返事だ」
その時。 工房街の入口側が少し騒がしくなる。
騎士たちだった。 白い鎧。 王家紋章。 どうやら誰かの護衛らしい。
「貴族か?」
ルークが振り返る。 職人たちも少し道を開け始める。
だが。 ドグランは面倒そうに鼻を鳴らした。
「ちっ、騒がしい連中が」
その視線の先。 白い馬車がゆっくり工房街へ入ってくる。
そして。 馬車の窓が、僅かに開いた。 一瞬。 青い瞳が、カゲツを捉える。
「……あ」
小さな声。 それは、王都へ入る時に見た少女。 王女エルミナだった。
一方。 カゲツは普通に視線を向ける。
「また会ったな」
自然な一言。 その瞬間。 周囲の騎士たちの空気が、凍り付いた。




