23話 灰髭の鍛冶師
翌朝。
王都アルヴェリアは、朝から賑わっていた。 窓の外から聞こえる人の声。
馬車の音。 商人の呼び込み。 ローヴェンとは比べ物にならない活気だ。
「すげぇ……朝からうるせぇ……」
クルトが半目で呟く。
「王都ですからね」
フィナは少し楽しそうだった。
一方。 カゲツは既に起きている。 窓際で静かに茶を飲んでいた。
「相変わらず早ぇな」
ルークが呆れる。
「癖だ」
「絶対年寄りの生活習慣だろ」
「否定できんな」
普通に認めた。 朝食を終えると、一行は王都探索へ出ることになった。
流石に全員暇なのだ。 護衛依頼も終わっている。
「まずどこ行く?」
クルトが周囲を見回す。
「工房街」
カゲツが即答した。
「早っ」
「絶対それ言うと思いました」
フィナが苦笑する。 刀。 鉄。 鍛冶。
王都へ来てから、カゲツは時々そちらへ視線を向けていた。
「まぁ、王都の工房街は有名だ」
バルクが頷く。
「ドワーフ連中も多いぞ」
「行くか」
そのまま一行は、王都西側の工房街へ向かった。 工房街は、別世界だった。
熱気。 鉄を打つ音。 火花。 煙。
あちこちから金属音が響いている。
「うおぉ……」
クルトが目を丸くする。
「なんかすげぇなここ」
「暑いですね……」
フィナが少し顔を赤くしていた。
だが。 カゲツだけは静かに周囲を見ていた。
視線は自然と鍛冶場へ向く。 鉄。 火。 槌。
職人たちの動き。 そして時折。 僅かに眉が動く。
「……粗い」
「ん?」
クルトが振り返る。 カゲツは一つの工房を見ていた。
「火が強すぎる」
「分かるのか?」
「ああ」
当然のように答える。 ルークが呆れた顔をした。
「なんで分かるんだよ……」
「音だ」
「音?」
カゲツは静かに炉を見る。
「鉄が嫌がっている」
一瞬。 全員黙った。
「……いや意味分かんねぇ」
クルトが真顔で言う。
だがカゲツ本人は普通だった。 その時、
――ガァン!!
ひときわ大きな音が響く。 周囲より重い。 深い音。
カゲツの視線が動いた。 工房街奥。 巨大な鍛冶場。
そこでは、一人のドワーフが巨大な槌を振っていた。
白髭。 筋骨隆々。 片目には古傷。 周囲の職人たちより、明らかに格が違う。
「……おい」
ルークが小声になる。
「あれ、“灰髭”じゃねぇか?」
「灰髭?」
「ドグランだよ」
バルクが低く言った。
「王都一の偏屈鍛冶師」
その瞬間。 カゲツの目が、ほんの少しだけ細められる。
ドグラン。 そのドワーフは、無言で鉄を打ち続けていた。
火花が散る。 槌が振り下ろされる。 重い音。
だが。 カゲツは静かに呟いた。
「……良い音だ」
その瞬間だった。 ドグランの槌が止まる。
ぴたり、と。 工房内の空気が変わった。 白髭のドワーフが、ゆっくり顔を上げる。
「……ほぅ」
鋭い目が、真っ直ぐカゲツを見据える。
「今、“音が分かる”と言ったか。坊主」
工房街の空気が少し張る。 周囲の職人たちも、思わず手を止めていた。 理由は簡単。
“灰髭”ドグラン。 王都でも有名な偏屈鍛冶師だからだ。
滅多に他人へ興味を示さない。 その男が、自分から話し掛けた。
「……おい」
ルークが小声になる。
「なんかヤバくねぇか?」
「静かにしろ」
バルクが低く言う。
一方。 カゲツは普通にドグランを見ていた。
「言った」
静かな返答。 ドグランの眉が動く。
「鉄が嫌がっている音だった」
更に続ける。 周囲の鍛冶師たちがざわついた。
「は?」
「音で分かるだと?」
「なんだそりゃ……」
だが。 ドグランだけは笑わなかった。 むしろ逆だった。 その片目が、じっとカゲツを見る。
「……坊主」
「なんだ」
「鍛冶師か?」
「違う」
「なら何故分かる」
カゲツは少しだけ考える。 前世でも。 転生後でも。 長く剣を握ってきた。 刀を見て。 鉄を見て。
音を聞いてきた。 それだけだ。
「長く見てきた」
静かな返答。 短い。
だが。 その一言に、妙な重みがあった。 ドグランの目が細くなる。
「……若造の目じゃねぇな」
「見た目で判断するな」
「ドワーフに言うかそれ」
ルークが吹き出した。 だがドグランは笑わない。
代わりに。 不意に、一振りの剣を投げてきた。
「見ろ」
カゲツは片手で受け取る。 重い。 だが良い剣だった。
クルトが慌てる。
「ちょ、おい!? 急に投げるなよ!」
「黙っとれ」
ドグランは腕を組む。
「どう見る」
試すような声。 周囲の職人たちも、面白そうに見始めていた。 カゲツは静かに剣を見る。
鞘。 鍔。 刃。
そして。 軽く抜く。 澄んだ音が響いた。
その瞬間。 ドグランの片目が僅かに揺れる。
「……良い鉄だ」
カゲツが静かに言う。
「だが」
「だが?」
「握る者を選ぶ」
一瞬。 空気が止まった。 周囲の鍛冶師たちが顔を見合わせる。 ドグランだけは、黙っていた。
「重心が前寄りだ」
カゲツは剣を軽く返す。
「力で振るう者には合う」
「……続けろ」
「だが、流れで扱う剣士には重い」
静かな分析。 迷いが無い。 まるで長年使ってきたかのようだった。 ドグランが低く笑う。
「くく……」
そして。
「面白ぇ坊主だ」
工房街の空気がざわつく。
「灰髭が褒めた……?」
「初めて見たぞ」
ルークが引いた顔になっていた。
「おいおいおい……」
バルクまで苦笑する。
一方。 カゲツは普通だった。
「事実を言っただけだ」
「そこが面白ぇ」
ドグランは鼻で笑う。 そして。 ゆっくりカゲツを見る。
「坊主」
「なんだ」
「刀は使うか?」
その瞬間。 カゲツの目が、ほんの僅かに細められた。
木刀を握る手へ、自然と力が入る。
「……昔はな」
静かな返答。 その声を聞いた瞬間。 ドグランは何かを察したように笑った。
「そうか」
短い返答。 だが。 そのドワーフの目は、先程よりずっと真剣だった。




