20話 王都の影
雨上がりから、更に三日後。
商隊は大きな街道を進んでいた。 道幅は以前より広くなり。 行き交う馬車も増えている。
旅人。 商人。 冒険者。 そして騎士らしき集団まで見えた。
「人増えたなぁ」
クルトが周囲を見回す。
「王都へ近付いてる証拠だ」
護衛隊長のバルクが答える。 その声にも、どこか慣れた空気があった。
「あと二日も掛からんだろ」
「そんな近いんですか!?」
フィナが目を丸くする。 バルクは頷いた。
「ああ。次の丘を越えた辺りから、王都圏に入る」
王都圏。 その言葉だけで、空気が少し変わる。
ローヴェンとは違う。 この国の中心。
人も。 金も。 権力も集まる場所。 クルトも少し緊張した顔になっていた。
「……なんか実感湧いてきたな」
「お前、王都初めてか?」
ルークが聞く。
「おう」
「俺も最初はビビったぞ。壁見た瞬間声出なかったし」
「そんなデカいのか?」
「デカい」
バルクが即答した。
「ローヴェンの三倍はあると思え」
「は?」
クルトが固まる。 フィナも驚いていた。
一方。 カゲツだけは静かだった。
「……大きな街か」
ぽつりと呟く。 前世でも、大都市はいくつも見てきた。
だが、この世界の王都はまだ知らない。 魔法文明。 長命種。 異種族。 そういうものが集まる都市。 少し興味はあった。
「カゲツは緊張しねぇの?」
ルークが不思議そうに聞く。
「何故だ」
「いや、普通するだろ」
「街は街だ」
「達観しすぎなんだよ……」
クルトが苦笑する。 だが実際。 カゲツはどこか落ち着いていた。 長く生きるということは、多くを見るということだ。
巨大な街も。 戦争も。 人の栄華も。 滅びも。
それでも今は、ただ静かに旅をしている。 それだけだった。
その日の夕方。 商隊は丘近くで野営準備へ入った。 明日には王都圏へ入る。 そのため、今日は少し早めの休息らしい。
「いやー、やっと着くなぁ」
クルトが焚き火前へ座り込む。
「長かった……」
「結構色々ありましたしね」
フィナも苦笑する。 異常個体。 襲われた村。 雨宿り。 普通の旅ではなかった。
だが、不思議と嫌ではない。そんな旅だった。
「王都着いたら何したい?」
ルークが聞く。
「飯」
クルトが即答する。
「もっとこう、夢とか無いのかよ」
「あるぞ。美味い飯食う」
「欲望に忠実だなお前……」
笑いが起こる。 フィナも少し楽しそうだった。
「私は薬屋見たいです」
「あー、王都は凄いらしいな」
「珍しい薬草とかいっぱいあるんでしょうか……」
二人が話している横で。カゲツは静かに火を見ていた。
「カゲツは?」
不意にクルトが聞く。
「王都で何したい?」
風が吹く。 焚き火が揺れた。 カゲツは少しだけ考える。王都。 大都市。 様々な人。 そして――鍛冶。
「……鉄を見たい」
「鉄?」
「武器屋とかか?」
「ああ」
静かな返答。 クルトは少し目を瞬かせた。
「そういや刀作るとか言ってたな」
「いずれな」
カゲツは木刀を見る。 使い込まれた木刀。 長く握っている相棒のようなものだ。
だが本来、自分が振るっていたのは刀だった。 百年振り続けた長刀。 その感覚は、今も身体が覚えている。
「……良い鉄なら分かる」
ぽつりと呟く。 バルクが苦笑した。
「鍛冶師みてぇなこと言うな」
「実際、お前武器見る目あるだろ」
ルークも頷く。 以前、護衛の剣を見ただけで重心の癖を当てていた。 普通ではない。
「まぁ、長く見てきたからな」
静かな返答。 その言葉の“長く”が、時々妙に重い。 フィナが小さく笑った。
「でも、ちょっと楽しみですね」
「何がだ」
「カゲツさんが武器屋行くところ」
クルトも吹き出す。
「確かに。絶対店主困惑するぞ」
「なんでだ」
「若い顔した達人が急に来るからだよ」
「面倒だな」
「お前、ほんとその返し好きだな……」
焚き火の周囲へ笑いが広がる。 夜空には星。風は穏やかだった。
そして丘の向こうには。 まだ見ぬ王都が広がっている。
百年を生きた剣鬼の旅は、次の景色へ近付き始めていた。
翌朝。
商隊は早くから出発していた。 空は晴れている。 風も穏やかだった。 今日は王都圏へ入る。
その事実のせいか、商人たちもどこか浮き足立っていた。
「やっとだなぁ……」
クルトが大きく伸びをする。
「長かった」
「でも、もう少しで王都なんですよね」
フィナは少し緊張しているらしい。 周囲を何度も見回していた。 ローヴェンとは違う。
王都は、この国最大の都市だ。 冒険者。 貴族。 騎士。 魔術師。 様々な人間が集まる場所。
カゲツは静かに街道を歩いていた。 その表情はいつも通り穏やかだ。
「緊張しねぇの?」
ルークが聞く。
「何故だ」
「だからその達観した返し何なんだよ……」
クルトが苦笑する。 その時だった。 前方を歩いていたバルクが足を止める。
「……見えるぞ」
低い声。 商隊の空気が少し変わった。 皆が前を見る。
丘。 その向こう。 そして。
「――うわ……」
フィナが息を呑む。 巨大だった。 白い城壁。 空へ届くような塔。 広大な街並み。 ローヴェンとは比較にならない。
まるで一つの国そのものだった。
「これが……王都……」
クルトが呆然と呟く。 街道には、既に大量の人が行き交っていた。 商隊。 旅人。 騎士団。 様々な種族まで見える。 獣人。 ドワーフ。 長耳の種族もいた。
「すげぇ……」
ルークが笑う。
「初めて見た時は皆こうなる」
バルクも少し口元を緩めていた。
一方。 カゲツは静かに王都を見ていた。 巨大な街。 多くの人。 栄えている。
だが同時に、複雑な空気も感じる。 欲望。 権力。 様々な感情が渦巻いている。
「……人が多いな」
ぽつりと呟く。
「感想それかよ!」
クルトが吹き出した。 だが、その時。
街道脇を歩いていた一人の老人が、不意にカゲツを見た。
白髪の長耳族。 かなり高齢なのだろう。 その目が、一瞬だけ見開かれる。
「……銀髪?」
小さな呟き。 老人は立ち止まり、じっとカゲツを見つめる。 その視線は、どこか困惑していた。 そして。
「まさか……」
だが次の瞬間、老人は自分で首を横へ振る。
「いや、そんなはずは……」
そのまま去っていく。 クルトが首を傾げた。
「なんだったんだ?」
「さぁな」
カゲツは静かだった。 だが。 王都へ近付くほど、こういう視線は増え始めていた。
ただの銀髪の青年ではない。 何か違う。
そう感じる者たちが、少しずつ現れ始めていた。




