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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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15話 夜の気配

 焚き火の火は、静かに揺れていた。 商隊の面々も、少しずつ眠り始めている。 見張り以外は、もう休息の時間だった。

 夜空には星。 風は穏やか。 黒牙猪の襲撃があったとは思えないほど、静かな夜だった。

 だが。 カゲツだけは、まだ眠っていなかった。 焚き火から少し離れた場所。 草原の端へ座り、静かに夜風を眺めている。 手には木刀。 鞘も無い、ただの木刀だった。

 前世でも長く握っていた感覚。 だが今は、本物の刀ではない。 それでも不思議と落ち着いた。

「……まだ起きてたのか」

 後ろから声がする。 護衛隊長のバルクだった。 片手に酒瓶を持っている。

「眠れんのか?」

「いや」

 カゲツは静かに空を見る。

「夜が好きなだけだ」

「爺臭ぇ答えだな」

「爺だからな」

「その見た目で言うなっての」

 バルクが苦笑しながら隣へ座る。 しばらく無言だった。 草原を風が渡る音だけが聞こえる。 やがてバルクが木刀を見る。

「それ、お前の武器か?」

「ああ」

「木刀だろ?」

「そうだ」

 普通に答える。 バルクが呆れたように笑った。

「化け物みてぇに強いくせに、武器は随分地味だな」

 カゲツは木刀を見下ろした。 静かな木目。 使い込まれてはいるが、特別な代物ではない。

「これで十分なことが多い」

「本物は?」

 少しだけ沈黙。 カゲツは夜空を見る。

「……まだ無い」

「まだ?」

「いずれ作る」

 バルクが少し眉を動かした。

「買うんじゃなく?」

「自分で打つ」

「鍛冶もやるのかよ……」

 呆れ半分。 感心半分。 そんな声だった。 だがカゲツは静かだった。

「急ぐ必要も無い」

 ぽつりと呟く。

「長く使うものだ。なら、時間を掛けるべきだろう」

 その声音には妙な説得力があった。 百年。 あるいはそれ以上。 長い時間を生きる者の価値観。

 バルクは少しだけ目を細める。

「……お前、本当に変わってるな」

「そうか?」

「普通の若造は、“最強の剣が欲しい!”とか騒ぐもんだ」

「武器は使う者次第だ」

 静かな返答。 バルクは少し笑った。

「鍛冶師が聞いたら喜びそうな台詞だ」

「そうか」

「王都なら会えるかもな」

 カゲツが視線を向ける。 バルクは酒を飲みながら続けた。

「王都には、変わり者のドワーフ鍛冶師がいる」

「ドワーフか」

「ああ。腕は超一流だが偏屈でな。気に入らねぇ相手には絶対武器を打たん」

「職人気質なんですね」

 いつの間にかフィナも来ていた。 クルトも眠そうな顔で後ろから歩いてくる。

「なんだ、集まってたのか」

「お前ら寝ろよ」

 バルクが呆れる。 だがクルトは気にせず焚き火近くへ座った。

「で、その鍛冶師って有名なのか?」

「ああ。“灰髭のドグラン”って呼ばれてる」

 ドワーフ鍛冶師、 その言葉に、周囲の空気が少しだけ変わる。 やはり有名なのだろう。

「王都の騎士団長ですら頭下げるって話だ」

「へぇ……」

 クルトが感心する。 カゲツは静かに木刀を見ていた。 前世で使っていた長刀。 重さ。 握り。 振った感覚。

 今でも身体が覚えている。 百年振り続けた。 忘れるはずが無い。

「……刀は、急いで作るものではない」

 ぽつりと呟く。 皆が視線を向けた。

「長く使うなら、尚更だ」

 静かな声。 だがその言葉には重みがあった。 クルトが苦笑する。

「なんかもう完全に達人なんだよな……」

「実際達人だろ」

 バルクが即答した。 フィナも小さく頷いている。 カゲツ本人だけが、少し不思議そうだった。

 その時。 不意に風が止まる。 カゲツの目が細められた。

「……?」

 静かに立ち上がる。 空気が変わった。 クルトの顔も引き締まる。

「また魔物か?」

「いや……」

 カゲツは遠くを見る。 草原の向こう。 街道の先。 微かに灯りが見えた。 揺れている。

「誰か来る」

 次の瞬間。 夜の草原へ、馬の鳴き声が響いた。

 そして。

「た、助けてくれぇぇ!!」

 切羽詰まった叫び声が、夜を裂いた。 商隊の空気が一瞬で変わった。

「総員起きろ!」

 護衛隊長のバルクが怒鳴る。 冒険者たちが飛び起き、武器を掴む。焚き火の火が激しく揺れた。

 カゲツは静かに街道の先を見つめていた。 揺れる灯り。 高速でこちらへ向かってくる馬車。 そして、その後方。

「……追われてるな」

 低く呟く。 クルトが顔を顰めた。

「魔物か?」

「数が多い」

 その言葉と同時。 森の奥から無数の赤い瞳が浮かび上がった。

「――っ」

 フィナが息を呑む。 狼。 それも、一体二体ではない。 十。 二十。 更に奥にも気配がある。

「冗談だろ……」

 ルークが顔を引き攣らせた。 馬車は凄まじい勢いで街道を駆けてくる。

 御者は半泣きだった。

「助かったぁぁぁ!!」

 そのまま商隊近くへ滑り込む。 馬が悲鳴のように鳴いた。 御者台から転がるように降りてきたのは、煤だらけの男だった。

「た、頼む! 助けてくれ!」

「落ち着け!」

 バルクが怒鳴る。

「何があった!」

「村が……村が襲われたんだ!」

 空気が止まる。

「村?」

「街道外れの小村だ! 突然魔物が群れで……!」

 男の顔は青ざめていた。 手も震えている。

「あり得ねぇ……」

 クルトが呟く。 普通、魔物はここまで大規模に群れない。しかも村を襲うなど。

「また淀みか」

 カゲツが静かに呟く。 赤い瞳の狼たち。 明らかに正常ではない。 バルクが舌打ちした。

「ちっ……最近多すぎるぞ」

 その時。 狼たちが一斉に吠えた。 夜の草原へ、不気味な遠吠えが響く。

「来るぞ!」

 冒険者たちが構える。 だが。 次の瞬間だった。

 狼たちの動きが、突然止まる。

「……?」

 誰もが怪訝な顔をした。 そして。 狼たちが、ゆっくり後退し始める。

「なんだ?」

「逃げてる……?」

 ルークが呟く。 赤黒い瞳を揺らしながら、狼たちは森へ戻っていく。 まるで何かを恐れるように。

 静寂。 風だけが吹いていた。 バルクが眉を顰める。

「どういうことだ……?」

 その時だった。 カゲツが静かに空を見る。

 銀色の瞳が細められた。

「……来る」

 低い声。 次の瞬間。 ぞわり、と空気が震えた。 重い。 今までとは比較にならない圧力。

 草原の向こう。 夜闇の奥から、“何か”が近付いてくる。

 地面が揺れる。 木々が軋む。

「お、おい……」

 クルトの顔色が変わる。 フィナも青ざめていた。 冒険者たちが本能的に後退る。 理解してしまったのだ。

 今までとは違う、と。 そして。

 夜の闇の中から、巨大な影が姿を現した。

「……熊?」

 誰かが呟く。 だが違う。 巨大すぎる。

 二足で立ち上がったその姿は、三メートルを超えていた。

 黒い毛皮。 異様な筋肉。 赤黒い瞳。 そして額には、これまでと同じ黒い結晶。

「嘘だろ……」

 ルークの声が震える。 異常個体。 しかも。

「今までのより、格が違うぞ……!」

 バルクが剣を構える。 だが、その額には汗が浮かんでいた。 歴戦の男ですら分かる。 危険だ。

 真正面からぶつかれば死人が出る。 その時。

 巨大熊が咆哮を上げた。

「グォォォォオオオ!!」

 轟音。 空気が震える。 馬たちが暴れ始め、商人たちから悲鳴が上がる。

 そして。 巨大熊が、一歩踏み出した。 地面が砕ける。

 その瞬間。 カゲツが静かに前へ出る。

「カゲツ!」

 クルトが叫ぶ。 だがカゲツは止まらない。 手には木刀。 それだけだった。

 巨大熊が赤黒い瞳で睨む。 殺気が草原を満たす。

 だが。 カゲツの表情は変わらなかった。

「……すまん」

 ぽつりと呟く。

「お前も、苦しいのだろうな」

 静かな声。 そして次の瞬間。 巨大熊が咆哮と共に突進した。

 大地が揺れる。 轟音。 死を運ぶような突撃。 その真正面へ。 銀髪の青年が、静かに木刀を構えた。

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