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百年生きた剣鬼、希少長寿種に転生し、世界を観る  作者: ザナトス


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13話 旅立ち

 翌朝。

 ローヴェンの街門前は、朝早くから騒がしかった。 荷馬車が並び。 馬の鳴き声が響き。 商人たちが忙しなく動き回っている。 王都行き商隊。

 それなりの規模らしく、十台以上の馬車が並んでいた。

「すげぇな……」

 クルトが感心したように呟く。

「こんな大きい商隊、久しぶりに見た」

「人も多いですね」

 フィナも周囲を見回している。 護衛冒険者だけでも二十人近い。 さらに商人。 御者。 雑用係。

 かなりの人数だ。 その喧騒の中で、カゲツは静かに空を見上げていた。

 澄んだ青空。 風が心地良い。 ローヴェンを出るには、悪くない日だった。

「お、来たか」

 ローヴェン商会の支部責任者・エドガーが近付いてくる。

 相変わらず上質な服装だった。

「準備は整っております。よろしくお願いします、カゲツ殿」

「カゲツでいい」

「では私もエドガーで」

 エドガーは苦笑する。 どうにも未だに緊張しているらしい。 無理もない。 精霊族など、本来なら一生関わらない存在だ。 その時だった。

「うお、本当にいた……」

「銀髪だ……」

 他の護衛冒険者たちが、少し距離を置きながらこちらを見ていた。

 明らかに緊張している。 クルトが苦笑する。

「完全に有名人だな」

「面倒だ」

「もう諦めろって」

 その時。 一人の大男がこちらへ歩いてきた。 重装鎧。 大剣。 歴戦の空気を纏っている。

「護衛隊長のバルクだ」

 低い声だった。 バルクはカゲツを見下ろす。

「お前が噂の精霊族か」

「そうらしい」

 バルクの眉が少し動く。 普通なら威圧される場面。 だがカゲツは自然体だった。 まるで風景を見るような目。

 バルクは数秒だけ沈黙し、それから鼻を鳴らした。

「……なるほどな」

「何か分かったのか?」

「少なくとも、噂だけじゃねぇ」

 バルクは腕を組む。

「強い奴ってのは、立ってるだけで分かる」

 その言葉に、周囲の冒険者たちが少しざわついた。 バルクは護衛隊の中でも相当強い。 その男が認めた。

 それだけで空気が変わる。

「まぁいい。足引っ張るなよ」

「努力しよう」

「その返し怖ぇんだよ……」

 クルトが横で呟いた。

 その時。

「カゲツ!」

 聞き慣れた声が飛ぶ。

 振り返ると、冒険者ギルド支部長のヴァルドと、月兎亭の女将・マリアが来ていた。

「見送りか」

 カゲツが言う。 ヴァルドは鼻を鳴らした。

「街の厄介事が消えるからな」

「本音と建前逆になってるよ」

 マリアが笑う。 だが二人とも、どこか少し寂しそうだった。 ローヴェンへ現れた銀髪の旅人。

 まだ短い付き合いだ。 それでも存在感が大きすぎた。

「気を付けろ」

 ヴァルドが低く言う。

「王都はローヴェンより面倒だ」

「何度も聞いた」

「それだけ面倒なんだよ」

 ヴァルドは深く息を吐く。

「あと、お前は目立ちすぎる。少しは加減覚えろ」

 カゲツは少し考えた。

「……善処する」

「絶対しねぇ顔してるな」

 クルトが呆れる。 マリアはそんなやり取りを見て、小さく笑った。

「でもまぁ、あんたなら大丈夫そうだ」

「根拠は?」

「勘」

「雑だな」

「長年宿屋やってると分かるんだよ。人を見る目ってやつさ」

 マリアはそう言って、クルトとフィナを見る。 二人とも、カゲツの隣で自然に笑っていた。

 最初に月兎亭へ来た頃より、ずっと柔らかい顔だ。

「優しくない奴と一緒に旅しようなんて顔じゃないよ、その子たち」

 静かな声だった。 カゲツは少しだけ目を伏せる。

「……どうだろうな」

「少なくとも、あたしは嫌いじゃないね」

 マリアが笑う。 カゲツは何も答えなかった。 ただ静かに空を見る。

 風が吹く。 ローヴェンの匂いだった。

 まだ短い時間しか過ごしていない。 それでも、少しだけ落ち着く街になっていた。

「また来な」

 マリアが笑う。 ヴァルドも腕を組んだまま頷いた。

「戻ってきたら、また依頼押し付けてやる」

「それは遠慮したい」

「無理だな」

 クルトとフィナが笑う。 その空気が、どこか心地良かった。

 そして。 商隊出発の鐘が鳴る。 重い音が、朝の空へ響いた。

「出発だ!」

 御者の声。 馬が動き始める。 荷馬車の車輪が石畳を鳴らす。

 王都への旅。 長い道の始まりだった。

 カゲツは最後に一度だけ、ローヴェンを振り返る。

 街門。 石壁。 朝日に照らされた街並み。 穏やかな景色。

「……良い街だった」

 小さく呟く。 するとクルトが隣で笑った。

「だからまた戻ってくればいいって」

 カゲツは少しだけ目を細める。

「ああ」

 その返答は、とても静かだった。 そして商隊は進み始める。 ローヴェンを離れ。 まだ見ぬ世界へ向かって。

 百年を生きた剣鬼の旅は、静かに広がり始めていた。

 ローヴェンを出発してから、半日ほどが経っていた。

 商隊は街道をゆっくり進んでいる。 石畳は既に途切れ、土の道へ変わっていた。 左右には広い草原。

 遠くには森。

 風が草を揺らし、馬車の車輪が規則的な音を鳴らしている。

「……平和だな」

 荷馬車の横を歩きながら、カゲツが呟く。 クルトが隣で苦笑した。

「出発してからそれ何回目だよ」

「良いものは何度見ても良い」

「爺さんみたいなこと言うなって」

「爺さんだ」

「その見た目で言うな!」

 フィナがくすくす笑う。

 周囲の護衛冒険者たちも、少しずつカゲツへ慣れ始めていた。

 最初は完全に距離を取られていたが、半日も一緒に歩けば多少空気も変わる。

「おい銀髪」

 後ろから声が飛ぶ。 振り返ると、軽装鎧の若い冒険者がいた。 二十代前半ほどだろう。 槍を背負っている。

「なんだ」

「お前、本当に上級異常個体倒したのか?」

 単刀直入だった。 周囲の冒険者たちも、さりげなく耳を向けている。 気になるのだろう。

「倒した」

 カゲツが普通に答える。 若い冒険者が顔を引き攣らせた。

「いや、普通に言うなよ……」

「事実だからな」

「化け物か……?」

「聞こえてるぞ」

「あ、悪ぃ」

 だが、空気は悪くなかった。 恐れだけではない。

 好奇心も混じっている。 その時だった。

「なら一回見せてくれよ」

 別の冒険者が笑いながら言う。

「剣」

 クルトが「あー……」という顔をした。 フィナも少し困ったような顔になる。 カゲツ本人は静かだった。

「別に構わん」

「マジか!」

 護衛冒険者たちがざわつく。 すると前方を歩いていた護衛隊長・バルクが振り返った。

「おい、遊びじゃねぇぞ」

「休憩中に少しくらいいいだろ隊長!」

「……まぁ、騒ぐよりはマシか」

 バルクは深く息を吐く。 そのまま視線をカゲツへ向けた。

「やるなら軽くだ」

「分かった」

 そして一時間後。 商隊は小川近くで休憩を取ることになった。 馬が水を飲み。 商人たちが荷を確認し。

 冒険者たちは腰を下ろして休んでいる。

 そんな中。 少し開けた場所へ、人が集まり始めていた。

「本当にやるのか……」

「相手誰だ?」

「ルークらしいぞ」

 ざわつく護衛冒険者たち。 その中央には、先ほど話しかけてきた槍使いの若者が立っていた。

「ルークだ。よろしくな」

「カゲツだ」

 互いに向かい合う。 木剣。 訓練用だ。 流石に本物を使う訳にはいかない。

 クルトは少し不安そうだった。

「……大丈夫か?」

「何がだ」

「加減」

「善処する」

「怖ぇよ!」

 周囲から笑いが起こる。 ルークは槍を構えた。 動きは悪くない。 しっかり鍛えている。 実戦経験もあるのだろう。

 だが。 カゲツの目には、全て見えていた。

 重心。 呼吸。 視線。 癖。

 百年積み重ねた経験が、自然と相手を読む。

「始め!」

 誰かが叫ぶ。 瞬間。

 ルークが踏み込んだ。 速い。 普通の冒険者なら反応できない速度。 鋭い突きが一直線に放たれる。

 だが。 カゲツは半歩動いただけだった。 槍が空を切る。

「っ!?」

 ルークの顔が変わる。 次の瞬間。

 カゲツの木剣が、ルークの喉元へ添えられていた。

 静寂。

「……え?」

 ルークが固まる。 周囲も言葉を失っていた。 あまりにも速い。

 いや。 速いというより、“自然”だった。

 まるで最初からそこに剣があったような動き。

「終わりだ」

 カゲツが静かに木剣を下ろす。 数秒遅れて、周囲がざわつき始めた。

「見えなかったぞ……」

「今何した?」

「避けたよな……?」

 ルーク本人が一番混乱していた。

「……いや待て。なんだ今」

「普通に動いただけだ」

「絶対違うだろ……!」

 クルトが頭を抱える。 バルクだけは腕を組んだまま黙っていた。 その目は鋭い。 先ほどの一瞬。

 あれは単純な技量ではない。 積み重ね。 場数。 歴戦。 そういうものが見えた。 若者の剣ではない。

「……お前、本当に何歳だ?」

 バルクが低く呟く。 カゲツは少し考えた。

「今は若い」

「質問の答えになってねぇ」

 周囲から笑いが漏れる。 空気が少し柔らかくなる。

 その時だった。 不意に。

 カゲツの目が細められた。

「……止まれ」

 静かな声。 だが空気が変わった。 クルトが表情を引き締める。

「カゲツ?」

 風が止まる。 鳥の声が消える。 そして次の瞬間。

 森の奥から、低い唸り声が響いた。

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