12話 出発前夜
王都行き商隊の出発は翌朝。
ローヴェンの街は、どこか慌ただしかった。 商人たちは荷物確認に追われ。 冒険者たちは装備を整え。 街道へ出る準備が進んでいる。
その空気を感じながら、カゲツはギルドの掲示板を静かに眺めていた。
依頼書が並んでいる。 薬草採取。 魔物討伐。 護衛依頼。 前世には無かった文化だ。
だが不思議と嫌いではない。
「見てて飽きないのか?」
クルトが隣へ来る。
「人が分かる」
「依頼書で?」
「性格が出る」
カゲツは一枚の依頼を見る。 報酬は低い。 危険も少ない。 だが文字は丁寧だった。
「これは真面目な依頼人だ」
「分かるのかよ……」
クルトが苦笑する。 フィナも後ろから覗き込んでいた。
「カゲツさんって、時々すごくおじいちゃんみたいですよね」
「おじいちゃんだからな」
「その見た目で言うなって」
クルトが即座に突っ込む。
ギルド内では、そんな三人をちらちら見ている冒険者も多かった。 今やカゲツはローヴェンでも有名人だ。
銀髪の精霊族。 上級異常個体討伐。 空間収納。
噂だけが一人歩きし始めている。
「……増えたな」
カゲツが呟く。
「何が?」
「視線だ」
「もう慣れろ」
クルトが肩を竦める。 その時だった。
「カゲツ」
低い声。 ヴァルド支部長が近付いてくる。
「少しいいか」
「構わん」
そのままギルド奥の部屋へ案内される。 重厚な木扉。 支部長室だった。 ヴァルドは椅子へ腰掛けると、小さく息を吐いた。
「明日から王都行きだが、一応確認しておく」
「なんだ」
「お前、本当に戦えるんだよな?」
クルトが吹き出しかける。
「今さら!?」
ヴァルドは真顔だった。
「いや、強いのは分かってる。だが問題はそこじゃねぇ」
視線がカゲツへ向く。
「お前、自分の強さ理解してないだろ」
静寂。 カゲツは少し考えた。
「……比較対象が無い」
「だろうな」
ヴァルドが頭を押さえる。
「上級異常個体を一人で止める時点で、普通じゃねぇんだ」
「そうらしい」
「他人事みてぇに言うな」
ヴァルドは深く息を吐く。 そして真面目な顔になる。
「王都はローヴェンより遥かに複雑だ」
「複雑?」
「貴族、商人、騎士、冒険者。色んな連中がいる」
そこで言葉を切る。
「当然、“力”に群がる奴もな」
空気が少し重くなる。 クルトも黙っていた。 カゲツほどの存在。 放っておかれる訳が無い。
「……面倒だな」
「そういうことだ」
ヴァルドが苦笑する。 だがカゲツは、そこまで深刻そうではなかった。
前世でも、力へ群がる人間は見てきた。 国。 軍。 権力者。 どの時代にもいる。
「必要なら断る」
「簡単に言うなぁ……」
ヴァルドが遠い目をする。 恐らく本当に断るのだろう。
この男は権力へ執着が無い。 それが逆に危うい。
その時だった。
「失礼します!」
扉が開く。 若い受付嬢が慌てた様子で入ってきた。
「支部長! また来てます!」
「……誰だ今度は」
「貴族です!」
空気が止まる。 ヴァルドが盛大に顔を顰めた。
「早すぎんだろ……」
「銀髪の精霊族の件、完全に広まってます!」
クルトが頭を抱える。
「うわぁ……」
フィナも苦笑していた。 だがカゲツ本人は首を傾げる。
「何故そんなに騒ぐ」
「精霊族だからだよ!」
全員が同時に突っ込んだ。
ヴァルドは深くため息を吐き、それから立ち上がる。
「悪いが裏から帰れ」
「追われているみたいだな」
「半分はそうだ」
ヴァルドが疲れた顔で答える。
「今日はもう月兎亭で大人しくしてろ」
「分かった」
そのまま一行は裏口からギルドを出る。 夕暮れが近付いていた。 ローヴェンの空が赤く染まり始めている。
帰り道。 カゲツは静かに街を見ていた。
人々の笑い声。 店の灯り。 夕食の匂い。 平和な街だ。
「……良い街だな」
ぽつりと漏れる。 クルトが少し笑った。
「気に入ったか?」
「ああ」
短い返答。 だが本心だった。 ローヴェンは温かい。
前世では、こうして落ち着ける場所は少なかった。
だからだろうか。 この街を離れると思うと、少しだけ惜しい気持ちがあった。
その感情に、自分でも少し驚く。 まだ来て間もないというのに。
「また戻ってくればいいだろ」
不意にクルトが言った。 カゲツが視線を向ける。
「旅なんだからさ」
その言葉に、カゲツは静かに目を細めた。
「……そうだな」
永命に近い命。 長い時間。 だからこそ。
別れが終わりではないこともある。
夕陽が、静かにローヴェンを照らしていた。




