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信長と家康の葛藤もつゆ知らず、足利義輝改め足原菊堂が東海道を出て日永の追分から伊勢街道へ入ったのは梅も綻ぶで初春のあった。
やたらとのんびりした旅路であるのは、本人があちらこちらで足を止めていたせいである。
「ふむ、この餅も良いな」
「この辺りの茶店は餅を出すところが多くございますね」
「伊勢は米どころですからね」
三人が舌鼓を打っているのは伊勢の一帯でよく見られる、細長い餅に餡子をくるんだもので現代では安永餅とかなが餅と呼ばれているものだ。
それらを時々食べ比べながら伊勢街道をのんびり南へと向かっていた。
「ところで、このまま伊勢に向かって神宮詣でですか?」
「ああ、その後霧山城に行くかもしれん」
「霧山城……北畠の城ですね?」
「同じ師を持つものが待っているからな、可能であれば手合わせ願いたく日永の追分に着いたあたりで手紙を出したんだ。伊勢に着いたらまた手紙を出して承諾が得られたら霧山城に行く、無理だったら桑名から船で尾張に入るつもりだ」
菊堂が言うところの『同じ師を持つもの』が誰なのか、常松は分からないようだったが滝川一益はすぐに理解していた。
伊勢国司・北畠具教は塚原卜伝から教えを受け、一の太刀を伝授されている。恐らく菊堂が会ってみたいと言うのはその彼のことであろう。
「……良いんですか?」
「良いも何も、今のわしは旅の剣術家。あちらの家にも予定はあるだろうが、手が空いていれば弟弟子を迎えてくれるやもしれぬ」
北畠という家は南北朝の世に足利と戦っており、言うなれば先祖以来の仇と言っても過言では無い。
うっかり足利の前当主とバレれば即斬り合いとなることは請け合いだ。
(だからこそ足利ではなく足原という姓をでっちあげたのかもしれんがなぁ……)
あとで主君に手紙を書く際、この話をいかに上手くまとめるか?うっかり殺されそうになったらどうするか?滝川一益はそんな事を思案してしまう。
「さて、そろそろ行くかな」
それに対して、菊堂はあまり気にしていなかった。
足利と北畠に南北朝以来の因縁はあれど、個人としての恨みなどさらさらないのだ。多少喧嘩を売られることはあれど、本気で殺しにかかる理由はない。
やけに呑気な元将軍と頭の痛い武士の間で、名もなき忍びは生温かくその状況を観察していた。
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半月後、伊勢神宮を詣でた足原菊堂御一行のもとに伊勢神宮を通して手紙が届いた。
送り主は北畠具教、菊堂が会ってみたいと思っていた兄弟子である。
「滝川、北畠殿は我々を迎え入れてくれるとのことだぞ」
時は違えど同じ師に教えを受けた若き剣術家の修行を支えるのは同じ剣の道を愛する者として誉れである、この手紙を見せたら会えるように伝えておくので気軽に立ち寄ってほしい。
そんな旨の手紙を見せてきた足原菊堂に、滝川一益はほんの少し困ったような気持ちにさせられてしまう。
「念の為、うちの殿にも伝えておきますからね」
「?それがお前の仕事なのだから、わざわざ言う事でもないんじゃないか?」
今ごろ室町の御所で必死こいて仕事してるだろう主君がほんの少し労しい気持ちになりながら、滝川一益と常松はそれぞれの主人への報告書を準備するのであった。




