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足利義輝改め足原菊堂と滝川一益と常松が出会ったその頃。
京都では織田信長と徳川家康改め、足利義信と足利義康は膨大な書き付けに目を通していた。
「この書き付けだけでも相当な資料ですね、足利幕府の実態が手に取るようです」
「であるな」
2人は書き付けと呼んでいるが、現代的な言い方をするのであれば引継ぎノートと呼ぶべきシロモノだ。
足利幕府の体制図・自分と幕臣の業務内容・幕臣たちの評価と扱い方・幕府と朝廷の関係に至るまで、現時点での足利幕府の内情についてを精密に書き残した書き付けである。
後世の研究者に【足利幕府職務書付群】と呼ばれるこの膨大な量の書き付けは、当時の幕府の内情を示す第一線級の資料として国宝指定を受けることになる。
「ですが、問題はこちらです」
足利幕府の職務についての書付とは別に、2人のために残されたもう一つの書き付けがあった。
【永禄晩夏夢録】と名付けられた資料は、その名の通り足利義輝が夢で見た未来について精密につづられた記録であった。
歴史書の体裁を取ってつづられた4冊と別冊としてつけられた人物記・解説集に一つ一つ丹念に目を通し、その内容に絶句しながらも一抹の納得を抱いた。
歴史書や人物禄につづられた出来事は否定したく思えるものも多いが、実際その立場になれば自分も同じようにふるまうであろうという納得感も同時に与えた。
家康は己についての記述を読んで宙を見上げながら「三方ヶ原の私を消したい……」と呟いた。
「破こうとするのはやめておけ」
「承知はしておりますがね?さすがにちょっと嫌ですよ?」
「実際に同じ状況になったら漏らさぬように尻の穴をふさぐしか無かろう」
だいぶひどい言い草であるが、家康とて同じ状況になれば漏らさずに済ませられる気がしない。なんなら
しかめ面で済まされないようなことになる可能性もある。
「この【永禄晩夏夢録】どの程度信を置けると思う」
「人物禄についてはある程度の信は置けるでしょうね。今川氏真や築山殿の項目の記述を読んでも記憶と相違なく、過去の事や評価などは随分と正確に記述されております」
「そうか」
信長も人物禄には目を通しており、面識ある人物についての概要を読んだ限りでは正確な記録が残されている。
家康が自分の正室についても記述に相違がないというのであればやはり精度は高いのであろう。
「少なくともこの夢が隠居の引き金となり、我々を後継者に選んだ理由であることは間違いないでしょう」
「この記録、誰に読ませる」
信長の問いはこの先代将軍の夢日記の中身を予知夢として信用したうえで、いかに扱うか?という問いであった。
厳重に秘匿すべきか、信の置けるものに読ませるか、それともいっそ広く公開するか。
「……まず、この継承にご納得いただけていない方に読ませるべきかと」
「ふむ」
「ご母堂の慶寿院さまです。一条院覚慶さまと照山周暠さまは必要になる可能性も視野に入れましょう」
家康があげた三人は先代将軍である義輝の血縁である。
慶寿院はこの承継が不満なようで、本来承継すべきだった覚慶を将軍にして自分たちを下ろそうと考えている節がある。
義輝が自分たちを養子に選んだ理由を納得させるためにはこの【永禄晩夏夢録】を読んでもらうしかない。
実弟の一条院覚慶と照山周暠は2人とも仏門に入っており、承継に興味を持たせないように誘導すれば足利家奪還の神輿にはならずに済むだろう。
「妥当だな」
信長のその言葉は家康への同意であり、家康は当たっていたようでほんの少し安心した。
「猿はどうする」
「……少なくとも今ではないかと」
木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉については才能こそ認めるがいかんせんまだ侍大将に過ぎない。未来で天下人になるなどと教えたら調子に乗りかねない。
努力すればいずれ自力で知る日も来るだろうが、その時にはきっと足利義信・義康による足利幕府体制は完成しているはずだ。
「よかろう」
信長のその一言で、家康の動きは決まった。
まずは慶寿院の説得だ。




