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見覚えのある方の忍びはずっと頭を下げ、「ご無礼をお許しください」と答える。
「名は?」
「和田惟政配下が忍び、常松と呼ばれております」
忍びと縁の深い幕閣の名を出してそう名乗った男に「なるほど」と納得する。
六角あたりが出してきたかと思ったが、言われてみればそう考えるのが筋ではある。
「と言うことは人知れず警護するよう言われたか?」
「……そのように承っております」
「そうか。で、そちらの方は?」
もう1人の見覚えのない忍びの方に視線を向ける。
彼もまた同じくらいの年頃だろうが、常松と異なりもっと筋肉がついた武辺者という印象を受ける。
常松が生まれながらの真の忍びなら、こちらは忍び働きを学んだ武士というところか。
その視線がなかなか逸らされないことや、しばらく悩んだ後にため息をついた。
「滝川左近尉一益、織田上総介の命に従い観察仕った」
「ほう、観察というのは?」
「どのようなご意志に基づいて足利の名を継がせたか、そして誠なる気狂いなるかを調べよと」
「なるほどな。今頃その辺りも気付いてる頃合いだろうが……まあ良い、旅は道連れ世は情け。連れが増えたところで何も変わらんしな」
多少連れが増えたところでやりたいことはただ一つ。剣の道を進み、その果てを知ることだ。
「常松、一益。こそこそ隠れずついてこい。そのほうが何かと都合がよかろう?」
そう告げてさっさと歩き出した後、何かを思い出したようにこう言った。
「先に言っておくが、過去はどうであれ今はわしは剣術家の足原菊堂だ。間違っても足利義輝と呼ぶなよ」
そう2人に宣言したが、2人はむしろ呆然としていた。
「天下の将軍様があのような仕業の出来るお方だったとはな」
そう呟いたのは滝川一益である。
彼は忍び働きについてを知る人間として織田家の忍びをまとめる役割を担ってきた男である。故に彼の行動の異端さを直ぐに理解した。
そもそも忍び衆の視線に気づくというのはかなり難しく、忍び修行を多少嗜んだ程度の一益の覗き見る視線に気づかぬものは多くいる。それに気づけるとのはしっかりと武人としての修行を積んだ者だけだ。
「拙者も同感にございます」
それに対して、常松は生まれながらの忍びである。
視線に気づかせない技術は一益以上であるし、何より彼はある点に気づいていた。
「滝川様、その額中央のコブは大樹様……いえ、菊堂さまの礫投げによるものですかな?」
「その通りだが……」
「あのお方、拙者にも全く同じ場所を狙って礫を投げて参りました」
常松は鍛え上げられた反射神経により辛うじて避けることができたが、額の端に擦り傷がある。避けなければ己も同じ場所にコブが出来ていたことだろう。
「そいつは中々の話だな」
滝川一益は常松の言わんとすることを察した。
昭和の世で精密機械と呼ばれていたある投手は四分割で投げていた、という話がある。
精密機械と称された天才であっても、投球精度には限界がある。
ましてボールのように整った形ではない石ころを全く同じ場所に向けてまっすぐ投げる技術がそんな容易に手に入るものではないことなど、簡単に察せられるというものだ。
(果たしてただの気狂いか、それとも何かの天才か……しっかり見定めねばな)
「おーい、こないのか?」
遠くから足利義輝、ではなく足原菊堂が2人を呼ぶ。
「拙者は参りますが、どうなさいますか?」
「せっかく着いてきて良いと言われたんだ、着いていかせてもらうさ」




