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永禄5年(1562年)秋・室町御所
弟からの手紙に目を通した将軍義輝は、弟は将軍位を継ぐ気がない事を再確認した。
「となれば、やってみるしかないよなあ」
義輝の脳裏には実はある案があった。
織田信長か徳川家康を養子として足利家を継がせ、自分は隠棲して剣術家になるという方法だ。
これは正直に言ってしまえば狂気の沙汰以外の何物でもない。けれどちょっと時代を先取りすると思えばやれなくもない。
「まあ、やってみるか」
未だ尽きることの無い自由への憧れはどんな無茶でも実行させられる気がした。
―永禄5年(1562年)冬
織田信長と徳川家康は少ない手勢と共にひそかに国を抜け出し、京の都を目指していた。
将軍の花押入りの手紙は当時は田舎領主であった織田・徳川家にとって絶対的な重さがあり、将軍からの極秘裏な呼び出しに逆らう理由などなかった。
「いったいどのような用事なのでしょうなあ」
気疲れ気味の家康に対し信長が「……さあな」とつぶやく。
どこか寡黙な信長という男との付き合いの長い家康は、その反応で本当に呼びだされる理由の見当がつかないのだという事を察してため息を吐く。
「この猿めは楽しみでございますよ」
信長の馬を引くのは木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉である。
実は手紙でこの男を連れて来いと言われていたことも、信長にとっては理解不能な呼びだしに感じられた理由であった。将軍に名を覚えられているという事実で調子に乗りそうなので本人には言っていないが。
「そうか」「せっかくの京の都です、ねねにいい土産が出来ます」
極秘裏に京を目指すこの旅が、彼らを大きく変えるものであることを2人はまだ知らなかった。
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真冬の室町御所。しんと冷え切った広間にのちの世を変える者たちが居並んでいる。
彼らが日本史の重大な立役者であることを唯一知っている義輝はかすかな笑みをこぼす。
「織田上総介信長、徳川蔵人家康。よく来た」
「「はっ」」
二人のまなざしを見て、なるほど歴史に名を残す偉人だと納得する。
数百年後の未来においては子どもでも名を知る偉人となる者たちだ、足利家を任すに足りる。
継がせるに事足りる根拠などほっとけば勝手に作ってくれるだろう。
公家だの武家だの天皇だのに振り回されて生きていない、人を見る目には自信があった。
「お主らを呼びだしたのには理由がある。
足利に養子に入らんか?」
その言葉に家康は目を見開いて「は?」と呟き、信長は絶句する。
後の世の歴史の立役者たちの絶句を、義輝は愉快な気分で眺めていた。




