表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第七話:深淵の胎動


 下水道の湿った空気が、焼けるような脳の熱を冷ましていく。

 右目の視界は失われた。暗黒。光さえ届かない完全な空白。

 だが、その「無」の領域に、異変が起きていた。

(……なんだ、これは)

 真っ暗なはずの右側の視界に、薄らとした「残像」が重なり始める。

 それはリコが次に踏み出す一歩であり、天井から滴り落ちる水滴が水面に波紋を作る直前の姿だった。

 **三秒後。**

 脳が処理を拒むほどの超感覚。

 失った視力と引き換えに、俺の異能は「空間」のジャックを超え、わずかな「時間」の先へと食い込み始めていた。

### 未来の断片

「……おじさん? 急に止まってどうしたの。早く行かないと追手が――」

「伏せろ!」

 俺はリコの細い肩を掴み、泥水の中へと力任せに押し倒した。

 その直後。

 **――シュンッ!**

 空気を切り裂く高周波の音が響き、俺たちがいた場所のすぐ上のコンクリート壁が、音もなく削り取られた。

 「掃除屋」の暗殺用超音波カッターだ。

「なっ……なんでわかったの!? あたしのセンサーにも反応なかったのに!」

 リコが驚愕の声を上げる。

 俺の右目みぎめには、崩れ落ちる瓦礫の「未来」が既に見えていた。俺は右腕を伸ばし、落下してくる破片からリコを庇う。

「……見えたんだ。奴らが引き金に指をかける瞬間の、その先の結末が」

### 深淵の呼び声

 追手は一人。だが、これまでの「兵隊」とは質が違う。

 暗闇の中から現れたのは、真っ白な法衣に身を包んだ、痩せ細った男だった。

「……素晴らしい。適応したのですね。衛星の膨大な情報負荷に耐え、因果律の綻びにまで触れるとは」

 男は目を閉じていた。いや、目そのものが縫い付けられている。

 

「管理局の飼い犬か」

「私たちは『預言者プロフェット』の神官。佐藤悟……貴方はもう、ただのジャック能力者ではない。この街の下で眠る『根源の目』を目覚めさせるための、最後の鍵だ」

 男が手を掲げると、下水道の汚水が意思を持ったように逆立ち、無数の鋭い針へと形を変えた。

 俺の右目が激しく疼く。

 未来が映るたびに、脳の芯を直接ナイフで削られるような激痛が走る。

(……三秒。いや、今は五秒先が見える)

 五秒後、水の針が俺の心臓を貫く。

 六秒後、リコが拘束される。

 

 回避不能な未来が、網膜に焼き付いている。

### 胎動

「リコ、俺の脳のセーフティを全部外せ。お前のハッキングで、俺の意識をこの下水道の『構造』そのものに同化させろ」

「バカ言わないで! そんなことしたら、あんたの意識は二度と戻ってこれな――」

「見えたんだよ。この下に、奴らが一番恐れている『何か』がいるのが」

 俺は右目の暗黒を、男へと向けた。

 そこにはもう、光はない。あるのは、すべての因果を飲み込む深淵だけだ。

 街の地下、数千メートルの深層。

 管理局が隠蔽し続けてきた、都市そのものの「心臓」。

 それが、俺の覚醒に呼応するように、ドクンと大きな鼓動を打った。

 コンクリートの床に亀裂が走り、冷たい、それでいて懐かしい「視線」が下から突き上げてくる。

「……おじさん、あんた。目が、真っ黒だよ」

 リコの震える声。

 俺は、未来をる瞳を大きく見開き、迫り来る死を「拒絶」した。

つづく(第八話:因果の崩壊)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ