第二話:死角の鬼ごっこ
雑踏は、情報の海だ。
駅の改札を抜けた俺は、全神経を「視界」に振り分ける。
追いかけてくるサングラスの男は一人じゃない。猫の視界で振り返れば、駅の出口付近に同じような体格の男がもう二人、無線機に手を当てて配置についていた。
(組織的だな……。単なる公務員がやる動きじゃない)
俺は歩調を緩めない。だが、走れば目立つ。
俺は瞬きを繰り返し、ターゲットを次々と切り替える。
* **電柱のカラス:** 上空から追手の配置を俯瞰する。
* **ベビーカーの赤ん坊:** 地面に近い視点から、男たちの足元の動きを見る。
* **ビルの窓を拭く清掃員:** 俺自身の背後に怪しい車両がいないか確認する。
視覚をジャックするたび、脳が焼けるような熱を持つ。
多重露光のように重なる視界。脳が処理できる情報の限界を超えかけていた。
「……っ、あそこか」
俺が向かったのは、駅から少し離れた雑居ビルが立ち並ぶ裏路地だ。
入り組んだ細い道なら、監視カメラの死角は多い。だが、それは相手にとっても同じこと。
路地の角を曲がろうとしたその時、俺の「視界」の一つが異常を捉えた。
路地裏のゴミ捨て場にいた「ネズミ」の目だ。
その視界の端、曲がり角のすぐ先に、スタンガンを手にした男が待ち構えているのが見えた。
(ハメられた……! 追い込んでたのは、俺の方じゃなくて向こうか)
俺は急停止し、反対方向へ駆け出す。
背後から「止まれ!」という怒号が響く。もはや「普通の社会人」のふりをする余裕はない。
俺は路地の壁を蹴り、放置された自転車を飛び越える。猫との同期で得た身体感覚が、鈍っていた俺の動きを劇的に加速させていた。
だが、逃げ込んだ先は行き止まりだった。
三方を高い壁に囲まれた、古い倉庫の裏手。
「佐藤悟。無駄な抵抗はやめろ。君の能力は、社会のために必要なものだ」
追いついてきたサングラスの男が、淡々と告げる。その手には、見たこともない形状の、青く光る筒状のデバイスが握られていた。
「社会のため? 笑わせるな。俺をモルモットにするための言い訳だろ」
「……理解が早くて助かる」
男がデバイスを構える。
その瞬間、俺は**「男自身の視界」**にダイブした。
景色が反転する。
俺は、男の目を通して「追い詰められた自分」を見ている。
男の指がトリガーにかかる。その筋肉の収縮、神経の伝達、すべてが自分のことのようにわかる。
「そこだ!」
発射の0.1秒前。
俺は男の視界を強制的に「明度最大」に固定し、視神経に強烈な負荷をかけた。
「ぐっ、あああああ!」
男が目を押さえてうずくまる。
放たれた青い閃光は、俺の数センチ横を通り過ぎ、背後のコンクリート壁をドロドロに溶かした。
普通の武器じゃない。殺す気満々だ。
俺は男の脇をすり抜け、路地を脱出しようとした。
だが、出口を塞ぐように、一人の人影が立っていた。
グレーのパーカーのフードを深く被った、小柄な人物。
そいつは俺の方を見ようともせず、スマホをいじりながら言った。
「あんたのジャック、面白いけどノイズが多いよ。脳がパンクしちゃうよ?」
その声を聞いた瞬間、俺の視界が強制的に「真っ暗」になった。
どのジャックも繋がらない。自分の目さえも、何も映さない。
「……何をした」
「オフラインだよ、おじさん」
闇の中から、少女のような声が響いた。
俺の最大の武器である「視界」が、完全に奪われた。
つづく(第三話:暗闇のハッカー)




