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第一話:視界のジャック


 午前八時。満員電車の揺れに身を任せながら、俺――佐藤悟は、死んだ魚のような目で吊り革を掴んでいた。

 どこにでもある日常。どこにでもある社畜の朝。

 だが、俺の視界は、俺自身のものだけではない。

(……あー、前の車両、冷房効きすぎだな)

 瞬きをひとつ。

 俺の意識は、三つ前の車両の端に座っている「女子高生」の視界へと滑り込む。彼女の瞳を通して、車両の電光掲示板を確認する。遅延はなし。

 もう一度瞬き。

 次は、ホームの天井に設置された「監視カメラ」の視界だ。駅の階段付近に不審な連中がいないか、無意識にチェックする。

 これが俺の異能。

 半径五十メートル以内にいる「視覚を持つもの」なら、人間、動物、機械を問わず、その視界をジャックできる。

 世の中には異能者が溢れていると言われているが、名乗り出る馬鹿はいない。

 人より秀でた者は、まず妬まれ、次に恐れられ、最後に利用される。

 特に最近は、政府が「異能保護法」なんてお題目を掲げて、異能者をどこかへ連れ去っているという噂が絶えない。

 だから、俺は「普通」でいなければならない。

 定時に出社し、理不尽な上司に頭を下げ、コンビニ弁当を食べて寝る。その繰り返しが、俺の最大の防壁だ。

「……あ」

 不意に、ノイズが走った。

 何気なくジャックしていた、同じ車両の「誰か」の視界。

 その人物は、スマホを操作している。画面にはチャットアプリが開かれていた。

『ターゲット、三号車。ドア付近。グレーのスーツ』

 心臓が跳ねた。

 グレーのスーツ。三号車のドア付近。

 それは、今現在の俺の姿だ。

 俺は視界をジャックしたまま、そのスマホを持つ主を探す。

 斜め後ろ。黒いサングラスをかけた、ガタイのいい男。

 男の指が、画面をスクロールする。そこには、俺の履歴書にあるものと同じ顔写真――『佐藤悟:確保優先度A』という文字が踊っていた。

(……バレてる?)

 背筋に氷を押し当てられたような感覚。

 普通の社会人としての生活が、音を立てて崩れ始めた。

 電車が駅に滑り込む。プシューという排気音とともに、ドアが開く。

 俺は足をもたつかせながらも、ホームへと踏み出した。

 逃げなきゃならない。

 だが、どこへ?

 その時、俺の視界に、駅のホームの隅でこちらをじっと見つめる「野良猫」の目が映り込んだ。

 リンクを深める。

 悟の意識が、猫の四肢と同期する。

 人間には見えない隙間。

 圧倒的な瞬発力。

 俺は、サングラスの男が俺の肩を掴もうとした瞬間、猫のようなしなやかさでその手をすり抜けた。

「……悪いな。今日は有給休暇を取らせてもらう」

 独り言をこぼし、俺は雑踏の中へと駆け出した。

 普通の社会人は、今日、ここで死んだ。

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