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第三話:暗闇のハッカー

真っ暗だ。

 まぶたを開けているはずなのに、光の一片すら入ってこない。

 ジャックしていた動物たちのリンクも、物理的な自分の視神経も、すべてが分厚い鉛の壁で遮断されたような感覚。

(……いや、これは「見えない」んじゃない。脳に送られる視覚信号が、入り口で書き換えられてる!)

 俺は冷や汗を拭う余裕もなく、その場に膝をついた。

 視界を失うことが、これほどまでに恐ろしいとは思わなかった。平衡感覚が狂い、上下左右の概念が溶けていく。

「無理に繋ごうとしない方がいいよ。神経細胞がショートして、本当に一生お目にかかれなくなっちゃうから」

 すぐ近くで、少女の足音が響く。

 アスファルトを軽く叩く、スニーカーの乾いた音。

「……お前も、異能者か。視覚を封じる能力か?」

「外れ。あたしの能力は『情報の介入インターセプト』。あんたが外の世界から受け取るデータを、あたしというサーバー経由に変えただけ。今は『ブラックアウト』ってパケットを送り続けてるんだ」

 少女の声には、一切の緊張感がない。まるで放課後に友達と喋っているような軽やかさだ。

 

 俺は必死に耳を澄ませる。

 背後からは、先ほど目を焼いたサングラスの男たちが態勢を立て直そうとする呻き声。

 前方には、俺の脳をハッキングしている少女。

 

「佐藤悟。あんたの『視界ジャック』は、政府のデータベースで特級指定されてる。監視カメラを自由に操れる能力なんて、隠ぺい体質のあいつらにとっては一番の脅威だからね」

「……だから、消そうってのか」

「いいえ、逆。あんなお役所仕事の連中にあんたを渡すのはもったいない。だから――」

 その時、俺の暗闇の中に、一点の**「光」**が灯った。

 それは少女が解除したものではない。

 俺自身の意識が、極限状態の中で「視覚」以外の接続先を無理やりこじ開けたのだ。

(まだ……繋がる。目じゃなくていい、音でも、熱でもない……「電波」だ!)

 少女が手に持っているスマホ。そのフロントカメラが捉えている映像。

 彼女が介入しているのは俺の「脳」であって、周囲のデバイスまでを完全に支配しているわけではない。

 俺は意識を加速させ、少女のスマホの内部回路へと意識の断片を滑り込ませた。

 パッと、視界が戻った。

 

 それは、少女のスマホ画面に映し出された、彼女自身の顔だった。

 大きなヘッドホンを首にかけ、生意気そうに唇を尖らせた、まだ中学生に見えるほどの少女。

 彼女は、自分のスマホが俺に逆ジャックされたことに、まだ気づいていない。

「……見つけた」

 俺は少女の目を通さず、彼女のスマホ越しに、背後に立つ彼女の位置を特定した。

「えっ――」

 少女が目を見開く。

 俺は全速力で、闇の中を突き進んだ。視覚はスマホ経由の、わずか数インチのモニター越し。

 だが、それで十分だった。

 俺は少女の横をすり抜けざま、彼女の手からスマホをひったくった。

「返して! それがないと制御が……!」

 少女の叫びとともに、俺の脳を縛っていた暗闇が霧散した。

 本来の視界が戻ってくる。

 

 俺はスマホを路地のゴミ箱へ放り込み、そのまま壁の配管を伝って雑居ビルの屋上へと駆け上がった。

 背後で、再び男たちの怒号と、少女の「あーあ、逃げられた」という呆れた声が遠ざかっていく。

 屋上に立ち、荒い息を吐きながら街を見下ろした。

 平和に見えた街の至る所に、異能者たちの網が張り巡らされている。

 

「……普通の社会人は、今日で終わりか」

 俺はネクタイを緩め、それを夜の風に放り出した。

 ポケットの中で、俺のスマホが震える。

 表示されたのは、見知らぬ番号からのメッセージだった。

『ようこそ、裏側の世界へ。逃走経路をハックしておいたよ。おじさん。』

 送り主は、さっきの少女だろう。

 敵か味方か。それとも、もっと厄介な何かか。

 俺はジャックしたカラスの目を通して、自分の背後に迫る「次の影」を捉えていた。

つづく(第四話:監視社会の綻び)

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