第六話 懲りずに告ります
更に翌日。
僕らはまた椎名さんを呼び出していた。今度は僕が書いたラブレターだ。
ガイコツさんが椎名さんの後ろ、つまり僕からは見えて、椎名さんからは見えない位置に陣取っている。今回は彼がボードで指示するから、それを読んでくれとのことだったが。
「前回と筆跡が大分違う気がしたけど、気のせい?」
「え? あ、ああ……キノセイキノセイ」
開口一番のパンチに僕とガイコツさんはしどろもどろになった。
「まあいいや……後藤くん、昨日の話の続きって一体何かな?」
「えっと、それは……」
チラリと僕はガイコツさんのホワイトボードを見る。そして、それをそのまま言った。
「や、やっぱり諦めきれないんです。もう一度だけ告白させてください!」
やばい、読み上げソフトみたいな棒読みになった……でも、言うしかない、アレを!!
そして、その告白のセリフが、冒頭の奇怪な告白である。
告白を断られた後。
椎名さんが怪訝そうに眉をひそめる。おそらくめちゃくちゃ疑われている。
「えっと。何かな、罰ゲームか何か?」
そりゃそうだ、2日連続、しかも棒読みだったらそう考えるのが自然だ。
僕は全力で弁明を試みる。
「違います。断じてそんなことないんです。本当です。信じてください」
「そ、そう……? まあ、わかった」
口ではそう言っているが、目の奥に猜疑の光が宿っているし、八の字眉の困惑顔の裏には強張りが見えた。『ホントか? お?』と言いたげな、警戒心と苛立ち満載の表情である。
「それでも、ごめんなさい。あなたの思いの強さはわかったけど、それでもやっぱり、私、あなたと付き合うことはできないわ」
ぐっ……やはり、このタイミングでは二回目でも来るものがある。でも、ここで下がるわけには、諦めるわけにはいかない。
僕はガイコツさんのボードをチラリと見た。
「そうですか。理由を聞かせてもらっても? 好きな人がいるとかですか?」
「……まあ、そんなとこ」
椎名さんは、もういいでしょ、と言いたげな様子でクルリと向こうへ振り向いた。
「話はそれで終わりかな。じゃあね」
随分あっさりとした返事と共に、そそくさと彼女は去って行った。
「ほら、やっぱり。ガイコツさん、椎名さんには好きな人がいたんだよ。もう無理だよ、僕の恋オワコンだよ」
『昨日あんだけかっこいいこと言ったのに……』
昼休み。僕とガイコツさんは弁当を食べながら次の作戦会議をしていた。
「いやだってさ、強気に行ったところでさ、もう負け確やん。こっから俺が入れる保険ないよ」
『最近はそんな保険ビジネスあんの?』
「冗談だよ」
『照れ隠しという線は?』
「それはないだろ、あんなにあっさりしてたし」
冷え切ったコンソメスープのようなしょっぱい顔をしていた彼女が、実は僕のこと好きでした、なんて考えられない。
しかし、ガイコツさんは諦めない様子だ。またいつものように拳の上に顎を乗せて考えるポーズをしている。
そして、指パッチンのような動作の後に、いそいそと文字を書いてみせた。
『そもそも本当に好きな人いるのかな?』
「どういうこと? 告白を断るための都合のいい理由ってこと?」
そう問うと、ガイコツさんは縦に首を振る。
「なんでそう思ったの?」
僕が根拠を聞くと、ガイコツさんは『勘』と返してきた。
「……頼り甲斐あるぜ」
僕がじとっと冷めたような視線と共にため息を吐くと、ガイコツさんは慌てて付け足してきた。
『僕の場合がそうだった』
「いや、椎名さんとガイコツさんが告白した人は違うでしょ」
何言ってんの? とキレ気味で返すと、ガイコツさんは首を傾げながら、新しい文を見せてきた。
『そうなんだけど』
ボードを裏返す。
『でも、なんとなく似ている気がする』
「……まあ、たまたまそうかもしれないけどさ」
『特に苗字』
……根拠が薄いよ、ガイコツさん。
「それで……また今日も呼び出したの? さすがに驚いたよ。3日連続なんて」
椎名さんは不機嫌そうな顔を僕に向ける。
そりゃそうだ。好きでもない相手に昼休みに3日連続で校庭に呼び出されたら、どんだけ未練がましいんだと思われても仕方がない。
それでも必要なことだった。僕がガイコツさんの言っていた通りなのかを確かめるためには、どうしても聞かなきゃいけないことがあるからだ。
椎名さんはうるさいキャッチセールスに捕まっているかのような面倒くささを露骨に出しながら、こう聞いた。
「それで、一体何の用なの? 手短に済ませてくれると助かるんだけど」
「すみません、一つだけ聞きたかったんです。僕を……僕を振った理由」
「だから言ったでしょ。好きな人がいるんだって」
「それ、本当ですか?」
そう言うと、椎名さんはピクッと眉を動かす。
やっぱり、ガイコツさんの言う通りなのか? 彼女の「好きな人がいる」という言い訳は、僕を体よく断るため、諦めさせるためのでっちあげなのか?
ここまできたら、追及してみるしかない。
「……本当の理由を聞かせてください」
椎名さんはバツが悪そうに、俯きながら両手を後ろに回し、片足をフラフラとブランコのように揺らす。
視線を桜へと目を向けた。12月の桜はすっかり葉を散らし、寂しく枝だけが残っている。
しばらくすると、彼女はため息をつき、再び僕の方に顔を向けた。
「……嘘言ってごめん。正直なことを言うとね、私、あまり人と付き合うということに対して興味がないの。そう言っても誰も信じてくれないし、猛烈にアタックされたり『友達から』とか言って食い下がってくるから、好きな人がいるって言って断ってきたの。そう言ったら大抵の人は諦めるからって、おばあちゃんが言っててさ」
「……いいアドバイスですね」
「ご、ごめんってば」
申し訳なさそうにしている椎名さんを見ると、本当に鬱陶しかったんだな、とわかる。それを責める気にはなれない。いわゆる美人の悩みってやつなんだろう。それの自衛手段として、なんら間違ってはない。ナンパ対策の指輪、男除けの彼氏のようなものだ。
ここまでは聞き出せたが……ガイコツさん、ここからどうするんだ。昨日と同じ場所にスタンバっているガイコツさんを、チラリと見る。
『告れ』
いやいや、この状況で告ったら余計悪印象だろ……でも「じゃあ友達から」というルートはまずダメだし。
そう思っていると、またガイコツさんのボードが目に入った。
『押せ!!』
ええ……。
でも確かに、このまま聞き分けよく引き下がったら、僕はその他有象無象のモブとなんら変わりない存在になってしまう。それにこの機を逃したら、椎名さんはもう来てくれなくなるだろう。
やはり、押すしかない。
僕は彼女の目をしっかりと見つめる。ひと呼吸整え、腹に力を入れて、肺から空気を全力で押し出した。
「僕……でもやっぱり、あなたのことは諦めきれないんです!!」
「気持ちは嬉しいけどね……」
椎名さんは腰に手を置いて顔をうつむかせる。明らかに困っている様子だ。きっと、こういう状況にも何度も遭遇してきたのだろう。
そしてその度に諦めさせる術を考えさせられたのだろう。
まずい……今、彼女の頭の中は「どう断れば、もう二度と告白されずに済むか」という考えで一杯だ。
かといって、僕がこの場で何を言っても多分逆効果だ。
八方塞がりである。現状の打開のしようがない……。本当に、ここまでか。
手に顎を乗せて悩んでいた彼女は、何かに気づいたように声を漏らすと、僕に向き直った。
まずい、彼女の中で考えがまとまったみたいだ……時間切れか。
彼女が口を開く。
「後藤くん、私は────」
「そこの君」
キリリとした凛々しい声が校舎裏に響き渡る。




