第五話 アイアムショッッッッックド!! に決まってるさ
次の日、昼休み。僕はガイコツさんにガン詰めしていた。
「何してくれたんだよ。恋愛テクニックもクソもないじゃないか。ただ振られただけじゃん」
僕はうなだれていた。
「あー、もう終わっちゃったよ、僕の恋。何してくれてんだよ、ホント。それに学校中の噂だよ。どこから漏れたのか知らないけどさ。クラス女子とかにヒソヒソ噂されてたし。なんならクラス違う女子からもなんか視線感じたしさぁ〜」
とブツブツ言っていると、ガイコツさんはまたボードに文字を見せてきた。
『めげるな、1回振られただけだ』
「いや、1回振られたらもうアウトだろ」
そう言うとガイコツさんは首をブンブンと振る。
『OKされるまで告り続けろ』
「……まさか、それが口説くコツだとか言わないよね?」
ガイコツさんは首をブンブンと縦に振る。……マジか。こんなしょうもないアドバイスのために、俺は勇気を固めたのか……。
確かに、OKされるまで告白し続けたら成功確率は100%になるだろうけどさ……OKされる確率が0%じゃなければな!!
それに、そもそもの話。
「その告白回数は無限理論ってさ、そもそも告白の呼び出しした時に、相手が告白の場に現れてくれなくなったら、普通にそれで終わるよね? そこんとこどうなの?」
そう言うと、ガイコツさんは固まってしまった。
「……まさか、考えてなかったの?」
そう言うと、ガイコツさんはブルブルと震える手で、
『そんなことは起きない』
とガッタガタの文字を書く。その顔はそっぽ向いている。
「いや、そう『そんなことがない』って言われてもさ、確証なんてないでしょ。顔見てちゃんと言ってよ。そもそもガイコツさんって椎名さんのこと、どれぐらい知ってんの?」
ガイコツさんは、またカタカタと震えた手で答えを返してきた。
『全く知らない』
その文字は目を細めないと見えないぐらい異様に小さい。
なんだコイツ。
僕は今、このガイコツを師にしたことを後悔していた。
ガイコツさんは勢いで押さんとばかりに、グイと僕にボードを見せつける。
『とにかく明日も告白あるのみ』
僕はそれをチラリと見た。そして、首を曲げて視界からガイコツさんを消した。
僕は、視線の逃げ先に千刺桜を選ぶ。校舎の壁にもたれ掛かり、枝の先から見える空をボンヤリと見つめた。
ガイコツさんの方から、カチャカチャ、キュッキュッと音がする。きっと、ホワイトボードと油性ペン、クリーナーを持って、精一杯の励ましの言葉か何かを考えているのだろう。でも、それを見る気にはなれない。
僕は震えたため息をつく。パチパチ、パチパチと僕の瞬きの頻度が上がってゆく。
こんなこと言ったら、それを流したらダメだ……でも。そうわかっていても。自分の情けなさを恥じながらも。
もう僕の口は、心は止まらなかった。
「やだよ……これ以上僕も振られたくないよ」
そして、僕は校舎の壁を伝うように、背中をズルズルと落とす。その場に蹲るように座り込んだ。
昨日の告白から今日まで、24時間堰き止めていたものが溢れた。
もう終わったんだよ、僕の初恋は。僕の初恋は……終わったんだよ。
僕に明日も玉砕する覚悟はない。
仮に、告白の成功率が0%じゃなかったとしても。0.1%でも可能性があって、100日後に100回、101回目に告白がOKされるとしても、僕はその100回までを耐えられるほどの心の強さを持ち合わせていない。
100回、振られて傷ついて。100回噂されて。100回馬鹿にされた視線感じて。100回校内中の笑い者にされて。
それに耐えられるほど、僕の精神は太くない。僕の精神は0.3mmのシャーペンの芯のように脆いのだ。
もしそうじゃなかったら、もし耐えられるだけ僕の心が東京スカイツリーの鉄骨並みに強かったら、そもそも告白する以前から想いを拗らせてなんかいない。
「はぁ……間違ったなぁ……」
僕は校舎に背をもたれる形でうずくまった。
我ながら情けない。叶わないとわかっていたのに。勝手に0%の告白に夢見ちゃったって、ただ、それだけなのに。やはり目の前で断られるとなぁ……。
目の前がシャバシャバの水で書いた水彩画のようにぼやける。風邪を引いていないのに、鼻の奥から鼻水が滲んできた。
……やっぱり僕はどうしようもないな。垂れてきた水が口に入って、しょっぱい。
ガイコツさんが、うずくまった僕の隣にそっと座ってきた。
ボードをさっと僕の目の前に差し出した。
なんでこんな時まで喋らないんだよ。お前に取って今は大事じゃないのか?
……そうか、そうだよな、お前にとっては俺は都合のいいおもちゃだもんな。口車にまんまと乗って、しょうもないアドバイスに身を委ねた、馬鹿者だもんな。
そう思うと、胸が熱い。身体が熱っている。腕に余計な力が入ってプルプルする。息が、運動もしていないのに荒くなる。
こんなボード、取り上げて叩き割ってやろうか。
そう思って、僕は涙を拭った。
その目に、3文字が眼に写る。
『ごめん』
僕は、ばっと顔を上げてガイコツさんの顔を見た。表情筋もなく、読み取る感情も何もない。だがその顔は、間違いなく心から申し訳なさを思っている顔だった。
ガイコツさんは再びボードに文字を書く。
『君に負担を強いた』
ガイコツさんの手は止まらない。
『昔と今とじゃ、やり方が違う』
油性ペンの筆先が、ボードを伝う音が静かに響く。
『僕には昔のやり方しかわからない』
その音は、止まらない。
『だけど、それが正しいから、それしかないからって』
ガイコツさんは、僕の目を見ながら、文字を書き続ける。
『君が傷つくことを考えなかった』
ガイコツさんが、頭を下げた。
僕は、その姿をまじまじと見る。
両足を正座に揃え、細い両手を地につけていた。頭蓋骨の頂点が、僕の視界に映った。
その中身はきっと空っぽだろうが、それでもその中に詰まっているものは、とてもよく見えた。
見えない顔は、ふざけて調子に乗っている時と同じ顔だろうが、それが同じ顔ではないこと、そしてその顔が一体何を表現しているのかは、人の謝罪顔よりもはっきりと、髄まで見えた。
ごめん。
彼の今の想いが、文字通り骨の髄まで伝わった。
そして、僕は、口をゆっくりと開いた。
「なぁ……」
ガイコツさんはその声に顔を上げる。
「なんでガイコツさんは、そこまで、僕の恋を応援しようと、思ったの? やっぱり記憶を、思い出すため?」
泣きじゃくりのせいで、しゃっくりのように、呂律がうまく回らない。
僕の言葉を聞くと、ガイコツさんは遠くを見つめる。視線の先には、この校舎の奥の、紅道山があった。ガイコツさんは暫くそうした後、ホワイトボードに文字を書き出す。
『思い出したことがある』
「何?」
『ここで告白した』
「例の、口説き落としたっていう、女の人に?」
ガイコツさんはこくりと頷く。
「もしかして、それが昨日、僕を見ていたら思い出しそうになったっていう記憶?」
ガイコツさんはまた頷いた。
そういえば、ガイコツさんが女の人を口説き落としたって話は聞いていたが、そこから先の話は全然聞いてなかったな。
「その後、付き合ったんだよな? どんぐらい続いたんだ?」
僕がそう聞くと、骸骨は首を振った。
「え、なに。付き合えなかったの? あれ嘘ついてたのか? 見栄張ってたの?」
ガイコツさんはまた首を振る。
「じゃあ付き合えたってこと?」
それにもまた首を振る。
「なら、一体どういうことだよ?」
『わからない』
ボードから返ってきた文字はそれだった。
「……もしかして、それについては思い出せてない?」
ガイコツさんがブンブンと勢いよく首を縦に振った。
『相手の名前も、顔も思い出せない』
「そっか……」
それも当然か。自分の名前が思い出せないのだ。相手の名前も思い出せなくてもおかしくはない。
僕が反応に困っていると、ガイコツさんは再びボードに文字を書く。
『よくわからないけど』
ガイコツさんは躊躇しながら、ボードを見せた。
『僕が成仏できず、骨になっているのは、それが原因な気がする』
「……もしかして、僕を見て思い出しそうになったっていう恋愛の記憶が、直接未練に繋がってるってこと?
だから、僕を通じて自分の記憶と、そして成仏のための未練を探そうとしたってこと?」
しかし、ガイコツさんは困ったように首をかしげた。悩みに悩んで書いた文字は
『それもある』
だった。「それって────!」僕が口を開こうとした時、ガイコツさんがボードをひっくり返した。
『でも』
「……でも、何?」
『一番は、君の恋を応援したかったから』
ガイコツさんはそう書いた。それを滲んだ目で見た僕は────目を閉じる。
荒ぶる呼吸を、深呼吸で無理やり整える。涙をグシグシと袖で荒くぬぐい、ズズっと鼻水を吸い込んだ。
フウゥッー。
一口、息を漏らす。
僕は、ガイコツさんから顔を逸らし、ガイコツさんがさっき見ていた、紅道山の方に顔を向けた。そして、声が上擦らないよう、喉が上らないよう押さえつけながら、いつものトーンを演出した。
「あー、わかったよ」
ガイコツさんは僕の横顔を見つめる。
僕は、独白のように話し続けた。
「確かにガイコツさんは、強引だった。時代遅れの根性主義で、無理やり僕を告白させた。それはよくないと思う」
ガイコツさんは露骨に肩を落とす。
「でも、それはガイコツさんが、僕を思ってのことだし、何よりも、多分こうやって無理やり背中を押されなかったら、意気地なしな僕はきっと、いつまでも告白せずにウジウジしてたと思う……だから」
一度息を大きく吸って、呼吸を整える。そして、また口を開いた。
「しょうがないから、乗ってやる。僕と椎名さんが付き合えるまで、その未練を晴らすの手伝ってあげるよ。ギブアンドテイクってやつだ。それでいいだろ?」
動かずに呆然としているガイコツさんに顔を向けて、僕は喋った。
「……むしろ最近は『一周回って新しい』なんてことはよくあるからな。昭和風の告白スタイルが現代の今じゃ逆に珍しくて、成功確率も高いかもしれないし」
骸骨は眼孔をキラキラとさせていた。
「だから、さ」
僕もガイコツさんを見つめた。
同時に僕は、ガイコツさんを見つめる僕を見つめていた。
「何度だって、恥かいたって……やってやるさ。椎名さんと付き合えるまでな」
そして、僕は一呼吸おいて、目を伏せがちにこう言った。
「あと……さっきはごめん。ガイコツさんに八つ当たりしちゃって。僕が不甲斐ないだけなのにさ」
気まずさに伏せていた目に、ガイコツさんから差し出された右手が映った。
僕は顔を上げる。
僕はガイコツさんの顔を見る。そして、自ずとガイコツさんに右手を出していた。ガイコツさんはそれに合わせて、右手で僕の手をぎゅっと握り返す。
「……骨が食い込んで痛いよ」
僕は赤く腫れた目を擦ってクスッと笑う。ガイコツさんは……口をカッと開けていた……笑っている、多分?
「さて、じゃあ……」
僕は目元をゴシゴシ擦ってから、ガイコツさんにこう言う。
「さて、僕は次何したらいいんですかね? 師匠」
ガイコツさんは嬉しいと言いたげにウキウキとした手つきで次の文字を書いた。
『明日も告白』
「ガチですか……」
僕はため息混じりの笑いをしながら「わかったよ」と返事をした。




