第四話 いきなり告白ですか? 正気ですか?
『その口説きテクニック、欲しくはないかい?』
「……もしかして、さっき思い出せそうになったって言うのはそのこと?」
骸骨はガチャガチャと激しく首を縦に揺らす。
なるほど。つまり、片思いをしている僕を見て骸骨は昔の恋愛の記憶を思い出しそうになった、と。
きっと、僕の姿とこの骸骨が生きている時の姿が重なったんだろう。
それにしても、学年1の美女を落とした口説きテクか…………少し、ちょっと気になるな。いや、ほんの少しね。使う機会ないけど。
「……本当なんですか、それ?」
そう聞くと骸骨は、パアッと顔を上げて見せた。食いつきに喜んでいるのだろうか? またホワイトボードを見せてきた。今度は自信満々そうな、大きな文字だ。
『この心臓にかけて言える』
骸骨は自分の胸あたりをビシッと親指で差した。
「いや、心臓ねーだろ!」
僕は骸骨の頭をひっぱたく。カラカラカラカラと頭がメトロノームのように左右に揺れた。
僕は大きくため息をついた。
「でも、やっぱいいです」
骸骨は首を傾げる。
「なんでかって? ……シンプルだよ。自分がその人と釣り合わないから。
例え口説くためのスキルを持ったところで、冴えない僕なんかが彼女と付き合ったら、彼女に迷惑だし。それに、僕の恋の相手は校内中に人気でさ。いわゆる学校のアイドル。そんな人に僕なんかが告白したって話がバレたら、校内中の笑い者だよ」
口早に僕は言い訳を捲し立てた。
椎名雪は僕のクラスメイトだ。こう言うと、結構関係性があるように聞こえるが、実際はそんなことはない。別に接点はないし、会話もしない。
それに、何よりも立場が違いすぎる。
才色兼備で家柄もよく、教師からの評判も良い。家で勉学、料理から護身術まで一通り教育されているそうで、なんでも卒なくこなす。男女、運動部と文化部、陽気な人、内気な人、ありとあらゆる属性の人から信用、信頼され、愛されている。当然男女どちらからは関係なく告白されるのなんて日常茶飯事で、生徒会長や学年模試1位の秀才からも告白されている。まさに学校のマドンナだ。
片や僕はどこにでもいる量産型のモブ。成績普通、運動センス悪め、特技なし。生物部に入ってるから、生物のテストでちょっと人よりいい点数取ってるぐらいしか取り柄がない。
強いて言えば、この言い訳する技術と自分を卑下することくらいだ。僕の特技なんて。
そう言う僕の目を、ぽっかりと穴の空いた骸骨の眼孔がじっと見ている。
「そういうことだから」
その目が少し怖くなった僕は、くるっと後ろを振り向いてテクテクと歩き出した。
しかし、5本の骨が、僕の右肩を、今度はしっかりと、そして優しく掴んだ。
振り向くと、文字が書かれたホワイトボードを左手に持っていた。
『怖いことから逃げても、何も残らないよ』
「……」
僕は何も言えなかった。そして、骸骨はホワイトボードを裏返す。
『成功も、失敗も』
それを見せると、骸骨はまた文字を書いて見せた。
『心を残すな』
先程までのおちゃらけた時と変わらないはずなのに、その文字を見せる骸骨の表情は、些か鋭く、そして重く見えた。しかし、そこには優しさも見える気がした。
僕は骸骨の顔から目を逸らして俯いた。
「でも……」
ぎゅっと拳を握りしめた僕を見て、骸骨はさらに文字を連ねた。
『世の中には沢山のことわざがある』
骸骨はキュキュッと文字を消して、更に書き連ねる。
『やって後悔することを肯定するものはあるけど』
そして、ボードをくるりとひっくり返す。
『やらずに後悔することを褒めることわざは、一つとしてない』
僕は…………。僕は、両目を閉じた。目の奥に浮かぶのは、一人の同級生の姿。
一度、深く深呼吸をする。背をのけぞらせ、両腕を空に突き出しながら顔を上げて、横隔膜を限界までギリリと押し下げる。口を閉じて息をグッと閉じ込めながら、じっと、曇り混じりの空の中にある青を目一杯に見つめる。
ギリギリまで息を体に封じ込めた後、フゥッ、とそれを思いっきり吐き出した。
両手でパン! と頬を叩く。
僕は、真っ直ぐに骸骨の顔を見る。
「話すよ」
「今までずっと好きでした! 付き合ってください!」
「ありがとう……でも、ごめんなさい」
振られた。
このシチュエーション、傍から見たらこの恋愛劇のクライマックスに見えるだろう。でも実際はそんなことない。
腕時計を取りに行った翌日の、ノープラン告白である。
そんなものがクライマックスであってたまるか。泣きたいのはこっちだ。
「ほんとに大丈夫なの、ガイコツさん?」
『大丈夫』
不安を吐露する僕に対し、ガイコツさんはニパっと笑うように口を開いて、自信満々にホワイトボードを見せつけた。
ガイコツさんというのは呼び名である。本人が自分の名前を覚えていないと言ったので、とりあえずガイコツさんにした。
ガイコツさんに自分の恋バナをした、翌日。ガイコツさんは僕の好きな人の詳細を聞くと、満足そうに頷き、
『あとは任せて』
と書いて、そのまま僕を突き返してしまった。
その翌日。昼休みに校舎裏に来たら、ガイコツさんがホワイトボードでこう伝えてきた。
『君名義のラブレターを椎名さんの下駄箱に入れた』
「は? ちょ、え?! 作戦は?」
ガイコツさんはクルリとボードを裏返す。
『頑張れ』
あまりにも急すぎる。早すぎる。雑すぎる。
「早いって! ガイコツさん、何勝手なことしてくれてんだよ! 第一、勝手にラブレター書かないでよ」
『心残りはダメだって言っただろ』
「タイミング早すぎなんだよ! こんな作戦もクソもない状態で告白なんてしたら逆に後悔しまくりだろうが! 心残りまくるよ! 99.99%残るよ!」
捲し立てていると、ガイコツさんがまたホワイトボードを見せてきた。
『なら、いつやるの?』
「そ、それは……」
『今でしょ!!』
「それのトレンドは今じゃないけど」
もう旬は過ぎたよ、と言うとガイコツさんはがっくりと首を落とした。
僕は咳払いして、話を戻した。
「と、というか、そもそも筆跡とかでバレなかったの? 俺の文字と全然違うでしょ」
『頻繁に文章見せることがあるほど仲良いの?』
「……ない」
……正論で返された。酷い。確かにそうなんだけどさ。
確かに「いつかやろ〜」と思って先延ばしにしてたのは事実だ。だが、それにしても早すぎる。
でも、今から取り消す時間はない。
そして今、仕方なくノープラン告白に至るというわけだ。
そりゃ「ごめんなさい」の6文字が返ってくるのは必然である。知ってたよ。
……ワンチャン0%か、0.001%ぐらいの確率で相手が僕のこと好きなんじゃないかという無駄な期待をしていたが。
そんなことがあるわけない。というわけで、僕は早速振られた。




