第二話 誰なんですかアナタ
ヒッ、なんか音がした。……うん、枝が折れた音だな。猫でもいるんだろ。
突拍子もない噂だよほんと。突拍子もない噂なのだが、それはそれとして寒くて震えてきたので僕はさっさと生物室に入った……うん。全くなんだってこんなタイミングであの噂のこと思い出しちゃうかな……。
僕はこの話をした部活の奴らをちょっと恨んだ。
僕は窓をカラカラと開けた。靴を適当にほっぽり投げて、右足の足の裏をサッシに引っ掛け、そのまま体を押し込むように生物室に入った。
生物室には、黒く大きく無機質な実験卓が、所狭しと並んでいる。
確か腕時計を置いていった場所は、向こう側、つまり生物室のドア側の机だったはず。
僕は実験卓の間を縫うように、靴下の滑らかさを駆使して、止まることなく、転げるように走った。
ブレーキをかけるように机にしがみつく。ちょこんと端に置いてあった腕時計を奪い取るようにひっ掴み、ポケットにガサツにねじ込む。
そして僕は、後ろを振り返らないように、ただひたすら、何も余計なものは見ないように、開けた窓に向かって全力で走った。
飛び降りるように窓から出た。置いた靴のかかとを踏んづけて、つま先を奥に押し込んだ。がしかし、手が震えてうまく踵が収まらない。僕は千刺桜を背にしてしゃがみ、靴の踵に指を突っ込んだ。ジリジリと燃え尽きかけた電灯の悲鳴が余計に僕を焦らせてくる。
い、いや、あれは噂! 単なる噂だから! 気にするな気にするな……と心の中で唱え続ける。こういうホラーものは意識したら負けだ。
しかし、向こう側にとっては、そんなことはお構いなしらしい。
カチャリ。
空を噛み砕くような乾いた骨音。骸。骸骨。死骸。
それを彷彿とさせるカチャリ……カチャリ……という音が、段々と、そして確実に僕の方へと近づいてきていた。
僕は息を呑み込んだ。
……見ちゃだめだ。走るぞ。
そう決心し、薄目で立ち上がったその時、消えていた電灯がカッと再び光る。
窓の反射。それが映し出したのは、まさしく……
「キャーーーーーッッッッッ!!」
叫んだ。そしてそのまま倒れた………………骸骨が。
地面に骨がバラバラに飛び散る。
……いやお前が倒れるんかい。
翌日。僕は再びその校舎裏に来ていた。昨日、骸骨に出会った後のことはよく覚えていない。気づいたら最寄駅の目の前にいた。
だが、びっくりして腕時計をその場にほっぽり出して走り去ってしまうぐらいには焦っていたのだろう。
もうあそこには近づかないと決めたのになぁ……。
ちょっとやそっとのものだったらほったらかしでもいいのだが。僕の腕時計はちょっと奮発して買った、値が張るものだし流石に放置はしたくない。
残念ながら、数少ない僕の友達……伊藤と皆川、東方には全員振られてしまったし。
は? 幽霊が出たって? 知らん知らん
キョーミないね。めんどい。
やだ、面倒でござる。
だるい。めんどい。なんか奢ってくれるならええぞ。
……薄情者たちめ。
覚悟を決めて、さっさと取りに行くしかない。行くんだったら昼の今だ。
そう思い立ち、僕は今、昼休みにわざわざここまで来たのだ。
校舎裏への曲がり角の目の前。僕は立ち止まって呼吸を整える。
頼む……何もいませんように! もしくはあのままバラバラであってくれますように!
しかし、さもありなんという形で待ち受けていた骸骨。
……いたのね。
桜の木の下に骸骨はいた。その手には腕時計が握りしめられている。
「スゥー」
一旦曲がり角前に戻る。
夜じゃないから昨日ほどは怖くないけど、それでもやっぱり息が乱れるぐらいには怖い。
もう一回ロードしたら消えててくんないかな……無理か、ゲームじゃあるまいし。
とりあえず様子見でチラリと角から裏を覗いた。
骸骨は目の前に立っていた。
「……ど、どうも〜へへっ」
「……カチャ」
沈黙5分。骸骨は一向に動かない。
「あ、あの〜」
僕は骸骨に話かけた。骸骨は
「カチャカチャカチャガチャ」
と顎を動かすだけだ。たまに頭蓋骨を傾げる。
怖い。一挙手一投足、何がコイツの琴線に触れるか分からん。コイツってそもそも感情あるのか?
しばらく呆然としていると、ガチャガチャと骸骨は、あっ、と気づいたようにポンと手を叩くと、どこからかホワイトボードを取り出す。いや、ほんとどこにそんなのしまうスペースあったんだよ。
ポンッと油性ペンの蓋を外し、キュキューッと何かを書き出した。僕は目の前に出されたホワイトボードの手書きの雑な文字を読んだ。
「なになに……お、と、し、も、の、だ、よ?」
『落とし物だよ』
そして、骸骨は腕時計を僕に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
なんだ、ただの親切な骸骨だったのか。……親切な骸骨ってなんだ?
まあいいや。とにかく、用は終わった。
「じゃ、じゃあ僕はこれで」
そそくさと帰ろうとした時、骸骨がガシッと肩を掴んできた。
……もしかして、終わった?
僕はギギギギとぎこちなく振り向いた。
『少し、話したい』
そこには、そう書かれていたボードを持った骸骨。骸骨は
『昨日は、ビックリしてお話しできなかったから』
と続ける。
「びっくりって……何にですか?」
『自分に』
……もしかして、この骸骨……。
「……あのとき、もしかして窓に映り込んだ自分の骸骨姿に驚いて気絶したってことですか?」
骸骨は恥ずかしい、とでも言うように手を後ろにやる。
……なんか、怖がってるのがバカらしくなってきたな。
僕は一気に膝とかの全身に入ってた強張りが抜けた。
『敬語じゃなくていいよ
むしろタメ口でよろしく』
と骸骨は返してきた。
「そうですか……じゃなくてそうか」
緊張が抜けたことで、僕の頭の中で溜まっていた疑問が一気に溢れてきた。
「ところで今思ったことがあるんだけど……最初出会った時叫んでたじゃん。なんで今は喋らないの?」
『大事なシーン以外は叫ばない』
「なんで?」
『省エネ』
省エネ? 環境に配慮でもしてるのかこの骸骨?
『この体維持するのにもエネルギーが掛かる
浪費はできない』
エネルギー……霊力的なやつだろうか?
『だから、いざって時しか喋らない』
「いざって時って何?」
『いざって時は大事なシーン』
「そうか……今、この場は大事じゃないんだな?」
『もっと大事な時には喋る』
「じゃあ昨日のあの時は?」
骸骨は悩むように頭を傾げ、しばらくしてこう書いてきた。
『つい漏れた』
……漏れたって……そんなオシッコじゃないんだからさ。
いや、それ以外にも聞きたいことが山ほどある。一旦ツッコミは置いとこう。
「君って、何者なの?」




