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桜は千度刺す  作者: アフロヘッド


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第一話 なぜ骸骨に恋愛指導をされているんだ俺は

 満開の桜。桜吹雪。山の斜面。山の土が露出した、両隣から吹きつける桜吹雪の中。

 それは、ガチャガチャと音を立てて走っていた。鎖骨がポロリと外れようとも、椎骨がいつ崩れてもおかしくないほど、ぐちゃぐちゃになろうとも。

 崩れかけの体に脇目も振らず、それは──骸骨は、ただひたすら地面を蹴り上げ、カチャカチャと乾いた足音を響かせ、ただ山頂へとひたすらに走り続けていた。

 待たせている、あの人のために。

 ────これは、恋に命を懸けた大馬鹿野郎どもの物語である。

 










「あ、あの……ずっと前から好きでした。付き合ってください!」

 縮れた雲の白色が混ざる、薄い青色。12月の空の下、木々に囲まれ鬱蒼とした校舎裏にて、僕、後藤緋炉は告白していた。

 相手は答える代わりに首を横に振る。

「じゃあ、じゃあ友達からでも……」

そのセリフの直後に、平手打ちが飛ぶ。

「ぐへっ……ぶつことないだろ!!」

 僕は、今ビンタしてきた相手を、告白した相手をマジマジと見つめた。白く細い手、スラリとした華奢な体。

 そして剥き出しの肋骨、歯がむき出しの顎、ぽっかりと開いた眼孔……

 平手打ちの相手、僕が今振られた相手は、骸骨である。僕は今、たった今、骸骨に告白して骸骨に振られたのだ。

 さて。このシチュエーションは一体なんなのか? 傍から見たら奇譚のそれに引けを取らないぐらい奇怪なものだろう。

 告白の練習中である。別に僕がこの骸骨に恋をしたわけではない。

 骸骨は手元からタブレットサイズのホワイトボードを出し、油性マーカーペンの蓋をポンと外した。そしてホワイトボードに向かって、キュキュッと文字を書き上げる。

そこには『プロポーズの言葉がありふれてる』と書かれていた。

「あのさ……」

 僕はボードを持っている骸骨に向かってため息をつく。

「喋ってよガイコツさん。いちいちボードに書いてるの待つの面倒なんだけど」

 僕の苦言に対し、目の前の骸骨はペンを持ったまま、悩むように顎に手を当てる。

『省エネ』

と言う返事が返ってきた。

『大事なとき以外は喋らない』

「それ前も言ってたけど……だから大事なシーンってなんなんだよ」

『大事なシーンは大事なシーン』

「そうか……今、この場は大事じゃないんだな?」

 そう言うと、骸骨はそっぽを向いた。なんか言えよ。

 まあいいや。

 僕は気を取り直して、目の前の骸骨に尋ねる。

「プロポーズがありふれてるっていうんだったら、どうすればいいんだよ?」

それを聞くと骸骨は、またボードに文字を書く。……え、マジで言ってんのこれ? 

 僕はガイコツさんの顔をチラリと見る。ガイコツさんはつぶらな瞳……が入ってそうな眼孔を僕にまじまじとむけていた。『やれ』ってことか……マジか。





「何かな? 後藤くん」

「椎名さん……あ、あなたのカルシウムたっぷりの骨が大好きです! 付き合ってください!」

「……独特なプロポーズですね。お断りです」

 ちくしょうクソ骸骨め‼︎

 僕は顔をバッと冬空に向けた。

 告白の練習の後。たった今、僕は練習の成果を発揮した。効果は抜群だ……涙が浮かんでるよ、ほら。

 全く……なんでこんなことになったんだろうか僕は。

 このクソ骸骨との経緯が頭に浮かぶ。

 視線の先には一人の女子。

 学校のマドンナ、椎名雪さんである。細くおっとりとした目、ツンと立った鼻、キュッとあがった口角。狐を思わせるような、大和美人という言葉がお似合いの面持ちと、お淑やかな性格を併せ持つ彼女は、男女問わず人気である。

 生物部の帰り、僕は下校中の彼女を廊下の窓から眺めて、ため息を吐くしかなかった。

 全く……なんでこんな叶わない恋なんてしちゃったかな。どうせ付き合えないというのに、なぜこんなにも彼女の仕草が気になってしまうのか。

 ……さっさと帰ろ。

 沼地を歩くように足を引きずって昇降口に入り、上靴を脱ぐ。

「おーい後藤〜!」

そのとき、部活の顧問が呼びかけてきた。

「はるか先生、どうしたんですか?」

生物教師で生物部の顧問、早乙女はるか先生だ。名字で呼ばれるのが嫌だとかで生徒には名前で呼ばせている珍しい先生だ。早乙女先生は教職に就いて2年目の若い先生だから、そういう振る舞いも年相応と言えばそうなのかもしれないが。

 だが、僕はどうしても名前呼びになれないので、心の中では早乙女先生と呼んでいる。

「生物室から帰ってきたところ申し訳ないんだが、ちょっとまた生物室にきてくれんか? 資料を運びたくてね〜」

「ええ〜……」

「ちょっと男手が欲しいんじゃい」

ため息をつきながら僕は靴を脱ぐ手を止めて、先生の後をついていく。

「まったく……僕じゃなくても、男手が欲しいっていうなら男の先生頼ればいいんじゃないですか?」

「文句言うない……他の先生いま捕まらなかったの。

 そ、れ、に……廃部の予定だった生物部を存続させてやったのは誰のおかげだったかのう〜? ん?」

僕の頬をブスブスと人差し指で刺す早乙女先生。これだからウザい。

「はいはい、わかりましたよ……」

「ま、そんな文句言ってもどうせ手伝うつもりだったんだろ? 

 私にはわかるぞ。この優男め〜、照れんなよ」

「帰りますよ?」

 後ろで「悪かったってぇ〜冗談だってばぁ〜」と喋っている早乙女先生を置いて、スタスタと前を早歩きで歩いていく。本当に変わった人だ。




 いかん、遅くなってしまった。

 夜の七時半か……外はすっかり真っ暗だ。しかも12月の夜の七時半……外気が肌に突き刺さるように寒い。

 下駄箱で靴を履き替えて校舎の外に出た。

 僕は左手にあるチロルチョコを見つめる。顧問から握らされた、手伝いのお礼のお菓子だ。いくら大人気のきな粉餅味とはいえ、2時間半の労働には全く割に合わない。だがまあ、仕方あるまい。

 そんなことを考えて手を見つめていると、ふと気づいた。腕時計がない。

「あ、やべ」

思い出した。生物室に物を運ぶときに邪魔だからって、机の上に外して置いといたんだった。

「今からあそこ戻るのか……」

 生物室は昇降口から行くにはちょっと遠い。しかも、もう外靴に履き替えちゃったのにわざわざもう一回上靴に履き替えて生物室に行くのは手間だ。下校時間もとっくに過ぎて廊下は真っ暗だ。

「……裏道使うか」

 生物室は下駄箱から行くのはちょっと遠いが、校舎の裏側を通ればだいぶ時短できるのだ。僕はコレを裏道と呼んでいる。

 しかも、実は生物室の校舎裏側の窓の鍵は壊れていて、常に鍵がかかっていない状態なのである。なので、僕はいつも生物部に物を置き忘れた時はその窓から不法侵入している。

 ……この学校のセキュリティ、大丈夫なんだろうか? 



「やっぱ暗いな……」

というか真っ暗だ。

 校舎裏には、校舎表側にあるような電灯はない。……いや、正確にはあるはずなのだが、すべて電池が切れている。ただあまりにも裏道を使う生徒が少ないせいで、電池の交換が行き届いていない。まあ所詮、公立高校だしね。

 かろうじて、1つ2つある死にかけの電灯が、ジリジリと音を立てて、豆電球みたいな明るさを提供しているだけだ。

 しかも校舎の裏側にはコンビニみたいな明るい建物もない住宅街。極め付けに木が鬱蒼と茂っているせいで、夜空の明かりも入らない。ホラー映画にはうってつけの場所だ。

 いや、怖くないけどね全然? 余裕に決まってんじゃんお化けとかホラー映画みたいなそんなフィクション考えるとかアホじゃねーの現実見ろよ現実をよ。

 と心の中で唱えながら、生物部の鍵の壊れた窓の前にたどり着いた。

「あっ」

 取手に手をかける時、フッと急に視界が真っ暗になった。僕は後ろを見る。

 ああ、生物室前の電灯が切れたのか。ジリジリと音を立てているから、完全に切れたわけじゃないだろうけど。

 その時ふと、僕は視界の隅に映り込んだ桜の木に目をやった。この桜の木は、千刺桜と呼ばれる品種の桜なのだが、最近この桜の木の周りに骸骨が出たとか、奇妙な噂が流れている。

 それは桜の木の下に埋まっていた骸骨が掘り起こされたものだとか、人体模型が花見をしたくて動いてるんだとか、そんな都市伝説めいた突拍子もない噂だ。

 ……うん怖くないけどねほんとね、だって骸骨なんていたところでカルシウムの塊だぜあんなん。そんなん出てくるなんてことを考えるぐらいならその脳みそもうちょっと別のことに使ったらどうですか、へーっ! 



 パキャリ……

 僕の後ろで、乾いた音が響いた。


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