第十八話 骸骨さんの最期
骸骨は走った。
学校の千刺桜がそうであったように、今日は紅道山の千刺桜の開花日である。
骸骨の後方にあった千刺桜の枝先にあった一つの蕾が、ゆっくりと花開こうとしていた。
開花。
千刺桜は一つの蕾が開花すると、それに呼応して次々と咲き始める。
桜前線。文字通りの千刺桜の弾幕が、骸骨の後方からジワジワと迫ってきていた。
骸骨は必死で走る。が、桜弾幕の前線の進出速度は、新幹線並みのスピードである。次第に追いつかれた。
咲き乱れる千刺桜が、骸骨の肩甲骨と椎骨に突き刺さる。骸骨は前のめりになって倒れた。
無数の、千刺桜が満開を迎えた。骸骨は四方からの弾幕をモロに食らった。
その勢いたるや、文字通りガトリングガンの集中砲火を浴びるようなものだ。すでに骨が、握ればグズグズに崩れてしまうほどに劣化した骸骨は、いつボロボロに砕け散ってもおかしくなかった。
しかし、骸骨は桜吹雪の中、また立ち上がった。今、かろうじて形を保っているのは、骸骨自身の精神力以外の何者でもない。
そして、再び走り始める。
花びらが大腿骨の上部分に突き刺さり、左足がボロリと落ちる。骸骨はそれを走りながら拾い上げ、ガチャガチャとくっつける。
肋骨が折れようと、左腕がもがれようと、胸骨が剥がれかけようとも骸骨はただ、ひたすら走った。山頂に向けて。
山頂一歩手前の骸骨の目の前に、崖が現れた。
人一人がかろうじて通れるぐらいの幅しかない。安全ロープもなく、落ちたら確実に骨折では済まなそうな深さの断崖絶壁である。
骸骨は、また思い出した。
ここで自分がかつて滑り落ち、死んだことを。
2度同じ轍は踏まない。
腹を括った骸骨は、歩き出した。
一歩、一歩と着実に踏みしめていく。
順調かに思えた。しかし、もう一歩、左足を踏み出した瞬間、踵骨がパキャッと外れた。
支えを失った左足は、バランスを崩す。そのまま、左へと体の重心が倒れ込む。
骸骨は断崖の方へと体を落とした……。
「ガイコツさん!」
落ちそうになった骸骨の手を、後藤が掴んだ。
しかし、骸骨の下半身は落下の衝撃と、これまでの蓄積疲労で砕け、崖下に落ちていった。
「こんな時に何やってんだよ、ガイコツさん!」
限界だった。骸骨は体を維持できず、ボロボロと崩れていく。
段々と崩壊は上半身へと進み、ついには手の骨までもがひび割れ始める。
後藤は崩れ始めた手を離し、代わりに骸骨の頭蓋骨を必死に抱きかかえた。
「まだだろ、ガイコツさん! ようやくここまで来たんじゃないか。まだ諦めちゃダメだ! やらずの後悔はダメなんだろ!?」
しかし、骸骨に反応はない。
後藤は千刺桜に刺され、切られ、殴られながら、懸命に叫んだ。
「まだだろ! ガイコツさん! 告るんだろ!?」
それでも反応はない。後藤の背中に桜の花びらがドドッと突き刺さり、膝をついた。
「ぐっ!!」
苦悶の表情を浮かべる後藤。足の裏や甲には靴を貫通して花びらが突き刺さっている。身体中が先程の喧嘩の打撲と切り傷と突き刺し傷で血まみれだ。顔は切り傷と打撲の跡で埋め尽くされ、流血で右目は塞がっている。
しかし、そんなことは後藤にとってはどうでも良かった。
後藤はあるだけの力を振り絞って、更に勢いよく息を吸った。
それを一度こらえて溜める。それを一気に吐き出すように、絞り切るように大声を出した。
「日和ってんじゃねえよ! あんたが言ったんだろ、逃げたら何も残らないって!
成功も、失敗も何もない、見た目通りの空っぽの頭蓋骨のままか、アンタは?
死ぬ前、その伽藍堂の肋骨の中に何が詰まってた?
もう胸一杯にあったその心は残ってないのか? 全部隙間から落としたのか? なぁおい!?」
後藤は叫んだ。
骸骨は、上を向き、後藤の目を見た。
後藤もそれをまじまじと見つめ返す。
骸骨はカパッと口を開ける。
声なき声を叫ぶ。
全力でカタカタと震えながら、叫ぶ。
崖下に落ちた骨が徐々に上ってきた。下から骨が組み上がっていき、蝶骨、椎骨、肋骨……そしてその上に、頭蓋骨が乗った。
そして、それを見た後藤は、骸骨にホワイトボードとペンを差し出す。
「これ、忘れもんだ」
骸骨はそれを黙って受け取った。
「走れ、ガイコツさん……」
後藤は、吹雪の中立ち上がった骸骨を見届けると、フラリと後ろへと倒れ込んだ。
「……ありがとう」
薄れる意識の中、そんな言葉を聞いた気がした。朦朧とした意識の中、後藤にはそれはホワイトボードに書かれた単なる文字だったのか、幻聴だったのか、本当に言っていたのかよく分からなかった。
骸骨は走る。花びらに打たれ、洗い流されそうになりながら、とにかく走った。
そして遂に桜前線を越え、花びらまみれの骸骨は、ようやく山頂にたどり着いた。
近くには誰もいなかった……ただ一人を除いて。
山頂に聳え立つ大きな木の下、そこには一人の老婆がいた。その人は骸骨の方を振り向く。
そして、嬉しいような、哀しいような、いろんな表情を詰め込んだ笑顔を見せる。
「おそい、おそいよ……」
骸骨がそれにボードで答えた。
『ごめん、トキさん』
「……でも、来てくれた」
『君こそ、来てくれたんだね』
「あんなお預けくらって、忘れられるものですか」
骸骨はそう言うトキの表情を見て、ホワイトボードを床にそっと置く。
「あの時の────あの時の、続きを言わせてください」
「うん」
山頂の木の下、骸骨に刺さった千刺桜の花びらが舞った。
骸骨は自身に刺さっていた千刺桜の花びらの内の一枚を掴み、彼女に差し出す。骸骨は口を開いた。
「トキさん、俺……俺は──────────!」




