第十三話 椎名の本音その2
でも……。
私は、目の奥で一人の人物の姿を思い浮かべる。
「後藤くん」
はーちゃんのセリフに、思わず体がビクッと震えた。
「し、知ってるの?」
「当たり前でしょ、彼は生物部よ。よく彼と話してるわ」
そう言って、はーちゃんはハハッと笑った。
「へ、へぇ〜、そうなんだ。し、知らなかったな」
「何言ってんの〜。知ってるよ、あんたが最近後藤くんを見てんの」
「……気のせいでしょ」
そう言っても、はーちゃんの追及は止まらない。
「きっかけは何なの?」
「だからそんなんじゃないって」
私はプイと視線を逸らした。
そして、再びはーちゃんをチラリと見る。彼女は、まだ目をキラキラさせている。どうやら逃してはくれないらしい。やれやれだ。
「……ただ、三日連続で告白するなんていう図太い神経してるやつは、一体どんなやつかってちょっと気になっただけ。別にそういうんじゃないから」
「本当に?」
「ほ・ん・と・う!!」
私が強く言い切ると、彼女はさらにニヤニヤを深める。
「じゃあなんで今日はここに来たの?」
うぐっ、と息が詰まる。
「後藤くんを見にきたんじゃないの?」
「ば、バカ言わないでよ。たまたまだってば」
私が動揺している様子を見て、はーちゃんはカラカラと笑い出した。
「あーおもしろ……今日も彼、ここに来てるよ。いや、正確にはここの外だけどね」
はーちゃんは立ち上がって、窓のそばに近寄る。
私もはーちゃんの横に駆け寄った。
二人で、千刺桜の木の下にいる二人を見つめる……いや、正確には一体と一人を見つめた。
「あの骸骨ね。最初こそ驚いたけど、今じゃ見慣れたもんよ」
窓の外には、骸骨に足を押さえてもらって腹筋する後藤くんの姿が映っていた。
「96……97……98……99! ……100ぅぅぅぅっ!!」
倒れ込んだ後藤くんに、骸骨がホワイトボードで『お疲れ!!』の文字を見せる。
「ランニングやったし……腹筋、スクワット、腕立て伏せも終わり!! っしゃああっ!!」
彼は来る日も来る日も、こうして骸骨と筋トレに励んでいる。
そしてそのあとは……
「素振りじゃああっっ!!」
と言って、棒を振り回し始めた。あれは一体なんなんだろうか?
「花びら取るための練習らしいよ?」
「えっ……あれがそうなの?」
「うん、というか私が教えた内容だし」
「そ、そうだったの?」
「彼が千刺桜のこと教えてくれって言ってきてさ。その時に教えた。本当にメニュー通りやってる」
「……ちなみにそれ、ホントなの?」
「なわけないじゃ〜ん!!」
はーちゃんはゲラゲラと笑った。本当にいい性格してるな。
「……でも本当に全部やってるよ、彼。しっかりこなしてる。最初っからクレイジーな量出してもついてくるし。成長度合いに合わせて量も増やしてんだけどね」
「……そう」
「勉強もやってんだと。こないだなんて、模試の学年順位が上位50位乗ったって自慢してきたぞ、それはそれは可愛らしい顔でな」
「あっそ」
「おっ、嫉妬か〜?」
「違うって!」
私ははーちゃんをポカポカ殴った。
「ははは、痛い痛い」
私が怒ってもそうやってすぐ流す……ほんと嫌い。
「あとはそうだな……。
えっと彼はね……なんていうか、一言で言えば、すっごいピュアだな。『手伝って』って言った時は何でも手伝ってくれるし。勉強と筋トレも、私が『あんたは釣り合わないんじゃない?』って言ったら素直に今日まで続けてるしね」
「……なんでそんなこと、私に教えんのよ」
「う〜ん、そうねぇ……」
はーちゃんは私の頭を撫でてきた。
「雪ちゃんが可愛い従姉妹だから、かな」
「……何それ、答えになってないでしょ」
そう言うと、またはーちゃんがニヤニヤしてきた。
「なに?」
「いや、やっぱかわよいな〜ってね」
と、またわからないことを言う。バカにして、と私が怒っても頭を撫で撫でされた。
突然ガラン、と窓から音がした。
外を見るとさっきまで振り回していた棒を地面に置き、後藤くんが息を荒くしながら倒れ込んでいた。
「……ガイコツさん、これで本当に俺、強くなってんのかな」
そう呟くと、再び起きあがろうとする後藤くん。それを見て骸骨はあたふたしていた。
『休まないと』
後藤くんはそれをチラリと見る。「ありがとう」と骸骨に言った後藤くんは、
「でも、」
と千刺桜を見て呟いた。
「……3月7日はもうすぐそこだ。でもまだ、全然だ。体力も、パワーも、頭も、何もかもが。だから、僕はひたすらやるしかないんだ」
自分に言い聞かせるようにセリフを吐くと、唸り声と共に彼は再び起き上がる。
私はそんな彼を、じっと見ていた。
「ホント、馬鹿らしい」
私は無意識にそう言葉を零していた。私は、机の上の余った紅茶をぐいっと流し込む。さっさとカバンを持って、生物室のドアに向かった。取っ手に手をかけた途端、はーちゃんが話しかけてきた。
「あれ、帰っちゃうの? 最近は最後までいるくせに」
私はギギギギギと震えながら振り向いた。
「な、ななななななんで知ってんの!?」
それを聞いて、はーちゃんはまたニヤニヤして答える。
「当たり前でしょ。私は生物教師よ、よくここに来るに決まってるじゃない。あんたが一人でここの窓からじっとあつ〜い視線を送ってるの、知ってんだから」
「もう、からかわないでよ!」
私は駆け寄って、はーちゃんをポカポカと殴った。
「ういやつういやつ」
そう言いながら、ポカポカと殴られながらも、はーちゃんはまた私の頭を撫でてくる。
「もー、高校になっても頭撫でんのやめてよ」
そう言っても、はーちゃんにハハハ、と笑い飛ばされた。止める気ないな、コイツ。
「素直になればいいのにね」
はーちゃんはそうぼそっと呟く。
「何言ってんの。私は素直よ」
「どの口が言うかっ」
はーちゃんは私の頭をわしゃわしゃにした。
「うおおおお」と頭が揺られる中、私はふと、前々からの疑問を思い出した。
「ところで……はーちゃん」
「ん?」
私は後藤くんの隣にいる骸骨を指差した。
「あれってどういう仕組みなの?」
「さあ? 私も聞きたいわよ」
生物教師ですら謎の骨。一体何なんだ。
そして、告白当日────────。




