第十二話 椎名の本音その1
ガララと生物室のドアを開ける。
中にいた人は、私に視線を移す。
「やあ」
「こんにちは、早乙女先生」
私がそう言うと、彼女──早乙女はるかはため息をつく。
「全く、二人きりの時はその言い方やめてって言ったでしょ、雪ちゃん」
「ごめんってば、はーちゃん」
はーちゃん、というのは私が小さい頃の、彼女の呼び方だ。
「やっぱり雪ちゃんにはそう呼ばれたいな」
はーちゃんは、私を見て満足そうな笑みを浮かべる。
「で、今日はどうしたの?」
「……なんとなくはーちゃんと話したくなっただけ」
私ははーちゃんの目の前の席に腰を下ろす。
「また嘘言って〜。あれでしょ、例の告白ゲームでしょ」
「そう、本当に。全く面倒くさいってありゃしない」
今回の相手も全員断るつもりだ。理由は単純。私が恋愛嫌いだからだ。
私は今まで二人の男の人と付き合ったことがある。一人は小学生、もう一人は中学一年の先輩。
小学生の頃の恋愛は、彼が再三告白してきたので、そんなに言うなら試しと、交際を認めたのがきっかけだ。そして、私がなんとなく、次第に彼に嫌悪感を感じてきていたので、それが耐えられなくなって別れた。
こう聞くと私が気分屋の我儘に見えるが、多分そうではない。今改めて思えば、私は、彼の私に対する『所有物』としての扱いに嫌気がさしたのだと思う。
小学生の彼氏は、私と付き合うや否や周りに自慢した。『ようやく姫を攻略した』だの『俺の頭脳と運動神経と顔が完璧だから付き合えた』だのと、自慢しまくりにしまくっていた。最初は嬉しかったが、次第にそれが私への愛ゆえではなく、私と付き合っている自分によっているだけだと気づいた。ステータスを上げるための道具だったと気づいた私は彼と別れた。
中一の頃に付き合った先輩は、アタックされた際、友達から『超ハイスペック』だの『こんなイケメン、付き合わないのが考えられない』と怒涛の勢いで勧められたので、それならばと付き合った。
しかし、三日目でキスを迫り、その次は体を触ってきた。それが怖くて逃げた。
ちなみに友人ははっ倒した。
それから私は恋愛に対して嫌悪感を抱くようになった。男の人はみんな自分のステータスか、体しか見ていない……という訳ではない、ということは頭ではわかっている。わかっているのだが、感情が追いつかない。どうしても告白とかそう言うのをされると、その2度の記憶が頭によぎるのだ。
そんな理由やらなんやらをいろいろと知っている、従姉妹にあたるはーちゃんにはよく恋愛相談に乗ってもらっている。
私はため息をついた。
「全く、今回で本当に諦めてくれないかしら」
「でも確かあいつら、このやりとり7回ぐらいしてるんでしょ? だったらまぁ〜〜……諦めないよね」
はーちゃんは伸びをしながら答える。
「どうしたらいいんだろ……」
「やっぱ偽彼氏作るのが一番早いんじゃない?」
また言ってきた。はーちゃんはいつもそう言う。
「やだよ」
「なんか人畜無害そうで優しい男いないの?」
「いないよ、そんなの……って、毎回言ってんじゃん」
「全く。相変わらずだね、雪ちゃんはさ」
はーちゃんはそう言いながら生物室の奥に行くと、そのまま茶菓子と紅茶を持ってきた。
「いいの? 生物室で食べちゃって」
「いいのいいの。気にしないの飲食禁止なんて。たかが高校の生物室だし」
この人は本当に生物教師なのだろうか……。
少し抵抗があったが、目の前でバリバリとクッキーを豪快に食べる生物教師を見て、まあいっかと私は紅茶を啜る。
「あ〜あ。私は一生独身で行きたいのにな」
「一回ぐらい付き合ってみてもいいんじゃない? もうそろそろさ」
「やだよ。また面倒な思いしたくないもん」
一向に変わらない私の返事に、はーちゃんは笑った。
「頑固だねぇ〜あんたも。じゃあ、例えば、おばあちゃんの言ってるような人がいたらどうする?」
「アレのこと?」
おばあちゃんが私と遊んでくれる時、おばあちゃんは紅道山を見つめてよく言っていた。
──────将来雪が結婚するならね、教養が深い人でもなく、社会に上手く適応できる人でもなく、眉目秀麗な男でもなく、話が上手い人でもなく、カッコいい男前の不良でもなくて、『千刺桜の花びらを取ってきて』って言ったら、バカ正直に千刺桜の花びらを全力で取ろうとするような人を選びなさい。
頭の良さも、適応力も、容姿も、話術も、腕っぷしも、ある程度は鍛え直せる。なんなら、おばあちゃんとおじいちゃんで鍛え直しちゃる。でも、本当に大事なのは心よ。心の綺麗さと強かさはね、才能と環境がものを言うから。鍛えるのは難しいの。だから、何物にも変えがたい価値があるのよ。
「ホント、意地悪な話だよね〜コレって」
「そう?」
「普通『千刺桜の花びらを取ってこい』って言われたら、古文の『桜取物語』を連想するに決まってんじゃん」
桜取物語。古文を学習する際に、全国の高校で使用される、超有名どころの作品だ。今でも子供向けに絵本として親しまれている。竹取物語をオマージュした作品とされており、話の大筋はかなり似ている部分がある。
夜の中、紅色に光り輝く桜の花びらがうず高く積もった中に、赤子がいた。
おじいさんはその赤子を拾って帰ると、くれな姫と名付けた。
赤子はすぐに大きくなって、その美しさから様々な人に求婚されて……といった感じだ。
物語中盤、くれな姫がイケメン五人の求婚に対して次のように答えた。
『私に薄紅色の、千刺桜の花びらを持ってきなさい。それを以て、私への愛の強さの印とします』
要は私が彼ら五人に言ったセリフと同じな訳なんだが。
この文章は、古文の授業では次のような意味だと解釈される。
『千刺桜の花びら持ってくるなんて、そんなのできっこないでしょ?
それができないのならせめて、あなた達が思う、私に見合う最高のプレゼントを持ってきなさい』
ざっくり言えば、だいたいこんな感じだ。
実際、この意訳はほぼ間違いないとされる。つまり、私のセリフを聞いた人は十中八九プレゼントを用意してくる。
ネットを調べても、全く同じ解釈でプレゼントを買うことが推奨されている。稀に解釈が捻じ曲がったり、別の内容と合わさって地域独自のカオスルールがあるところも紹介されるが……。
千刺桜の花びらを持ってくる人なんているわけがないのだ、普通は。




