第十話 命懸けの桜集め
桜のシーズン到来。
校庭にある千刺桜も、そろそろその花を咲かせんとしていた。
椎名さんから定められた告白の日付、3月7日が来た。
元々、それまでに告白に必要な千刺桜の花びらを手に入れる予定だった。
しかし、千刺桜は一向に咲こうとしなかった。なので千刺桜の花びらを事前に手に入れることは叶わなかった。
そして今日、ようやく千刺桜が、花開こうとしていた。つまり今日、これから告白の時間までに千刺桜の花びらを手に入れなければならない。
告白の時間は午後3時。今は短縮日課の授業が終わった放課後。全力で校舎裏に来た今、午後2時7分。
花びらを手に入れる手間を考えれば、時間はほとんどない。おそらく、ここに全員が花びらを取りに押し寄せるだろう。
他にも紅道山にも千刺桜はあるが、あちらも開花は今日らしい。それに、ここから紅道山までは往復で最低でも1時間以上は掛かる。今から紅道山に取りに行くとは思えない。
即ち、ここで取り合いが起きるのは必至である。
ガイコツさんが隣にいた。
『やるぞ』
俺は「おう」と軽く答えて、ガイコツさんの肩をポンと叩いた……外れた。
「あっ……」
ガイコツさんの腕が外れてカラーンと地面に落ちた。ガイコツさんは慌てて腕の骨を拾う。
すまない、ガイコツさん……というか、なんか更に脆くなってない?
僕は、千刺桜に視線を向けた。枝の先々に、蕾がびっしりとついている。
千刺桜の花びらはゆっくりと開き、満開となると同時に、その花びらを放射状に弾丸のように散らす。開花のタイミングが複数に重なれば、それはもはや激戦区の弾幕と何ら変わりはない。
千刺桜の、ある一本の枝の先端の蕾が、ゆっくりと広がろうとしていた。
そろそろだ。
そう思うと、逸る心臓の鼓動。息を整えて、必死に冷静さを取り戻す。脈拍を数える。1、2、3、4…………。
一度目を閉じる。脈拍を、冷静に感じとる。
……97、98、99、100。よし。
やれる。
今、開かれた。
衝撃。音を置き去りにする千刺桜の花びら。僕の手の甲をかすって、地面に突き刺さった。
……見えなかった。
「やっぱ速いな」
手の甲が熱くて、ひんやりとしている。ヒリヒリとした感覚。手から血が滴り落ちた。しかし止血をしてる暇はない。
最初の一枚が開いたのを皮切りに、次から次へと、大量の蕾がその開花の時期を迎えようとしていた。
ショットガンのように放たれるその弾幕の勢い。動画や本で予習していたとはいえ、目の当たりにするのは初めてだ。
あまりの迫力に、僕はとっさに両腕で顔を覆う。ドスドスと地面に突き刺さる桜の花びら。制服の端々が千切れる。
「手首のボタンが取れたな……」
なんて勢いだ。本当に千刺桜の花びらなんて取れるのか?
……いや、ダメだ。弱気になるな。他の奴らが来ないうちにさっさと取らないと……そして何よりも、桜が散り切る前に!
僕はキッと千刺桜の枝々に焦点を合わせ、次の開花を今か今かと待つ。
ふと、ポンポンと肩を叩かれた。ガイコツさんが
『作戦通りにやるんだ!』
と、ボードを見せてきた。
作戦。それは、棒を持って、それに桜の花びらを突き刺さらせて止める、という非常にシンプルなものだ。
──────そんな大変なことしなくてもさ、普通に開花前の蕾から拝借するとか、落ちてるやつ拾えばいいじゃん。バレやしないって。
と、千刺桜を知らない人なら思うだろう。
だが、僕が馬鹿正直に超高速の花びらをキャッチしようとしているのは、別にプライドなんかではない。そうしないといけないからに他ならない。
千刺桜の花びらを、開花前に取るということはできない。千刺桜の花びらは開花するまでは色づかない。白色だ。開花し、少しの間日光に晒されることでようやく淡いピンク色になる。ピンク色になる前に花びらを取っても、ピンク色にはならず、白色のまま朽ちる。
逆に地面に落ちたら変色が生じ、赤色となる。これもまた、ピンク色とは程遠い。
故に空中でキャッチするしか方法がないのだが、その手段もかなり限定的だ。まず、桜の花びらの秒速50,000センチメートルという圧倒的なスピードが故に、何かふわふわとした箒、またはそれに準ずるものを使って絡め取る、ということはできない。ふわふわが無惨に散るだけだ。
ならばくっつけて取ればいい、という話になるが、実際のところは接着剤などもあまり有効ではない。
柔らかい糊では当然くっつく訳もなし。ならば強いものを、と思われるが、あまりに強力な接着剤にくっついたら、普通に桜の花びらが取れない。
そうなると、桜の花びらを万全な状態で収集するためには、何かに『刺さらせる』のが一番なのである。
ただ、板などを構えたところで、桜の花びらは貫通して終わる。
それならばどうするか?
答えは、木刀のような細い棒を持ち、桜の花びらの軌道に沿うように棒を動かしていき、棒にある木目に桜の花びらを食い込ませる。
この木の木目という、硬すぎず、柔らかすぎない絶妙なクッションを用いることで、桜の花びらを確保するというものだ。
更に加えて、花びらの速度を相殺するために、棒を持っている人間が遅すぎず、速すぎずの回転運動を棒に与える。これが個人が再現できる最善の方法らしい。
僕はあらかじめ用意した木の棒を持って、千刺桜の前に立つ。
次の桜の花びらが開花した。パーンと放たれたそれを捉えるように、僕は棒を前に突き出した。
が、花びらは棒を頭から真っ二つに両断し、地面に突き刺さった。
「うまく衝撃を逃がせなかったか……」
桜の花びらを傷つけないように、円運動を描くという作業。これが最も繊細さを要求される、最難関の工程だ。
チリンチリン。
僕が木の棒を真っ二つに割られた際の衝撃を握り返していると、ガイコツさんがチリンチリンと鈴を鳴らした。次が来る合図だ。
チラリと千刺桜を見る。中央の太い枝からまた一輪、開花しようとしていた。
僕は真っ二つに割れた棒を放り出し、次の棒を持つ。
再び、呼吸を整える。
落ち着け……開花のタイミングを、しっかり見極めろ!
だがしかし。ガイコツさんが突然、鈴をリリリリリリンと騒がしく鳴らし始めた。これは……逃げろという合図!
僕は千刺桜の全体をよく見た。中央の太い枝の一輪だけでなく、その枝の先端にも、4つの蕾が同時に開こうとしていた。
五輪同時咲き……だめだ、逃げられない!!
開花した桜の花びらをキャッチするタイミングは、一輪が開花したタイミングでないとまず不可能だ。複数の桜の花びらをかいくぐりながら、一枚の花びらを手に入れるのは不可能に等しい。それどころか、回避もままならない。故に複数が同時に咲くタイミングでは、千刺桜から遠ざかって退避する必要がある。
僕は慌てて後ろを向いてしゃがみ、腕と棒で首と頭を覆う。ダメージを最小にするためだ。
刹那、ドドドッと背中にまるで針を100本同時に刺されたような、鋭く激しい痛みが身体中に鳴り響いた。
「ううっ……!」
あまりの衝撃に声が漏れる。でも痛いと喚いている時間はない。
僕は急いで振り返り、次に開花しそうな花びらを探した。
あった、視界右下の枝元、開花寸前の蕾だ。
見つけた途端、放たれた。
僕は五枚の桜の花びらの内の一枚に焦点を合わせ、そこに棒の先端を突き出した。
桜の花びらは思惑通り、棒の先端の軌道に沿うように運動していく。
しかし、桜の花びらはそのまま木目上を滑って地面へ急降下し、そのまま落下してしまった。
「チィッ!!」
勢いを逃がせないとこうなる。やはり腕を回して、うまい具合に勢いを殺さないとダメだ。
また、ガイコツさんの鈴がリリン、と鳴り響いた。
次の花が咲く。
僕はもう一度、千刺桜の方へと向き直る。視界の中央、一番太い枝から伸びた、一番高い枝の先だ。
今度こそ決める。
僕は、大きく吸って、吐いた。
目を一瞬閉じて、さっき喰らった、桜の花びらに切り裂かれた場所の痛みを忘れ去る。ただ、桜の花びらに一点に焦点を向けるため。
今だ。
僕は開花した桜の花びらに、今度こそ木目が完全に合うように棒を突き出した。 桜の花びらは木目上を伝うように高速で走る。その瞬間を逃さず、僕は腕を全力で回し、円運動で桜の花びらが落下して地面に衝突するのを防ぐ。
痺れるまで、ブンブンと振り回す。何十回も振り回した末、僕は棒の先を見た。
「……やった!!」
桜の花びらがしっかりとくっついていた。棒の端をすり抜ける寸前のところで、花びらは止まっていた。
採れた……!!
「ガイコツさん!!」
僕はそれをガイコツさんに見せようとした途端。そう思った時、ふと疑問が頭をよぎった。
……他の四人は今どこにいる?
千刺桜の花がこの周囲一帯にはここにしかない以上、桜の花びらはここで調達しないといけないはず。もちろん、ネットオークションなんかで買えるはずはない。まさか偽物でも用意しようってのか?
いや、他の人ならともかく少なくともあの生徒会長がそういったズルをするとは思わない。
だがしかし、ならば何故ここに金園は……彼らはいない?
そう思った時だった。
そこに四人の影が現れた。




