魔法少女捕縛編 十三、古都探索。ときどきラブコメ。
――そこはお寺だった。おっきくて、でっかくて、瓦屋根のお寺だ。ただし――とつけ加えておこう。
外観は寺だがまず、門扉が横にスライドする。いわゆる自動ドアだ。
そして一歩入ると、ホテルのロビーになっている。どうやら外観はホログラムか何かで覆っているらしい。
中は外観以上に広く、他のお客もそれなりにいる。客層は、一見さんお断りなせいか高めだ。背広の襟に何かのバッチを付けたおっさんや、身バレしないように濃いサングラスをかけた女性もいる。
中には若い女性を連れたおっさんもいたが、鬼の形相をした奥さんと思しき女性にその胸ぐらを掴まれて詰め寄られていた。
そして、オレたちはというと……
「マスター、私たち注目を浴びてますね」
「まぁ、そうだろうな……」
女性を三人侍らせて、側から見ればハーレムプレイを楽しむ若造だ。肩に黒猫を乗せているおかしな若造だ。
「あっ、ねぇねぇ浩司。八ツ橋が売ってるよ」
売店の売り物に目を輝かせている瑞稀。彼女と紫苑は、周りの雰囲気に動じた様子もなく普段通りにしている。
「どれどれ、えーっと……」
瑞稀が持ってきたお土産の八ツ橋。オレの目にはどう足掻いても「ういろう」にしか見えない。八ツ橋の形をしたういろうだ。
「これ、部屋で食べようね」そう言って、会計をするためにレジに向かう瑞稀。
その間に、オレたちはチェックインを済ますためにフロントカウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ、チェーシャ様」フロント係の男性が言う。お前、猫のくせに常連かよ。
「部屋を一つ、用意してくれにゃ」オレの肩から飛び立ち、カウンターにトッと降り立つ黒猫。――ん? ひとつ……?
「かしこまりました。お一つでございますね」フロント係の男性の復唱をオレが遮る。
「待った、待ったっ」
「何にゃ? 何か問題でもあるのかにゃ?」大アリだろうがよ。
「一緒の部屋に泊まれっていうのかよ」
「それのどこがおかしいかにゃ?」目をクリッと剥いて頭を傾げる黒猫。
「いやいやいや、明らかに未成年者がいるだろうがよ」主に瑞稀とか。アリスは未成年の体つきをしてないし、紫苑は二十歳超えてるっぽく見える。
――だが。
「何を言っているんだねキミは」急に素の声になる黒猫。渋いおっさん声だ。
「ああ見えても彼女たちは二十歳をゆうに超えている。そもそも、魔法少女は歳を取らんよ」それ、一般人の目の前で言っていいことなのか?
「――と、いうことで、据え膳食わぬは男の恥。励め、青年よ――だにゃ」というわけで、部屋は一つになった。嬉しくないと言ったら嘘になるが、いいのか? ホントに。
◆
「こちらでございます」
ベルスタッフに案内された部屋は、驚きでいっぱいだった。
まず、部屋が広い。旅館の大宴会場くらいの広さがある。
次に、景色が良い。わずかに残る夕日が山向こうから顔を覗かせ、帷が降りた街は宝石箱をひっくり返したように煌めいていた。
「みてみて、お風呂が広ぉい」銭湯くらいの広さがある浴室で、湯船に座ってお湯を掬ってみせる瑞稀。
「へぇ、酒もよりどりじゃねぇか」バーカウンターに寄りかかり、酒を物色する紫苑。
そして、アリスはというと。
「マスター、ふかふかです」ベッドではしゃいでいた。
「それでは、どうぞごゆっくりとお過ごしください」深々とお辞儀をするベルスタッフ。しかし、そこから動かないベルスタッフ。
どうしたんだろうと思っていると、ふと、あることに気がついた。
オレはポケットに手を突っ込み、中にある特殊な紙を手の平の中に隠し持って、ベルスタッフの手の中へと渡す。もちろん、それが何かを見せることなく、だ。
渡されたのがなんなのか。手の中の感触でそれを知ったベルスタッフは、軽い会釈をして部屋を後にした。
「ねぇ、浩司。今、何を渡したの?」浴室から戻ってきた瑞稀が言う。
「チップだよ。一万」
「一万!?」
「おいおい、そりゃ渡しすぎじゃねぇのか?」驚く瑞稀に呆れる紫苑。
「まあ、一万なんてオレたちにとっては端金だからな」
「どういう意味だ?」
「アリス」
オレは瑞稀がさっき買った八ツ橋をひとつ摘まみ上げ、アリスに手渡した。
「あっ、浩司。それ私の――」
「変換してくれ」
「かしこまりました。マスター」 アリスの手の平に乗った八ツ橋が、ぐにゃりと歪む。
それはまるでスライムのようにうねり、平たく伸び、四角く折り畳まれ、モヤットボールを経て、分厚い札束へと姿を変えた。
「私の八ツ橋がぁぁぁっ!?」
「オマエ……それって犯罪だろがよ」
「残念、委員会のお墨付きだ」何せアリスが作り出しているからな。
「別に良いとは言ってないんだがにゃ」
「なら、これくらい了承しておいてくれ。旅には金がつきもんだからな」
「仕方がないにゃ」黒猫はふう、とため息を吐いた。
「さてとにゃ」テーブルから床へトッ、と下りる黒猫。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ベランダの方へと軽快に歩いていく。
「なんだ、もう帰るのか?」
「私はこう見えて忙しいんだにゃ。それに――邪魔をしては悪いだろう?」後半は渋いおっさん声を出した黒猫。
「青年よ。励め――だにゃ」黒猫はそう言い残し、光り瞬く街の闇に消えていった。
「いいだろう。黒猫の言う通り、励むとするか」
オレはくるぅりと振り返って部屋の中を見る。ちょうど、お土産屋さんで買った八ツ橋を頬張る瑞稀と目があった。
◆
「ああんっ! 浩司っ! 激しいっ!」声をあげる瑞稀。ことが終わるとぐったりとして、肩で荒い息をしながら、熱い吐息を吐き出していた。
「まだまだこれからだぜっ!」
「今シタばかりなのに、嘘でしょ?!」
「マスター、今度は私がお相手いたします」
「オーケーアリス。万能型アンドロイドの力、見せてもらうぞ!」
「あんっ、マスター! そんなトコばかり突いちゃらめっ! いやぁんっ!」意気込んだ割には早々にギブアップ気味のアリス。
そして紫苑は、あきれ顔でオレを見ながら、脚を組んでベンチに座っていた。
「何やってんだ、お前ら……」
「何って――」オレは床に落ちた白球を拾い上げ、紫苑に見せた。
「――温泉といえば卓球だ。定番だろ?」
「ああ、そうかい」
「お前もひと勝負どうだ?」オレは白球を紫苑へ放る。
「遠慮する」紫苑は飛んできた白球を叩き落とし、グラスに残った酒をグイッと飲み干した。つれないなぁ。
☆ ☆ ☆
瑞稀たちとたっぷり楽しんだ次の日、オレとアリスは市内かんこ……げふんげふん。この街にいるという魔法少女を探しに出掛けていた。
ちなみに、瑞稀と紫苑は本当の市内観光に出掛けて別行動だ。オレもそっちがよかったなぁ。
とはいえ、人混みの多い場所を中心に探索を進めているので、観光巡りになってしまうのは必然だ。
通天閣チックな京都タワー、マジで金でできた金閣寺(ちなみに銀閣寺は普通)。お釈迦さまの隙間から、こちらを覗き見ている男の像がある、三十三間堂。天橋立は立派な吊り橋となっていた。
「ダメですね。ここにもいません」
二百メートルという限定的ながらも、魔法少女の存在をキャッチできるアリスも少し疲れた様子だ。
「もうすぐ日も暮れるし、そろそろ宿へ戻ろうか。アリスも今日はご苦労さん」
「はいっ、ありがとうございますマスター」
満面の笑みで喜ぶアリス。組んだ腕にふわりとした柔らかいものが当たる。労をねぎらってよかったと思った瞬間だな。まぁ、周りの男連中からしたら面白くない状況ではあるだろうがな。
◆
ホテルへと戻ったオレとアリス。部屋に入った途端、鬼のような形相をした瑞稀が駆け寄り、オレとアリスを引き剥がす。
「これ、わらしのだから!」み、瑞稀さん? うわ、酒くさっ。
オレが紫苑へ鋭い眼光を向けると、紫苑はグラスに口をつけたまま視線を逸らす。
「おい、紫苑。未成年に酒飲ますな」
「そいつ、未成年じゃねぇぞ?」そうでした! この子こう見えてもアラフォーでした!
「時々一緒に飲んでるけど、相変わらず酒に弱いんだよなぁ。――あ、気を付けろ。そいつ、酔うとキス魔になるぞ」――へ?
ギギギ、と錆びたカラクリ人形のように首を瑞稀に向けると、瑞稀がにまぁ、と口元だけで笑う。怖っ!
「――えっと、瑞稀さん?」
「いいでしょ? チュー」口を窄める瑞稀。うわ、めっちゃかわええ。
「ダメだよ。チューだけじゃ済まなくなるから」まあ、何がとは言わないが、猛り狂うこと間違いない。
「じゃあ、女の子同士なら、大丈夫らよね?」
「――え?」女の子同士ならオッケーなの?
「オレを見るんじゃねぇよ」言ってそっぽ向く紫苑。アリスへと視線を向けて助けを求めると――
「データベースを参照してみますね」そう言ってこめかみに指を当て、通信を始めるアリス。委員会のデータベースってロクな情報がないからなぁ。
「仕方がない」
「え? うわっ、きゃっ!」オレは瑞稀をお姫様抱っこで抱き上げた。
「え? ――えっ?」人のことを散々誘惑しておいて、急に貰ってきた猫の子みたいにおとなしくなる瑞稀。その視線はあっちこっちへと泳ぎまくっている。
「え? ――いや、あの……浩司?」こんな風になるとは思ってなかったのだろう。オロオロしている感が丸わかりの瑞稀。
オレは黙ったままで、寝室へのドアをくぐった。
瑞稀をベッドの上へと降ろすと、ぽよんぽよん、と瑞稀の体が上下した。
「良い子は寝る時間だ」キョトンとする瑞稀。彼女はぷっ、と吹き出した。
「私、悪い子だよ?」
「それでも、寝る時間だ」しばし、沈黙が流れた。
「じゃあ、キスしてくれる?」
「え?」
「この前みたいなのじゃなくて、ちゃんとしたキス」
「ちゃんとした?」そういえば、あのキスは瑞稀を怯ませるためにしたんだっけ。
「そしたら寝るよ。――ダメ?」枕を抱き、上目遣いで見つめる瑞稀。
「わ、わかった」なんか急に気恥ずかしくなってきたぞ。
ゴクリと生唾を飲み込み、彼女の両肩に手を置くと、瑞稀の体がぴくりと動いた。枕を胸にぎゅっと抱き寄せる瑞稀。彼女はゆっくりと目蓋を閉じた。
「――とその前に」オレはクルリと振り返る。そこには、顔を真っ赤して食い入るように見ているアリスと、オレたちを肴に一杯やっている紫苑がいた。
「おい、お前ら。なに覗き見してんだよ」
「ま、マスター。わ、私は後学のためのデータ収集をですね……」指先を合わせてしどろもどろになるアリス。
「けっ、ヘタレが」紫苑は毒づいて立ち去った。




