05:仮病
目を瞑ったまま、ごろりと寝返りを打つ。
リチャード様の家でお茶会が行われる時は、何故かエイミーが体調を崩してしまうことが多かったなと思い返す。
お茶会がある日のこと。
エイミーは朝早くから態とらしいほど苦しそうな咳をして、具合が悪いと言っては朝食の場にも来ないで部屋で寝込むのだ。
そのため私は一人広いダイニングで朝食を口にして、リチャード様とのお茶会に向かう準備に取り掛かる。格上である公爵家に向かうのだから、早朝からしっかりと準備をしなければならない。
普段の楽な格好は封印で、高価で美しいコルセット付きのドレスに着替えて化粧を施してもらう。リチャード様から贈られたドレスはとても肌触りが良かった。そしていつもおろしっぱなしの髪も繊細に編み込んでいく。
ユズとミアの素晴らしい手腕とセンスのおかげで、私は侯爵令嬢としてギリギリ及第点位の見た目になる。普段私は鏡を見ることがあまり好きじゃないのだが、この時ばかりは真っ直ぐ見ることが出来る。
「アデラ様っ、すっごく綺麗で可愛くて最高ですぅ! お姫様みたいで見蕩れちゃいますっ」
「えぇ、こればかりはミアに同意です。心から御姿まで全てお綺麗で、アデラお嬢様の素敵な魅力が溢れておりますね」
「……ありがとう。そんなに言われたら照れちゃうわ」
「照れたお嬢様も素敵です」
ミアとユズにはいつも綺麗と褒められるが、お世辞でもそれが嬉しくて私は頬を染める。
そうしていれば出発の時刻が迫ってくる。ミアとユズはそのまま馬車に乗ることをやけに勧めてくる。
「もう馬車も準備出来ておりますし、余裕を持って向かわれた方が良いかと」
「エイミーの様子を少し見るだけよ」
「大丈夫ですよぉ、アデラお嬢様が心配なら私たちが見てきますからっ」
しかし私は具合が悪いと言っていたエイミーが心配だったため、二人を宥めながら彼女の部屋を訪れることにした。もし風邪なら移してはいけないと二人は扉の外で待っていてもらう。
私の部屋とは雰囲気の違う部屋を見渡す。姉妹でも趣味は全く違うから当たり前なのだけど、部屋の大きさはほぼ同じなのに全然違う場所のように感じる。
ベッドの上でエイミーは横になっていた。
「えっと、私はそろそろ出るけれど……エイミー、大丈夫?」
そう言ってエイミーに近づけば、潤んだ瞳で服の袖を掴まれる。
「……ねぇお姉様、何だか頭が痛いの。寂しいから、傍に居てくれるわよね?」
いかないで、と彼女の桃のような唇が動いた。
エイミーは幼少期の頃、体が弱く病弱だった。季節の変わり目になると必ずと言って良いほど風邪を引いていたし、寒い冬が訪れるとよく熱を出していた。外を歩けば立ちくらみを起こすこともしょっちゅうだ。最近では随分健康的になってきたと思っていたが、私に婚約者が出来たという環境の変化のせいか体調を崩すことが増えていた。
普段はしっかりしていて寂しがり屋だなんてことはないエイミーだが、体調が悪くなると気分も滅入り心細くなるものだろう。よく看病していて慣れている私が側にいた方がいいかもしれない。
それに幼い頃のエイミーの姿が重なり、断ることができなかった。
「…………わかった。そばに居るからちゃんと安静にしてね」
「ほんと? お姉様、ありがとう!」
私は嬉しそうに微笑むエイミーの頭を撫でてから、リチャード様には申し訳なかったがお茶会の予定を変更してもらうことにした。
部屋から顔を出してミアとユズに手配を頼んだら分かりやすく目を釣りあげていて身を縮こませる。家族より婚約者の方を優先するべきだと、不誠実で不甲斐ない私に怒っているのかもしれない。
直前の断りでリチャード様を不快にさせていないか心配で胃がキリキリしてきたが、決めた以上どうしようもない。今日中に謝罪の手紙も書かなくては。
部屋に戻り、エイミーの額に手を当てても熱くはなかった。しかし私は医者ではないし、頭痛や目眩などは目には見えず分からないものだ。本人が苦しいと言うならそうなのだろう。
「うーん、やっぱりお医者様に診て貰った方がいいのかな……」
両親はただ今不在である。どうせ今日も帰ってくるのは遅くなるだろう。家令に医者を手配するよう頼むのは簡単だが、医者を呼べば安くは無いお金がかかる。お金は全て侯爵家のものなので親の了承を得てからと言われている。
しかし両親が帰ってくるのは大抵夜遅くになるため、深夜に医者を呼び出すと人が居ない可能性も高まる。それに更に割高な料金になる。
最悪は私のポケットマネーで何とかするしかないが、痛い出費になることは間違いない。
「いいえ、寝ていれば治るから大丈夫ですわ。もし明日も治らなかったら私が呼びますので心配しないで」
「……そ、そう? しんどいなら無理しないで言うのよ」
そう断言するのは何故だろう。自分の体は自分が1番わかっているということなのだろうか。
それとも私に気を使っているのだろうかと心配になる。病気は早期発見が良いと聞いているし、やはり医者を呼ぼうかと立ち上がろうとすれば引き止められる。
「それよりもあの美味しいスープが今すぐ飲みたいわ。お願い、お姉様」
「……仕方ないわね。お父様とお母様には内緒よ?」
「うん!」
あの美味しいスープというのはこの間エイミーが寝込んだ時に作った、パンを浸したミルクスープの事だろう。私は頷いて厨房へと向かう。
侯爵令嬢が料理をするなんて褒められたことでは無いが、私は幼少期からこっそり厨房に入って料理をしていた。不器用なため料理が得意という訳では無いが、レシピ本を見ながらになるが何かを作るのが楽しくてハマってしまったのだ。
今では簡単なものなら作れるようになった。
親にバレたら怒られてしまうのが分かっているので、たまにしか作れない。けれどこっそり作っていると妹のエイミーがいつの間にか嗅ぎつけて食べたがるので、毎回多めに作っては食べさせてあげていた。
ちなみに心配性な侍女のユズとミアは料理中もずっと一緒だ。一挙手一投足まで見られ気恥ずかしいのだが、最初の頃は料理をしようとして止められてしまった。
私がどうしてもやりたいからと我が儘を言って、ユズとミアが一緒にいる時ならという条件付きで許してもらったので文句は言えない。もし指先に怪我でもしようものなら治療のため部屋に戻されてしまうので、毎回細心の注意を払っていた。
「ほんと、アデラお嬢様にわざわざ料理を作ってもらうなんてずるいですぅ」
「えっと……二人にも今度なにか作ろうか?」
「えぇ是非お願いします」
「わぁい! パンケーキ食べたいですっ」
貴族が料理するなんてダメだと否定的な考えなのかと思っていたが、ユズとミアも私が料理をしたら食べてくれる。
料理人達の作った料理の方がずっと美味しいのだが、主人である私に気を遣ってくれているのかとても褒めて完食してくれる。一度調味料を間違えるといった初歩的な失敗した料理すら笑顔で食べてくれたことがあって、申し訳なかった。
もし厨房で怪我をしたら私のことを黙認してくれている料理人さん達に迷惑をかけてしまうから、今日も気をつけつつ早く終わらせなければ。
スープを作るのはもう手馴れたものなので、怪我の心配もなくすぐに出来上がった。美味しそうな香りをしているので失敗でもないだろう。味見をすれば少し優しめの味だったが体調が悪いエイミーには丁度いいかもしれない。ユズとミアにも味見してもらったが絶賛された。
スープをのせたトレイを持ちながら部屋へと戻る。眠っているかなと思ったが起きていたようだ。
「エイミー。スープ出来たけど、食べられそう?」
「丁度お腹が空いたところですわ」
エイミーは笑みを浮かべて上体を起こした。
私は作ったばかりミルクスープを少し冷まし火傷しないよう気をつけながら、エイミーの口へと運んでいく。
「とても美味しいですわ」
「なら良かった……無理して全部食べなくていいからね」
「えぇ」
そう言いつつも綺麗に完食してくれた。確かに朝も食べていないし、本当にお腹が空いていたらしい。食欲はあるみたいでよかった。
「ご馳走様、美味しかったわ」
「なら良かった」
「それからお姉様、何だかアイスも食べたいですわ。でも食べきれないから半分でいいわ、残りはお姉様が食べて。あとはブドウも食べたいから皮剥いてちょうだい」
「うん、分かった。ちゃんと食べたら安静にして寝てね」
「ありがとう」
体調が悪い時のエイミーは楽しそうに、あれこれとわがままを言う。
しかしリンゴの皮剥きは本当に苦手なので最近は言われなくなったなと思う。不器用な私は時間がかかるわ、リンゴの皮がとても分厚くなるわで目も当てられない。
それに一度、リンゴの皮むき中に不注意で指をざっくり切って流血沙汰になったことがある。その時の私の侍女達が怒り狂ったのもあるのかな。
『よくもアデラお嬢様の美しい手に傷を! お前を飾り切りしてやろうか!?』と果物ナイフを手に般若の剣幕をしていたミアはとても怖くて夢にまで出たし、ユズは笑顔でリンゴを手で破壊していて怖くて震えたわ。
二人のあまりの剣幕にエイミーも青ざめて私の背に逃げて泣いていた。私が間に入って仲裁した。ユズとミアはリチャード様相手ほどじゃないにしても、エイミーに対しても少々言葉が激しいのでハラハラすることが多いのである。
そんなことを思い出しながら、風邪を引いた者の特権だからと私はエイミーのお願いを叶えてあげていた。
半分こしたバニラアイスを食べてるエイミーの横で私はせっせとブドウの皮をむいていた。
「お姉様、ブドウの皮剥くの遅いですわ。アイス溶けちゃうから先に食べたらどうですの?」
「あ、確かに……」
綺麗にブドウを剥くのが楽しくて夢中だったが、テーブルに置いていたアイスが溶けかかっていた。私は急いでアイスを食べ始める。冷たくて美味しい。
ふと、こちらを見つめてるエイミーの瞳を見つめ返す。私とエイミーは同じ瞳の色なのだが、窓際のベッドに座っている彼女の瞳は光の加減で違う色のように見える。
「……そうだエイミー、具合はどう?」
「先程よりずっといいですわ」
確かにその言葉通り彼女の顔色は良さそうだし、朝に比べたら咳も治まっている。世話を焼かれ嬉しそうにはしゃぐエイミーに寝ていなくていいのか心配になるが、寝たくても眠れないのかもしれないし口を噤んでアイスの最後の一口を放り込む。
そうしていれば扉がノックされる。家令が「お客様です」と言うので私は立ち上がり話を聞くと、リチャード様がエイミーのお見舞いに来てくれたようだった。
「やぁアデラ。今日は時間に余裕があったから来させて貰ったよ、急に訪れてしまい済まないね」
「い、いいえっ! むしろ突然伺えなくなったどころか、リチャード様に我が家まで御足労頂き、ありがとうございます……!」
「気にしないでいいよ。……おや、それは?」
リチャード様が不思議そうに私の服に目を向けた。そこでやっと料理中につけていたエプロンを付けたままなことに気がついた。顔を真っ赤にして慌てて取るが今更だろう。
「お見苦しい姿を申し訳ございません……っ、先程まで、その、スープを……」
「もしかしてアデラがスープを作ったのかい? すごいね」
その声に驚きはあれど呆れや嘲笑はなくて安堵する。貴族令嬢が料理をするなんて考えもしない人が多い中、彼は素直に褒めてくれる優しい人だ。安堵して胸がいっぱいになり腰の折れんばかりに深く頭を下げていれば、エイミーがこちらを見て声をかける。
「わざわざごめんなさい、リチャード様。私のために来てくれたのですね」
「あぁ……まあ、お見舞いにね。それでエイミー、元気は出たかい?」
「えぇ、お姉様が美味しいスープを作ってまで看病してくれたおかげでもう元気ですわ」
「そのようだね。良かったよ」
何故二人が無言で見つめあっているのかはこの時の自分は分からなかった。エイミーは話すことすらもしんどいのかと心配をしていた気がする。
今思えばあれは熱ある視線を交わしていたのではないかと思う。エイミーの体調不良も、私をリチャード様のお茶会に行かせないための仮病だったのかもしれない。
本当に、今更だけど。
リチャード様がお見舞いに持ってきてくれた大きな花束は、エイミーの部屋に飾ることにした。華やかというよりも繊細で可愛らしい白い花の香りは、エイミーだけではなく私の気持ちも穏やかにしてくれたのだった。
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