04:お茶会
ブラウン公爵家のリチャード様の婚約者となってから、初めて彼と二人きりで話すお茶会の日のこと。
まだ幼い私はこれ以上ないほどに緊張していた。私には父や使用人以外の男性との関わりも今までに一切なかった。そもそも話すこと自体が苦手なのに、相手は格上の公爵家のご長男だ。万が一にも失礼があってはならない相手なのだから不敬なことをしてしまったらと想像すると震えが止まらない。
朝から目が眩みそうなほど豪華なドレスを着せられて動きにくいだけでなく、侍女にコルセットを容赦なく締め上げられ悲鳴を上げてしまう。
すると、これぐらい我慢できないなんて淑女失格だと怒られ泣きそうになった。この後婚約者とのお茶会がなければ頬を叩かれていた事だろう。
この頃はまだユズもミアもいなかったので、母の侍女達が駆り出されていたのだ。
「くれぐれも粗相をするんじゃないぞ。ブラウン公爵家に気に入られるのがお前の使命だ」
「平凡なあなたの為にここまで着飾り磨き上げたのだから感謝しなさい」
「……かしこまりました」
呪詛かと思うほど両親からの期待の言葉を貰い、緊張も合わさって吐きそうで泣きそうだった。しかし泣いたら美しく施された化粧が崩れてしまうためそれも許されない。
私が冷や汗を流しながら時計をしばらく見つめていれば、婚約者であるリチャード様が訪れた。
彼は長い睫毛に彫刻のような美しいお顔立ちをしていた。
そしてこの国で最も高貴な色とされている髪のブロンドは艶やかで、瞳は星空を閉じ込めたような青色。目の前に現れたのは想像していた以上のとてつもない美少年で、もし天使だと言われても誰もが納得して頷くであろう美貌に圧倒される。彼はよっぽど神に愛されたのだろうと思ってしまう。
私も一応朝から侍女達が精一杯お化粧を頑張ってくれて可愛く綺麗にしてもらったのだけど、彼と並ぶとなんだか自分が塵のように感じてしまう。隣に並ぶのすら申し訳ないどころか、美しい彼の視界に入るのすらためらわれる。
そんな風に見蕩れてぼんやりとしていれば、母付きの侍女に強く背中を押されてよろめきながら一歩前に出る。
今日は名目上婚約者同士の交流のため子供たちだけでの顔合わせとなっているが、こうして母や父の目となる者が常に周りで私を監視しているのだ。私が何かやらかせば後で報告されて後で酷い目にあってしまう。
改めて背筋を伸ばして、ちゃんと挨拶をしなくちゃと乾いた口を開く。
「は、……初めまして。ムーア侯爵家が娘、アデラと申しましゅっ!」
大事な挨拶で思いっきり噛んでしまった。口の中の痛さよりも先に恥ずかしさから顔がみるみるうちに赤くなる。
もし家庭教師の先生が見ていたら大きな雷が落ちていたことだろう。今日の顔合わせのために昨日の深夜まで泣くほど厳しい教育を受けていたのに、結局駄目だった。寝不足でフラフラの身体では、叩き込まれたカーテシーすらもまともに出来なかったのだ。第一印象は最悪だろう。
これで婚約者のリチャード様に呆れられて馬鹿にされるならまだしも、挙げ句の果てには幻滅したと婚約破棄されたらどうしよう。最悪の事態を想像して顔が青ざめて汗が吹き出す。そうなったら先生どころか親の怒りは果てしないことになるだろう。
私の想像の中ですら鬼の形相をしてる両親だ、現実では罵倒されるどころか無一文で家から追い出されるかもしれないと思うと震えが止まらなくて俯くことしか出来ない。
「はじめまして、アデラ嬢。僕はブラウン公爵家のリチャード。良ければリチャードと呼んで欲しいな」
息苦しい沈黙を破るようにそんな優しい声がかけられて顔を上げる。
想像していた失望や怒りの顔などではなく、その声通りの優しく穏やかな表情が浮かんでいた。私は驚きと安堵からポカンとした顔になってしまう。
「……リ、チャード様」
「うん、ありがとう。僕はアデラって呼んでもいいかな?」
「は、はい」
緊張しきっているからか喉が張り付き掠れた声しかでなくて、私は何度も頷いた。するとリチャード様は花がほころぶような笑みを浮かべた。
「じゃあアデラ、これから婚約者として仲良くしてくれると嬉しいよ。よろしくね」
そんな私に手を差し出してくれた。不思議に思って首をかしげしばらく見つめてから、これは握手を求めてくれているのでは?と気がついた。しかし自分の手汗が酷くないか不安になる。
しかし優しい彼の握手を拒むなんてことは絶対にしたくないので、私もそっと手を伸ばした。そうすれば目の前のリチャード様はまた微笑んでくれた。その笑顔を見て私はようやく緊張が少しだけ解れて息がしやすくなった。
「よ、よろしくお願い……」
私が言葉を発したその時、扉の向こう側からパタパタという足音が聞こえた。か細い私の声が途切れてしまって、自然と私達の視線は扉へと向かう。
そして、勢いよく扉は開かれた。
「お姉様! やっと見つけましたわ!」
そう言って飛び込んできたのは妹のエイミーだった。
まだ幼く愛らしい顔立ちの彼女は、私達の姿を見れば目を輝かせて部屋に入ってくる。そうして許可をとることもなく私の隣にちょこんと座った。いくら幼いとはいえ貴族として生まれた以上これはマナー違反だ。
扉傍に控えていたはずの護衛は何をしているのだろうかと思うが、我が家の使用人たちはエイミーに甘かった。
「えっと……エイミー、 今日はお部屋に居なさいって言われなかったの?」
「言われたけれど……だって、お姉様とリチャード様だけでお話しするなんてずるいですわ! 私も一緒にお茶会したいのですの!」
プクっと頬を膨らませるエイミーは姉の私の目から見てもとても愛らしかった。でもどうしよう、私の婚約者とはいえ格上の公爵家のお客様の前での非礼はよくないわ。
ここは姉としてちゃんと注意しなければいけないのだろうけど、きっとこの子は追い出したら物凄く泣いてしまうだろうと私は悩む。
「……あの、リチャード様におきましては、大変な無礼を……申し訳ありません」
「少し驚いたけれど、君たちは仲がいいのだね。僕は兄弟がいないから羨ましいよ」
「ありがとうございます。あの、もしよろしければ、妹のエイミーもご一緒してもよろしいですか?」
先程の無礼を許してくれたリチャード様なら、許してくれるかもしれないという甘えがあった。もし駄目で機嫌を損ねてしまったらリチャード様が許してくれるまで謝罪し、どれだけ泣かれてもエイミーをお部屋まで連れていこうと思いながら頭を下げる。
「あぁ、アデラがいいならもちろん構わないよ。エイミーとも将来的に家族になるのだからね」
「なら……」
「ふふ、嬉しい! 大好きですわ!」
やっぱり優しいリチャード様は迷うことなく了承してくれたことに安堵しそっと息をついた。
そしてチクリと感じた痛みの正体は分からないまま、誤魔化すように紅茶を飲んだ。
そうして私とリチャード様、そしてエイミーが初めて出会った婚約者同士の交流のためという名目のお茶会は終わった。
この時のエイミーの花の咲いたような笑顔が、今でも私の目に焼き付いている。
この時私はリチャード様と婚約者としての初めてのお茶会で、緊張していて未だに表情が引きつってうまく笑うことが出来ていなかった。だからこの時の可愛らしいエイミーを笑顔が眩しいと見つめてしまっていたのだ。
この時、リチャード様はどう思っていたのだろうか。挨拶もろくに出来ずに無愛想な婚約者と、天真爛漫で可愛らしいエイミー。
呑気な私はこの時、仲間外れが寂しくて嫌で私たちと一緒にお茶を飲みたい、という幼く可愛い妹の我が儘だと思っていた。しかし本当はリチャード様とお話ししたかったのかもしれないなと思い直す。
エイミーはそれからは毎回当然のように私たちのお茶会へ参加するようになっていたのだから。




