02.妹のエイミー
長年の婚約者に婚約解消をされて、次の相手が妹だった。なんて、どこの物語だろうとぼんやり思う。
「突然驚かせてごめんなさいね、お姉様。
これからはお姉様に代わって、私がリチャード様と婚約することになったのよ」
私の二つ年下の妹、エイミー。
彼女は私とお揃いの白銀の艶やかな髪を靡かせて、ヒールの靴の音を鳴らし部屋へと入ってきた。その姿は突然の訪問者にも関わらず自身に満ちあふれていて、場違いなのは私の方なのかと勘違いしてしまいそうになった。
エイミーは宝石やレースが美しく散りばめられた豪華で繊細なドレスを見事に着こなしていた。きっと私が来たらドレスに着られている印象になってしまうだろうなのと思う。
オシャレにたいして興味がなく、最低限の身だしなみとして髪をとかしただけで、コルセットもせずゆったりとしたシンプルなドレスを着ている私とは大違いである。
私は血の繋がった姉妹であり髪色や瞳の色は同じで、顔立ちだってかなり似ているはずなのに、姿勢が良く自信に溢れた表情の彼女は私よりもずっと美しく見える。
そのままエイミーはリチャード様の目の前、私の隣に座る。彼女は状況を呑み込めずポカンと口を開けたままの私へと視線を向けて、口元に艶っぽい笑みを浮かべた。
「本当にリチャード様と……エイミーが……?」
「そうよ。ね、リチャード様」
「……その通りだ。今回のことはエイミーからの申し出でね」
エイミーの言葉に目を白黒とさせていれば、リチャード様に肯定されて頭が殴られたかのような衝撃を受ける。
リチャード様は先程両親にも伝えてあると言っていたから、このことを何も知らなかったのは私だけなのか。
エイミーの家族なのに、先程まではあくまでもリチャード様と婚約していた当事者であるはずなのに。全部私だけ蚊帳の外だったのだ。どうして、と頭が真っ白になってしまい私が言葉を失っていればエイミーが話を続けた。
「そういうわけで、私と彼が婚約をして改めて縁を結ぶ訳だから、元々話が進んでいたブラウン公爵家と我がムーア侯爵家の連携事業などは継続ですわ。どうか安心なさってくださいまし」
「……えぇ」
しっかり抜かりないところが我が妹らしい。そもそも私は婚約解消のショックでそこまで考えられていなかった。政略結婚の解消と言われればまずはそこを心配しなければならないのに、私は自分の事で手一杯なのは貴族失格だと反省する。
それならば、この婚約解消で傷つくのは私の名誉と心だけなのか。私が受け入れれば、周りは今まで通りで全てが上手くいくのかと気づいてしまった。
「それでお姉様、今後のことなんだけど……」
話すのが得意なエイミーは、その後もずっと話し続けていた。上手く相槌を打つタイミングすら測れない私は、いつも彼女の言葉を聞くだけになってしまう。精神的ショックからか上手く耳に残らない。
ぼんやりとした表情を浮かべる私に、エイミーは扇子を広げ口元に当ててから口を開く。
「その前に一応聞いてあげますわ。
お姉様は今、悲しい? 悔しい? はたまた婚約から解放されて嬉しかったり? リチャード様のことを、どう思ってましたの?」
エイミーの質問につい息を飲む。
今の気持ちを聞かれても、自分でもよく分からず言語化するのが難しかった。心の中がぐちゃぐちゃで泣き叫びそうなのを必死に押えているので精一杯だ。
(リチャード様のことを、どう思っていたか……?)
幼少期に婚約をしてから隣に居るのが当たり前で、優しい彼のことは心から信頼していた。これからリチャード様と結婚して、ゆっくり家族になって、温かく穏やかな家庭を築いていければいいなと思っていた。
しかしこれから彼の婚約者になるエイミーに何を言うのが正解なのかが分からず、口を開いては閉じるを繰り返す。それに何か言葉を漏らせば、泣き出してしまいそうだった。
二人の視線が私に集まっている。私のせいで沈黙の空間が広がる。浅くなる呼吸に胸を抑えて、ちゃんと問いに答えなくてはと手を強く握り締める。
「もういいわよ」
そんな呼吸が浅くなって青ざめる私の様子に、眉をひそめたエイミーはピシャリと扇子を閉じた。
長年の経験から妹であるエイミーは私の性格をよく知っている。このまま待っていても話が進まないと見切りをつけたのだろう。そうして彼女は大きな溜息を漏らした。
「……それにしても。そんな調子でお姉様みたいな人が本当に公爵夫人になれるなんて思ってましたの?
貴族らしくもない性格のお姉様には、せいぜい田舎の下位貴族か平民がお似合いですわ」
「えっ……」
エイミーの厳しい言葉に悲しくなるが、本当に彼女の言う通りだと思ってしまう。きっと私は貴族に向いていないと生まれてきてからずっとそう思っていた。だからといって平民に向いているのかと言われたら自信はないし分からないのだけれど。
「エイミー、そんな言い方はよくないよ」
「あら、本当のことですわ。元婚約者であるリチャードよりも、家族として一緒に過ごす時間の長い私の方がお姉様のことをよぉく分かっていますわよ」
思わずといった風に窘めるリチャード様をエイミーは手のひらで軽く制した。そして困ったように縮こまる私を見て、彼女はクスクスと目を細めていた。
「まぁどうしてもと言うなら、この私が直々にお姉様に似合いそうな良い人を紹介してもよろしくってよ」
「……ありがとう、エイミー。でも、大丈夫」
彼女の言葉は善意なのかもしれない。それでも私はゆっくりと首を横に振った。だってほんの少し前まで、リチャード様の婚約者だったのだ。すぐに次の人を考えるなんて難しいし、しばらくは婚約のことを考えたくないと思ってしまう。
「あらそう? まぁたった今婚約解消したばかりですものね。お父様とお母様も暫くは私達の婚約の周知や事業についての見直しがないか奔走すると思いますから、お姉様も次の婚約のことをとやかく言われないと思いますわ。自由になれてほんとに良かったですわね」
その言葉に少し安堵する。侯爵家の長女として生まれた以上家のためを思えば、すぐに婚約者を見つけるべきなことには目を瞑る。こういうところがダメなのだろう。
しかし私の親のことだから、事が落ち着けば直ぐに縁談を持ってくるはずだ。そう思うと憂鬱になってしまう。
「……リチャード様、エイミー。お幸せに」
それでも、私は立ち上がり二人の顔を見て何とか言いたい言葉だけは贈ることが出来た。
普通のご令嬢なら裏切られたとここで怒ったり、泣いたりするのだろうか。それでも今まで優しくしてくれた元婚約者と家族である妹という大切な二人が幸せになるならそれでいいと思ってしまう。
「……ありがとう、アデラ」
「はぁ、本当にお姉様は優しいこと。
それとリチャード様、お姉様との婚約は解消されたのだから今後はそのような親密な呼び方はおやめくださいね?」
「そうだった、……すまないね」
リチャード様の視線は伏せられていて、その謝罪はエイミーに向けたものか、私宛なのかはよく分からなかった。
それにしてもリチャード様とエイミーが愛し合っているならもっと事前に教えてくれていたら良かったのに、なんて思ってしまう。
今そんなことを口にしたら嫌味みたいになってしまうので決して言わないが、そうしてくれていたらもっと私も出来たことがあったのではないかと思ってしまう。
……ううん、きっと私じゃ何も出来ないと思われたから私にだけ言わなかったのだろうと思い至って苦笑する。
ふと、愛し合っている二人を見やっても今までのような適切な距離感を保っていて私は首を傾げる。
しかし恋愛の物語とは違って、現実の貴族は婚約者であっても人前でベタベタするのを良しとしないから、元婚約者で今は部外者である私の前であるためちゃんと節度を守っているのだろうと思い直す。
二人は私と違って貴族としてお手本となれるような立ち振る舞いなのだから。
「……ごめんなさい。失礼、します」
リチャード様とエイミーが婚約者になるのなら、ここにいると普通に私が邪魔者となるのでそのまま退出することにする。婚約解消に同意した私にもう用事はないだろう。
きっと私が居なくなれば、二人は存分に愛し合えるのだから。チクリと痛む胸を押さえて私は部屋を出た。




