104-I 友達は助ける、絶対に
わたしは少しの間言葉が出てこなかった。どうせ何かしらやってくると思っていたけれど、まさか自分の婚約者を人質に取るなんて、誰が予想出来ただろうか。
「目下の人の誘いを断らないお前は、仲のいいこいつの命を見捨てるのか?え?そんな事は出来ないだろう!この勝負、俺の、俺様の勝ちだ!」
な……っ、なんて卑怯な…………!わたしに勝つためだけに、人の命を弄んで…………!
「………マルネラっ、起きて!」
「ふん、無駄だ、無駄!痺れ薬を多めにやったから、たとえ起きても動けんわ!」
痺れ薬……マルネラに、わたしの友達に、よくもそんなものを…………!
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。アキナラル殿下の事だ、きっとわたしが負けを認めた途端にマルネラを離すだろう。ただし、意識のないまま。そうなればマルネラが怪我を負ってしまう。何も、今回の試合には関係がないと言うのに………
あまりの怒りに視界が明滅し始める。ああ、怒りに流されてはいけない。今わたしがしなくてはいけないのは、マルネラを無事に助け出す事。そして、アキナラル殿下に怒りの鉄槌を下す事。そのためには……
少しの後、わたしは震える声を何とか絞り出した。
「……分かりましたわ。此度は、わたしの負けを…」
「よし、言ったな!これでお前は俺の言いなり、まずは………」
「…認めませんわ!!」
「………………はっ?おっ、お前、こいつがどうなっても……なっ!?」
そう、今の数秒のうちに、アキナラル殿下の腕の中にいたマルネラは、わたしに支えられる形となっていた。
何が起きたのかというと、わたしが「負け」と言った瞬間に、早とちりしたアキナラル殿下がマルネラを解放した。それを待っていた、というかその状況を作り出していたわたしはもちろん見逃すはずがなく、離した瞬間にマルネラに『浮遊』をかけた。アキナラル殿下が勝ち誇ったように話す間に、怪我をさせないように慎重にわたしの元に引き寄せる。そして、マルネラをしっかり支えて、「負けを」の続き、「認めませんわ」と言ったのだ。
負けと言った後に一拍おけば、アキナラル殿下なら勘違いするかと思ったのだけれど、まさに予想通りだったわ。
この鮮やかな救出劇に、いつの間にか人が増えていた観客席で歓声が爆発した。ちょうど良かった、この後の誤魔化し方を考えていたのだけれど、必要なかったみたいだわ。
わたしは支えているマルネラの胸元に手を向ける。そしてお互いの額を合わせるようにした。
ごめんねマルネラ、わたしのせいでこんな目に遭わせてしまって………
「……『快癒』」
わたしが小さな声で唱えたのは、状態異常も回復させる魔術、しかしそれはわたしがここで使う事を禁じられた、光属性の魔術。もし聞かれる事があれば不味い事になるけれど、今は大歓声のおかげで誰にも聞こえる事はない。
唱え終わると同時に、マルネラの瞼が動く。
「……ん………ここは…………?」
「ごめんねマルネラ、無事で良かったわっ」
「アイリーナ……?…………っ!?あ、あなた、試合はっ!?確かわたしあの殿下に連れてかれて、アイリーナを脅すって!」
ぼんやりわたしの顔を見つめたマルネラは、自分が何をされたのか、何に使われようとしたかを思い出したらしく、慌てたようにわたしを揺さぶってきた。
「わたしの、わたしのせいで、あの方の言う事を聞く事にしたの!?そんな事、わたしは、………っ」
しかし次第にその力も弱まっていき、遂にはわたしの肩に頭を当ててひどく落ち込んでしまった。……どうやら、わたしが試合の負けを認めたと思っているみたいね。大丈夫、わたしがそんな事するわけないじゃない?
わたしはマルネラの背中をそっと撫でた。落ち着かせるように、安心させるように。
「マルネラ、大丈夫よ、わたしはまだ負けてないわ」
「えっ……アイリーナ、それはどういう…」
マルネラの問いかけを、最後まで聞き切る事は出来なかった。気を取り直したらしいアキナラル殿下と、そして生徒会長が、話しているわたし達に、マルネラの背後から攻撃を飛ばしてきたのよ。
「…『防壁』」
「…事………え、ま、まさか……」
「だって、まだ試合中だもの」
信じられないという表情で自身の背後を振り返ったマルネラ、その場の状況を理解して凍りついた。
「え、なっ、どうして……だって、三日は起きないって……」
「お前……い、一体何をした……?」
「マルネラを助け出しました、それだけですわ」
「嘘つけっ!だったら何であいつの意識が戻っているんだ!それも、すこぶる元気な状態で!」
「……まあ良い、またあれを使うだけだ」
生徒会長がそっと言う。しかし本日二度目となる『煉獄』に捕らわれたのは、わたしだけではなかった。
「『防御結界』」
火柱が上がると共に、今度は生活魔術の結界を発動させたわたしは、隣に立ち竦むマルネラを見た。
「巻き込んじゃって、ごめん」
「いえ、良いのよ。……それにしても、これ、生徒会長の魔術よね……こんなの、良く耐えれるわね…………」
「ふふ、ありがとう。それじゃ、最後の仕上げとしましょうか」
後残っている事は、怒りの鉄槌を下す事だけ。使う魔術も決めた、それを発動させるべき対象の居場所も分かっている。後は、一番効果的となる時を待つだけ。
「仕上げって?」
「こう見えてもわたし、とても怒っているのよ。だから、それをあの二人に思い知らせるの」
「でも、こんな状況じゃ何も出来ないわ」
「大丈夫、もうそろそろ…………今だわ、『滝行』」
二人に上から大量の水を浴びせる。もう二人とも動じる事はない、だからこれで終わりだと油断しているはず。まさか、この程度で終わらせるわけがないじゃない?
「『凍結』」
続いてわたしは、敢えて二人を凍らせる事はなく、ただ二人の足元の、びしょ濡れとなった舞台の床だけをつるつるに凍らせた。動じなかった二人はそれに気がつく事はない、そしてそれも計算通りよ。
「すごいわ、アイリーナ……」
「さて、これで最後ね。『氷柱』」
作り上げたつららを二人の頭上に浮かべた。そして、先程の水がどこから来たのか話し合っていた二人は、やがて正解に辿り着く。
「おい、さっきのは水、だよな?」
「感覚的に上から来たような気がするな」
「「………はあっ!?」」
「うわっ、ちょ、何だこれ!!」
「まずいっ、あれを喰らったら……!」
そして、確認のために見上げた二人は、わたしの浮かべたつららを見て驚き、凍った地面でバランスを崩したらしい。その時を待っていた。
もはや避けようがないタイミングを見計らって、わたしはつららを落とす。それが二人に当たる頃、わたし達の周りの炎の勢いが弱まった。
………果たして、わたしが作り出した四本のつららは、そのどれもが狙い通り二人に命中していた。わたしは、凍った床に足を取られ、つららに腕や足を貫かれて地に倒れ伏す二人に近づいた。
手を前に出して『水刃』を作りながら二人に問いかける。
「さて御二方とも、まだ続けますか?」
「ぐぅっ…………っ!お、俺は……!」
「………完敗、だな……」
諦めの悪いアキナラル殿下はわたしを睨みつけてきたけれど、実力差を身に染みて理解したらしい生徒会長は目を閉じて、大人しく降参を宣言したのだった。
「さあ、殿下はどうなさいますの?」
「俺は認めん……!『竜巻』!」
言いながら何とか手を動かし、わたしの後ろにいるマルネラに向けて魔術を撃つ。わたしがそれを見もせずに『水砲』で吹き飛ばすと、アキナラル殿下は目を大きく見開いた。
「なっ……………、くそっ、俺の……負けだ………」
忌々しそうに呟いたそれを、審判の先生が聞き漏らす事はなかった。
「そこまで!勝者、アイリーナ!」
その宣言にしんと静まった闘技場では、次の瞬間に再び爆発的な歓声が上がった。




