105-I 鎮霊祭
わたしは王宮の与えられた部屋でため息をついた。そんなわたしの前には封筒が六つ並んでいる。その全てが約束通りシリウスからのものであれば、どれだけ良かったか。
最後の一通、昨日届いた手紙をもう一度眺める。それまでは長く空いても二ヶ月かからないで送られてきたシリウスからの手紙。最後に届いたのは時期的にそろそろ来る頃だと思って期待したわたしはしかし、開けて落胆する事となった。
『アイリーナ、聞いたぞ。親善試合の次の試合で、二人を相手に奮闘したらしいな。僕個人としてはすごく見てみたかったし、アイリーナは楽しんでいそうだから良いんだが。国王としては言っておかなければならない。
アイリーナ嬢、君は我がアイルクス王国に必要な人材だ。決して、何があっても他国に盗られるわけにはいかない。恐らく先の試合で向こうの王太子、王も君の有用性に気がついた事だろう。この手紙が着いた頃、そちらでは祭があるだろう。それが終わったら、アイルクスに帰って来い。王命だ。
追伸 帰ってきたら是非僕に試合の話を聞かせてくれ。
ユリウス』
ああ、やっぱりやり過ぎだったわね。そうよね、あんな事をすればどんな愚王であっても目をつけるわよね。
そして、王命に納得する傍らで落胆している自分に気がついた。そう、いつも優しくて勇気のでるシリウスの言葉を聞きたかった。
『僕は、どこにいても何をしていてもリリーの味方だからね』
そう言って笑ったシリウスを思い出す。
ここ最近、ふとした時にシリウスの笑顔が浮かんでくる。それはデビュタントの時の凛々しい横顔であったり、王都でプレゼントをもらった時の優しい微笑みだったり、はたまた大学院祭の時の真剣な表情であったり様々。
しかしそれに共通しているのは、どんな表情であれ思い出す度に胸が高鳴る事。その度に、もらったアクアマリンのペンダントを見つめた。
『手紙待ってるから!』
ねえシリウス、貴方はそう言っていたのに、半年も経ったらもう返事を書いてくれないの?わたしだって待っているというのに。
でもそんなにシリウスに甘えていてはいけないわね。わたしは頭を振って気持ちを切り替えた。
手紙にあった、祭が終われば帰国する事を伝えると、クラスメート達は皆衝撃を受けていた。
「そ、そうか……そうだよな、アイリーナ様は元々留学生だからな……」
「ずっといらっしゃるものだと思ってましたわ」
「本当、特にあの試合の時はスッキリしましたのよ。あの方々に一矢報いてくれたのですもの」
あら、どうやらクラスメート達にも相当嫌われていたみたいね、アキナラル殿下は。
「あーあ、俺アイリーナ様の国に行きたい……」
「お、おいっ、そんな事聞かれたら……」
「あっやべ」
「あら、でしたら是非お越しくださいな。いつでも歓迎致しますわ」
アイルクスに来たいと言った男子は慌てて口を噤んだ。それはきっとアキナラル殿下の事を気にしたせい。だけれど、皆の顔を見る限り、それは皆が皆思っている事のようだわ。
その証拠に、わたしがいつでも歓迎すると言った途端に皆の顔がぱっと明るくなった。
この留学でのわたしの役目は、アイルクスとセトルータの交流のきっかけを作る事。クラスメート達は、アイルクス王国を友好的に見てくれている。良かった、無事にとはいかないけれど、役目は果たせたわ。
そして遂に祭当日。セトルータ王国で毎年行われているこの祭は、嘗て怒らせてしまった神を鎮めるための鎮霊祭らしい。三日にわたって催される。
わたしはマルネラと二人で王都を巡る。何度か二人で王都に来た事はあったけれど、ここまで賑やかで混み合っているのは初めてだった。
初めて来た時に飲んだサボテンジュースを見つけて足を向ける。店主はわたしの事を覚えてくれていたらしく、わたしに声をかけてきてくれた。
「おう、嬢ちゃん、いらっしゃい。また来てくれてありがとうな」
「ふふ、ジュースが美味しかったですから。またあの時と同じ、サボテンジュースをもらえる?」
「毎度あり!………はいよ、人混みで零さないようにな」
「ありがとう、皆優しいのね」
「そうだなぁ……」
何か含むような笑い方をした店主は、そっとわたしを手招きした。そして、ともすれば人混みでかき消されそうな声で呟いてきた。
「お貴族様が買ってくれないからな。買ってくれる人には無意識に優しくなるんだ。こうして華やかに見える王都だって、何の不自由もなく暮らせているのはほんの一握りの上級貴族、そして頂点の御方とその家族くらいだ」
そうして笑顔から一転、真顔でそう言った店主はそこで言葉を切って、ああ、と付け加えた。
「嬢ちゃんには関係なかったな、俺らの暮らしなんぞ」
「いいえ、そんな事ない。皆が楽しく暮らせる場所を、不自由ない暮らしを夢見るのは当たり前よ。そのためには、今ある状況を知らなくちゃ」
「……すごいな、嬢ちゃんは。嬢ちゃんが言うと、本当に実現しそうだ。……………あ、俺がこんな話をしたのは内緒でな」
「分かった。サボテンジュース、ありがとう!」
わたしは一度笑顔になると、振り返って”見せかけで華やかな”王都に一歩踏み出した。きっといつか、今語った事を現実にしようと決意しながら。
少し離れた所にいたマルネラと合流する。わたしの手元を見て納得したマルネラは苦笑いした。
「それ、そんなに気に入った?」
「ええ、とっても美味しいわ!」
「それは良いけど……離れるなら一言言ってちょうだい」
「あっ、ごめん」
それ以上はぐれないように気をつけながら、わたし達は人混みをかき分けていく。
「ねえ、どこに向かってるのかしら?」
「教会よ。鎮霊祭だもの、ちゃんと神に祈りを捧げなくては。鎮霊祭の間は毎日の祈りに加えて、昼に一度教会でも、聖地に向かって祈りを捧げるのよ」
「聖地……確か西の砂漠の…」
「一番王都に近い街、ルブリーハにある石碑よ」
「石碑………」
「そう、先祖の罪の証の碑。そもそもこの祭はね、………」
教会に辿り着いたわたし達は、そこに出来ていた大行列の後ろについた。そして順番を待つ間、わたしはマルネラからこの祭について説明してもらった。
その昔、セトルータ王国に砂漠は存在しなかった。アイルクス王国と同じような、豊かな土地だったのだ。しかし、ある時神の怒りに触れた事で西側が砂漠化、そこにあった街は全てが壊滅した。
ルブリーハもその街の一つ。砂漠化した土地の中で最も王都に近いその街に、石碑、つまり砂漠化した事で犠牲となった人々の慰霊碑が建てられた。
砂漠化するのに要した時間は、およそ三日。そして巻き込まれた犠牲者数は五万人を下らない。その被害によって神を畏れ敬い、犠牲となった人々の魂を鎮めるために始まったのがこの鎮霊祭。
そう、本来であれば神に祈りを捧げるだけでなく、その犠牲者達にも祈りを捧げる祭だったのだろう。しかし時が経つにつれその風習は忘れ去られ、今では神のみに教会で祈りを捧げる形となっている。
何とか教会で祈りを捧げたわたしは、マルネラの説明について考えた。その本来の、始まった頃の祭の様子と、今の祭の様子はかなり異なっている。それにもうすぐアイルクスに帰ってしまうから、是非とも聖地にも行ってみたいわ。
「マルネラ、わたし、その石碑を見てみたいのだけれど、行く事は出来るかしら?」
「聖地に?ええ、もちろんよ。きっとアイリーナならそう言うと思ったの、実は準備はもう出来てるわ」
「まあ!ふふ、ありがとう」
「どういたしまして。今から出発で良いかしら?馬車でも二日かかるのよ、祭中に行きたいでしょう?」
「ええ、ありがとう!」
それから一旦王宮に戻り、ミルやマリーに事情を説明して素早く外出の準備を整えた。突然の事なので、わたしが連れていくのは護衛のエバートだけ。
いや、エバートともう一匹。アイリスも連れて行くわ。
『アイリーナ、今度はどこに行くの?』
『セトルータ王国の聖地よ。砂漠化した所にあるの』
『砂漠化………わたしも行くの?』
『もちろんよ!ほら、準備は終わってるわ、行きましょう?』
『うん!』
王宮を出発したわたし。言われた場所に向かうと、マルネラが馬車に乗り込んでいた。
「マルネラも行くの?」
「ええ、もちろん。聖地はわたしが案内するわ」
「まあ頼もしいわ!でもわたしと一緒に行って良かったの?」
「当たり前じゃない!だって友達だもの」
殊更友達を強調したマルネラ、わたしはそんな彼女に感動で涙が出てきた。
「友達……そう、そうよね………ありがとう……」
「と、とりあえず馬車に乗ってっ。ほら、段差よ、気をつけて」
そうして出発したわたしは、予想だにしていなかった。聖地で何が待っているのか、そして何が起こるのかなど。




