103-I 再戦
ところで、試合に勝ったからアキナラル殿下の誘いが止まったかといえば、そんな事はなかった。アキナラル殿下はわたしの一つ上、三学年に所属しているため、教室の場所も全く異なる。それにもかかわらず、毎日の朝、昼、そして放課後に必ずわたしの教室に現れては誘い文句を言い、わたしはそれを断っていた。
ある日、と言っても親善試合から一週間程しか経っていない時の一日ではあるけれど、アキナラル殿下が生徒会長を引き連れてやって来た。もはや当たり前の存在と化した、わたしを取り囲む人々を押しのけ、二人は同時に白い手袋を投げつけてきた。
「勝負だ!今度こそ俺の言う事を聞かせてやる!」
「前回は油断したからああなった。今回は全力で勝ちに行く……!」
わたしはその状況を理解して安心した。良かったわ、こちらでも勝負を申し込む時には白い手袋を使うのね。だけれど、相手を傷つけてはいけないのなら、どうやって勝敗を決するのかしら?
「あの……勝敗はどのように決めるのですか?」
「ふん、良い事を聞いたな。今回は相手を傷つけても勝負は続行する!相手が降参するか、魔力切れ、重傷を負うまでだ!」
つまり、わたしにすればいつも通り、アイルクス風のルールね。それに、わたしはわたしのままでいいと、アイリスにもシリウスにも言われた。だったらこれを断るなんて有り得ないわ。
「分かりました。この勝負、お受け致しますわ」
「よし、だったら今日の放課後に闘技場に来い!二人で同時に相手してやる!」
それだけ言い残してアキナラル殿下は去っていった。
視界から二人が消えた途端、マルネラが詰め寄ってきた。
「ちょ、何を考えてるの!?二人を同時に相手する、しかも片方は生徒会長だなんて!」
「そうね、楽しみだわ。この前は途中で試合終了だったから…」
「楽しみですって!?だってあなた、今回は傷を負うかもしれない、危険な試合になるのに!?」
「ええ、それが普通の『試合』でしょう?」
それに言うほど怪我するものでもないし。大丈夫、いつも通り魔術を使うだけだわ。
マルネラは暫く何事か呟いていたけれど、何度かわたしを見て諦めたように首を振った。
「……っ、応援してるわ」
「ありがとう、頑張るわ」
ユリウス様、ごめんなさい。属性を制限してもあまり意味がなかったみたいですわ。だからその分シリウスの婚約者として、アイルクス王国の代表として、恥じる事のないようにしますわ!
今日の授業が全て終わり、朝の顛末の一部始終を見ていたクラスメート達にたくさんの声援をもらった。
「頑張ってください!」
「無理はなさらないでくださいよ!」
「後で応援しに行きます!」
何というか、まるでこれから戦地にでも行くような扱いを受けて、わたしは苦笑いした。令嬢達は皆涙を浮かべて祈るように手を胸の前で組んでいる。令息達は心配そうにする人と怒りを顕にする人とに分かれていた。
「どうかご無事で」
「くそっ、なんて奴らだ!卑怯にも程がある!」
「あの方に真っ向から挑むなんて……格好良いけど心配だ……」
そして、結局半数以上が闘技場に向かうわたしについてきたのだった。
闘技場には、既に親善試合の時の半分ほどの観客がいた。そこに現れたわたしを見て大きな歓声が上がる。しかし、アキナラル殿下が現れた途端にざわめきは小さくなっていった。
二人はわたしを見て一瞬驚いた顔になった。
「何だ、逃げずに来たのか」
「その根性だけは認めてやろう、だが勝つのは俺たちだ」
アキナラル殿下が不敵に笑う。わたしは、その笑みにどこか不穏なものを感じた。何か、ズルをしてでも勝ちに来そうだわ……
その後舞台上の先生がわたし達を見る。もう始めていいかと聞かれて頷いた。同様にアキナラル殿下と生徒会長も頷く。
静まり返った闘技場に、試合開始の号令が響き渡った。
試合が始まるやいなや、二人はたくさんの攻撃をしかけてきた。
「『火球』、『炎弾』」
「『風刃』」
大量の火の玉と風の刃が飛んでくる。
「『防壁』」
威力が問題ないと判断して、それら全ての攻撃を『防壁』で受け止める。その分手が空いているので、こちらからも攻撃だわ。
「『水刃』、『水泡』、『氷矢』」
手数の多さで勝負してくるのなら、こちらも対抗するわ。二人の攻撃を浴びつつ、それと同じくらいの数の刃や矢を作り上げる。そして向こうの攻撃に当たらないように二人に向けて飛ばした。
まあこれ、見た目こそ派手だけれど魔力消費はほとんどない。その分威力もあまり高くないけれど、それを数の多さで補っている形だ。
わたしの攻撃が向こうに届き始めると、わたしに飛んでくる攻撃の種類が変わった。どうやら生徒会長がわたしの攻撃を防ぐ側に回って、アキナラル殿下だけが攻撃してきているようね。火属性の攻撃はなくなり、風属性の攻撃だけになった。
やがてアキナラル殿下が竜巻を飛ばし始めてきた。それを見て今までずっと続けていた攻撃を止め、竜巻に対処する。
「『水砲』」
吹き出した水が竜巻に向かっていく。それを見ながら横目で二人の様子、そしてその周囲の状況を確認した。狙い通りだわ。
二人の周りには、生徒会長が『防壁』で弾き飛ばした泡がたくさん散らばっていた。
本来『水泡』は『乾燥』や『砂塵』などのように、その場の環境を自分に有利にする魔術。『乾燥』は水属性魔術の威力を弱め、火属性を強化する。『砂塵』は相手の周囲に使う事で視界を遮る。
そして『水泡』は、泡に触れた相手の動きを僅かながら緩慢にさせる。その泡を相手一体にたくさん当てる魔術が『泡弾』だ。これらは基本的に対モンスターを目的としているので人にはあまり効かず、大した魔術ではない。
しかし、環境に作用するので『防壁』で防ぎ切る事は出来ない。だから『炎弾』や『水刃』などは弾き飛ばせば消えてしまうけれど、泡だけは残る。もちろん、盲点となる背後にも。
「『泡弾』」
当たっても何ともないけれど、『防壁』で防いでいるその背後から襲われるのは、精神にくる。そう、泡だから良いけれど、これが先程までのように刃や矢だったら、普通に重傷を負ってしまうから。
弾き飛ばされて二人の背後に行った泡を、その背中めがけて撃ち込んだ。
「ぎゃっ」
「ぉうっ」
予想だにしない攻撃に驚いた二人。ほんの一瞬だけ、生徒会長の魔術調節が狂った。たった一瞬、されど一瞬。特に今のように多数の攻撃が降り注ぐ中で、少しでも『防壁』が崩れれば一巻の終わり。
「っ、ぐぁぁ」
「ぅぐ、っおい、何してる!……っ、くそっ、『突風』っ」
お互いの攻撃が完全に止んだ時、アキナラル殿下も生徒会長も大小問わずあちこちに傷を負っていた。対するわたしは全て防ぎ切って全くの無傷。……まあ、このくらいは当たり前よね。
少しお互いに膠着した後、わたしの周りで火の魔力が渦巻く。前回と同じ、『煉獄』が発動した。そして今回はそこにアキナラル殿下も手を加えた。
「『台風』!ふん、どうだ!流石にこれはきついだろう!」
周りの火柱が風に煽られて勢いよく炎を噴き上げる。さらに『台風』の風に乗って渦を巻き始めた。『煉獄』よりも逃げ場を失った形だ。
でもそれはどうでもいい。わたしには逃げる気はないわ。前回と同じく『水結界』を構築して『煉獄』内でじっとしていた。
別に『台風』が加わっただけなら何ともない。『台風』の真ん中には台風の目と呼ばれる、魔術の影響を受けない場所がある。わたしは今ちょうどその中に入っていた。つまるところ、アキナラル殿下がしているのは、わたしに言わせればただ見た目を派手にするだけ。
という事で、これまた前回と同じく攻撃する事にした。
「『滝行』」
今回は隠す必要はない。アキナラル殿下も生徒会長もわたしへの攻撃に上級魔術を使っていて、気がついても防御には手が回らないはず。
果たして、全く気づかれないでくれた。
「……っ!?またか……!」
「ぅわっ、な、何だ!?」
二度目という事もあり、生徒会長は魔術の制御を失うほどではなかった。しかし、初めてであるアキナラル殿下にはなかなかの衝撃だったらしく、わたしの周りから風の魔力が消えてしまった。
「っ、何で攻撃出来るんだ!防御で手一杯のはずなのに!」
「何でと聞かれましても……先程だって防御しながら攻撃してましたわ」
「ああくそっ、こうなったら最終手段だ!」
それまで少なからず応援の声がしていたのが、一気に静まり返る。
最終手段……何か嫌な予感がするけれど……
何かを準備した後、生徒会長が『煉獄』を消す。そうして炎が消えて、わたしの視界が開けていく。そこでわたしが目にしたのは…………
「………………!?」
「さあ、お前が負けを宣言すれば、こいつは助けてやろう。さもなくば……」
にやりと笑ったアキナラル殿下。その腕の中には、ぐったりとして意識のなさそうな、マルネラの姿があった…………




