101-I 親善試合
「これより親善試合を行う!」
強い日差しが照りつける中、わたしは闘技場の舞台の端に立っていた。もう一方の端に立つわたしの対戦相手は、太陽を思わせるオレンジの髪に、それに映える赤い瞳を持つ男の人、今年の生徒会長だ。
お互いに歩み寄って舞台の真ん中で握手する。すると生徒会長の瞳が好戦的に輝いた。
「親善試合か何だか知らんが、俺は容赦しねえからな」
「はい、ではわたしも頑張りますわ」
「ふん、その余裕もいつまで持つか」
それだけ言うと背を向けて所定の位置につく。わたしも決められた場所まで戻り、改めて生徒会長と対峙した。
「では─試合、初め!」
審判の先生の合図で、戦いの幕が切って落とされた───
事の発端は、わたしがマルネラと王都に遊びに行った事だった。その次の日に学園に行ったわたしは、朝から何人もの人に取り囲まれ、挙句二ヶ月先までの予定を一杯にさせられる事となった。それまでその日毎の早い者勝ちだったのが、約束を予め取っておく方法へと転換したのだ。
これにお怒りだったのがアキナラル殿下。マルネラがいない時に誘いに来たアキナラル殿下を、約束があると断った。すると自分の思い通りにいかなかった事に激怒、そして言い放った。
「そんなに魔術が見たいなら、親善試合でもやれば良いだろう!」
この一言で親善試合をする事に決まった。
後でこれを聞いたマルネラは心底驚いていたようだった。
「まあ、殿下にしては良く考えたじゃない」───
そして今始まった試合。とりあえず『水球』で様子を見ようと思ったわたしに対し、生徒会長は言葉通り初めから容赦なかった。
「『炎射』!」
「水……っ、『水砲』っ」
咄嗟に『水砲』に切り替えて迎え撃つ。しかし、あくまでも咄嗟に出した攻撃、大した威力ではなかった。案の定生徒会長は難なくわたしの攻撃をいなすと、続けて『炎射』を撃ってきた。
「『水砲』」
今度は落ち着いて対処する。ただし、威力を先程と同じくらいに調節して。
『炎射』を防ぐとすぐに『水刃』を数個飛ばし、続けて『水泡』を発動した。生徒会長はそれを見て即座に『乾燥』を展開してわたしの攻撃を無力化する。そのまま『炎弾』が飛んでくる。
それを『水球』で包み込んで生徒会長を見ると、彼はにやっと笑った。
「これでおしまいだ!『煉獄』!」
呪文が紡がれると同時に、わたしの周りに置かれていた幾つもの火の魔力が渦巻いた。そして、呪文が終わった途端にわたしは火に取り囲まれた。
『煉獄』は相手の周りに幾つもの火柱を立てて攻撃する火属性上級魔術。これを受けた者は火の中で身動きが取れず、火に焼かれる事となる。基本的に避ける事が不可能な、火属性の切り札となる魔術だ。
その分欠点もある。相手を閉じ込められるように、正確に魔術の発動する位置を決めなければならない。それを適当にすると、『煉獄』の強みが活かせず、みすみす相手を逃す事となる。だから他の魔術より発動させるまでが長く、その間に攻撃されれば不利になってしまう。生徒会長はその時間を『炎弾』で稼いでいたようね。
「……『水泡』、『水砲』」
しかしそれはわたしには通用しないわ。周りに火の魔力が置かれるのを感じて『煉獄』を予想していた。おかげで火に囲まれた瞬間にわたしは大きな泡を作り、自分がそれにすっぽり入るように出来た。そのままではすぐに割れてしまうので、膜に水を加えて強化する。これで、火による攻撃には滅法強い、名づけて『水結界』の完成よ。
一方、『煉獄』の中の様子が分からないアキナラル殿下は勝ち誇った声を上げた。
「ふはははっ、これで俺の勝ちだろう!どうだ、俺の言う事を聞く気になったか?」
「大した事なかったな!」
……そういえば、アキナラル殿下はこの試合に条件をつけていたわね。確か、『お前が負けたら俺の言う事を聞け』……
それに、勝手に勝敗を決めて喜んでいるらしき生徒会長。確かにディランやレオンハルト並に強いから、普通の人と戦えばこうなるでしょうね。でも、わたしはまだ無傷だわ。
初級及び中級の攻撃魔術は基本的に地面に平行に攻撃するもの。だから、この状況では『煉獄』に阻まれてしまう。わたしが使うのはその一段階上の魔術。
「『滝行』―透明化」
誰も気づかないように不可視化させた水を、声と魔力から判断した生徒会長の立つ位置の上に用意、そしてそれを落とした。
「なにっ!?はっ、ど、どこから!?」
突然見えない攻撃を受けた事で動揺した生徒会長、そのせいで『煉獄』を維持出来なくなってしまった。わたしの周りで燃え盛っていた炎が消えていく。
「なっ……おい!どうした!」
焦ったようなアキナラル殿下の声が聞こえる。アキナラル殿下によって、生徒会長に頭上の水を気づかれたくなかったから、わたしは水を不可視化させた。それはつまり、わたしと、攻撃を受けた生徒会長以外の人には、今何が起こったのか分からないという事。きっとアキナラル殿下達傍観者には、生徒会長が突然慌てだし、『煉獄』が消えたと、そう見えたに違いないわ。
わたしは炎が消えるのに合わせて『水結界』を解除した。消えた『煉獄』の中から無傷で現れたわたしを見て、観客席からは大きなどよめきが上がった。
「マジかよ、生徒会長の『煉獄』から無傷で出てくるなんて!」
「信じられない!」
「俺、あのコンボ喰らって即負けたんだけど……すげえな」
正面では、自分の服を触って水による攻撃だと理解した生徒会長が『乾燥』をかけていた。その後で目を細めてわたしを見てきた。
「あの攻撃を防ぐか……面白い!」
にやっと笑うと、次の瞬間には幾つもの攻撃が飛んでくる。それら全てに『水球』を飛ばして対処すると、すぐさま『水砲』を向けた。ただし、生徒会長からズレた所に。
「何だ、さっきので疲労困憊か?狙いがズレてるぞ!」
いいえ生徒会長、これで合ってますわ。鼻で笑った生徒会長はわたしに手を向けて魔術を展開しようとした。しかし、それこそがわたしの狙い。
「お、おいっ、後ろだ!」
「ん?………っ、『乾燥』!」
攻撃の対象たるわたしに注意を向けた、その分疎かになる背後がわたしの狙い。大きく弧を描くようにして生徒会長の背後を取った『水砲』はしかし、直前でアキナラル殿下に注意され、振り向いた事で対応されてしまった。でも、試合途中で一瞬でも相手に背を向けるなんて、致命的よね。
「『氷矢』」
無防備な彼に向かって、わたしは今度こそ反応される前に氷の矢を叩きつけた。『乾燥』が発動しているから水属性は使えないけれど、わたしには氷属性もあるもの。
氷の矢は、狙い過たず生徒会長の右腕に突き刺さった。
「ぐっ……!………っ、『加熱』」
刺さったのが氷だと見た生徒会長が矢を溶かす。しかしその傷口からは血が流れ出していた。そして…………
「……そこまで!勝者、アイリーナ!」
審判の先生が試合終了を宣言し、闘技場は大歓声に包まれた。
一礼して舞台を降りようとしたわたしに、驚愕の表情を浮かべる生徒会長を引き連れたアキナラル殿下がやって来た。
「おいっ、お前何をした!」
「何の事でしょうか?」
「今の試合だ!何でお前が勝つんだ!?」
「何でと言われましても……」
何だかんだと屁理屈をこねてでも、アキナラル殿下はわたしを言いなりにさせたいらしい。誘い文句も全て断り、それでも言い寄ってくるアキナラル殿下への対応を困って視線を彷徨わせたところ、ちょうど生徒会長の腕の傷が目に入った。
「あ……ごめんなさい、今治しますわ。『治癒』」
「あ、ああ、感謝する…………!?」
無事に傷も塞がった。それを確認して、わたしが呆然となっている生徒会長から目を離すと、何故か今まで散々煩かったアキナラル殿下まで呆然としていた。
「い、今のは……何なんだ?傷が、一瞬で……」
「…………?ただの水属性中級魔術ですけれども、何かありました?」
「は……?『治癒』が、中級魔術、だと……?」
「ええ、それがどうかしたのですか?」
「そんな……先輩ですら使えなかったから、上級だと思ってたのに……」
「というか、何で一瞬で治るんだ……」
まさか、『治癒』を、知らないのかしら……?驚いて辺りを見回すと、試合が終わってから騒々しかった闘技場はいつの間にか静まり返っていた。
えっ………えっっ??まさか、本当に??……っていう事は、わたし、またやらかしてしまったかしら……?せっかく全力を出さないように気をつけていたというのに?
「「「なんて事………」」」
奇しくも、意味は全く異なるけれど、わたしとアキナラル殿下、生徒会長の呟きが重なった。




