100-I 女友達と王都に遊びに行きました
セトルータに来て一ヶ月半ほどが経ち、セトルータでの生活にも慣れてきた。
まず朝目覚めると水属性魔術を使って顔を洗う。ここには水が少ないから、お風呂なども濡れタオルで擦るくらいで終わらせてしまうらしい。もちろん朝の顔を洗う水もない。だから自分で用意する必要があった。
そして髪型はお団子。風が強く吹く時もあり、また砂が絡まってしまうので今までのように下ろしておくと大変なのだ。何しろ水がないので、洗い流せないのだ。
朝ごはんを食べると馬車に乗って学園へ向かう。これは寮生活をしていたわたしにとっては新鮮な感じがした。学園は四年制で、わたしは二年生に配属されている。
朝、先生が連絡事項を言う前に、全員で西に向かって祈りを捧げる。王都も国の西側にあるけれど、王都よりも西の地域は完全な砂漠地帯になっているらしい。そうなってしまったのは、昔の人がそこに住む神を怒らせてしまったから、と聞いた。だからその怒りを鎮めようと、毎日朝と放課後に神に祈りを捧げているようだ。
授業はアイルクスとさほど変わらない。魔術の授業や、マナー、ダンス、そして男子は剣術、女子は裁縫や刺繍など。まあ、マナーに関してはフランジーナ先生に教わった事の方が高度なものだったから、あまり意味がない気がするけれど。
授業が終われば自由時間。ただわたしは同学年の二年の人達だけでなく、最高学年の四年生にまで水属性魔術を見せてくれと引っ張りだこだった。しかし、たかが『水泡』くらいで歓声があがると、逆に申し訳なくなってくる。
今日はマルネラ様と共に王都に遊びに行く約束をしていた。授業が終わると同時にマルネラ様の元に向かう。そうしないと囲まれるのは散々経験したし、そうなるとわたしは断れない。元々魔術は好きだから。
「アイリーナ様、行きましょうか」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
セトルータ王国王太子の婚約者という立場のマルネラ様が相手だと分かると、大人しく去っていく生徒達。その様子を眺めていたわたしは、マルネラ様に呆れたような視線を向けられた。
「何で貴女が申し訳なさそうな顔をしているのですか。あの者達はそういう貴女の優しさに甘えているのですわ」
「そんな事を言われましても………魔術を使う事が楽しいので、皆様の申し出が嫌だったり迷惑だとは思っておりませんの」
面倒なのは、これ以上わたしの強さが目立たないようにする事だわ。まあ既にかなり手遅れだとは思うけれど…………少なくとも担任の先生には、わたしにそれなりの実力がある事はバレているだろうし。
わたしの発言にマルネラ様はため息をついた。
「貴女だってアイルクス王国の王太子様の婚約者でしょう。本来ならばあそこまで囲まれる事などないのですわ」
「あら、ではわたしは他のそのような方々よりも皆様と仲良く出来ているという事ですわね?良かったわ、最近少し皆様に距離を置かれている気がして。不安だったのです」
「どうしてそのような考えに至るのです。本来貴女様は高貴な身分のため、平民や下位貴族は話しかける事すら出来ない立場でいらっしゃるのに。もっとも、私としては殿下に絡まれているよりはマシだと思うのですけれど」
この一ヶ月程のうちに聞いたアキナラル殿下にまつわる噂のおかげで、わたしはマルネラ様の言葉に苦笑いする事となった。どうもアキナラル殿下は相当の女好きらしく、ある子爵令嬢と歩いていたかと思えば、その一週間後には伯爵令嬢と密会していたという噂もある。
マルネラ様はそんな婚約者には愛想を尽かしているらしく、アキナラル殿下に捨てられてしまった令嬢に謝ったり励ましたりもしているという。それに加え、頭も正直宜しくないアキナラル殿下の代わりにある程度の書類仕事もしているらしく、今日のお出かけは息抜きだわと笑っていた。
「そんな事はもう良いですわ、早く行きましょう」
「ええ、案内お願いしますわ」
改めてわたし達は王都の街へと向かった。
「……っくしゅん!」
「大丈夫ですか?」
「……ええ」
別名『砂の王国』とまで呼ばれるだけあって、セトルータ王国には砂地が多い。それは王都も然り。見渡す限り茶色い王都では、今日の強風で砂が舞い上がったせいで、視界も悪く鼻に入るとすぐにくしゃみが出てしまう。
「ごめんなさい、まさかこんなに風が強いとは思わず…」
「いいえ、良いのです。アイルクスではこのような経験は出来ませんから」
「………そのような事を言う方は初めてだわ」
思わず、といった風にマルネラ様が笑った。
「ねえマルネラ様、これからはわたしに友達のように接してくださらない?」
「と、友達……」
「あ、ごめんなさい、嫌でしたか?」
固まってしまったマルネラ様に慌てる。よく考えればマルネラ様に対して敬語を使わないのは、同じくらいの年の人ではマルネラ様が『馬鹿』と称するアキナラル殿下くらいしかいない。特に令嬢達は皆揃って敬語だった。
少し性急すぎたかと後悔するわたしに、マルネラ様が首を振った。
「いいえ……そんなわけないわ。少し驚いただけ……。今まで一度も、そんな事を言われた事なんてなかったの」
「良かった、ではこれからは友達として仲良くしましょう、マルネラ」
「……………こちらこそ、お願いね、アイリーナ」
社交的ではない、本当の微笑みを浮かべて手を差し伸べると、マルネラは戸惑いながらも手を取り、ゆっくりと笑顔になっていった。
せっかく王都にいるのだからと、わたし達はお揃いで何か買う事にした。
「何が良いかしら……」
「そうね……、形に残る物の方が良いと思うわ」
「確かに!それなら、アクセサリー……は男の方の立つ瀬がなくなってしまうから…」
「ではペンはどうかしら?」
「あっ、それ良いわね、賛成!文房具なら、あっちにお店があるわ」
話し合いの結果お揃いでペンを買う事にしたわたし達は、マルネラの案内で文房具屋へと向かった。その途中には八百屋もあったけれど、アイルクスのものに比べて品数や種類が少なく、その分価格が高く思えた。
「マルネラ、あれっていつも通りなの?」
「どれ?……ああ、野菜ならいつも通りよ。この国はあまり作物が育たないから、帝国とかアイルクス王国とかから食料を輸入しているのよ」
「そう……やっぱり空気が乾燥しているというのは大変だわ」
肌のお手入れも大変よ、そう続けるとマルネラもそうねと笑った。そしてそういえばとわたしを引き留めた。
「お肌に良い飲み物があるのだけれど、飲む?」
「えっ、気になるわ。是非飲んでみたい。ちょうど喉も乾いてきたところだわ」
「じゃあ買ってくるから待ってて」
わたしの返事を待たず、マルネラは八百屋の方へと歩いていく。正確には、その隣の屋台へと。任せてばかりでは悪いと追いかけると、ちょうど買い終わったところだった。
「あ、待っててって言ったのに」
「良いのよ、任せきりじゃ悪いわ」
「ああ、これは癖ね。殿下のフォローばかりしていたから、いつからかあの方が問題を起こす前にわたしがやってしまうようになっていたの。はい、これどうぞ」
「ありがとう。…………ん、美味しい!でも、不思議な味ね」
マルネラに渡された飲み物は、白いスムージーみたいなものだった。一口飲むと、ほんのりとした甘さと共に今まで味わった事のない風味がした。気になったわたしはちょうどそこにいた店主に話しかけた。
「すみません、この飲み物って何が材料なんですか?」
「サボテンだよ」
「えっ、サボテンって、あのトゲトゲしたサボテンですか!?」
サボテンは乾燥地帯でも十分育つ事が出来るので、セトルータでもよく見かける植物だけれど、それを食べるという発想はなかった。それに……
「サボテンって緑だった気がするけれど…」
「それは表面だけで、中は白いんだ」
「そうなんですね!」
改めて飲み物を見る。その白い液体からは、言われなければサボテンを想像する事は出来そうにない。
「あ、このサボテンの飲み物とても美味しいです!」
「そうか、それは良かった。ありがとうな」
また来てくれと言われたところで、わたし達は改めて文房具屋へと向かった。その途中でマルネラには疑問を投げかけられた。
「アイリーナっていつもあんな感じなの?」
「何が?」
「さっきの、店主に話しかけた事」
「そうよ、それがどうかしたの?」
あまりにも当たり前の事を聞かれ、逆に聞き返すとマルネラは何かに納得した表情をしていた。しかし何に納得したのかは何度聞いても教えてくれなかった。
無事にペンを買い、王宮の自分の部屋に戻ると、机の上には一通の封筒が載っていた。裏を見ると、封蝋には見覚えのある紋章──アイルクス王家の紋章が刻まれていた。それはセトルータに来てすぐに書いたシリウスへの手紙、その返信だった。
丁寧に封を切って便箋を取り出す。中には几帳面な字で書かれたシリウスからの手紙が二枚入っていた。
『親愛なるリリー
お手紙ありがとう。そちらでも元気そうで良かった。僕達も今までと変わらず元気にやってます。』
手紙に目を通していくと、この一ヶ月何をしていたのかがたくさん書いてあった。王女様が来て、シリウスが学院を案内したりしている事。ノエルとディラン、アレックスも生徒会役員として王女様に色々教えている事。それに、レオンハルトとクラウスは今年も令嬢達に追いかけられている事。
『……リリーはきっとそちらでの生活を楽しんでいるんだろう?だけど、僕の婚約者だって事は絶対に忘れないでいて。絶対だからね?
元気で会えるのを楽しみにしているよ。
シリウス』
皆が元気そうで良かったわ。わたしは目を閉じて故郷の人達の顔を思い出していく。お父様とお母様の優しい顔。レオンハルトの安心した顔、レイチェルの甘えた顔。ノエルとディランの笑顔。シャルロッテとフローラは戸惑った表情が思い浮かんで少し笑ってしまう。
そして、一番初めと最後に思い浮かんだのはシリウスの凛々しい顔だった。わたしは時折目を閉じてシリウスを思いながら、今日お揃いで買ったペンで返事を書いた。




